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第三章:復讐に燃える少女
そういうことは先に言え
しおりを挟む運ばれてきた夕食を済ませた後、さっきの続きに取りかかることになったわけだけど。
ヴァージャはそっと額を合わせてきて、そのまま静かに目を伏せた。決してやましい気持なんかないのに、とびきりのイケメンが至近距離で目を伏せている状況というのがひどく落ち着かない。
居たたまれない気持ちのまましばらくそうしていると、やがて目を開けたヴァージャがゆっくりと身を離した。そうして呆れ果てたような目で見下ろしてくる。
「これでいいだろう。……まったく、私にはそういった欲求はないと伝えたはずだが、変なところで自意識過剰だな、お前は」
「ひとつ文句言っていい?」
「なんだ」
「あんたが初っ端に伴侶なんて言ってきたからだ、まだ警戒してんだよオレの本能が」
そうだ、元はと言えばこいつが初対面の時にいきなりあんな紛らわしいこと言い出したからだ。頭では相棒っていう意味なのは理解したけど、自分で思っている以上に深い部分――深層心理ではまだ警戒しているらしい。悪いやつじゃないってのはわかってるんだけどさ。
改めて呆れたような目を向けてくるヴァージャを後目に、なんとなく自分の手の平を見つめてみる。これでいいだろう、とは言っても、特に何か変わったようには……思えないんだけど。
「ある程度の練習は必要だろう、生まれたての赤子が立って歩けないのと同じだ」
「練習の前に聞いておきたいんだけど、その巫術って何ができるんだ?」
魔術とか法術とか召喚術なら知ってるけど、巫術ってのは耳にしたこともない。字面から想像するのも何となく難しかった。すると、ヴァージャは目の前に佇んだまま思案げに視線を中空に投げる。……そんな考え込むような難しいこと聞いちゃった?
「……ふむ。巫術は、本来は意思の疎通を図るのが難しい生き物と交信する術でもある」
「動物とか?」
「ああ、動物や目に見えない生き物などがそうだな。……私が人間の言葉を覚える前、人との意思疎通のためにこれが必要だったのだ」
ああ、だからヴァージャの言葉がわかるように永久の神子に巫術を授けたわけか。誰か一人でも言いたいことを理解してくれたら、その人が周りに伝えてくれるもんな。
永久の神子は、神と人の間に立って両者の言葉を伝える――まさに神と人との関係が良好であるために必要な存在だったんだ。……それが余計に、後の人間たちに選民意識を持たせたっていうのもあるんだろうけど。
「それ以外には……そうだな、巫術は簡単に言えば一種の契約だ。巫術師は、契約した相手の力の一部を好きな時に引き出すことができる」
「……それって、オレがあんたの力を引き出せるようになったってこと?」
「そうだ。……ただ、何度も言うようだが、私はお前には他者を傷つけるような力を持ってほしくはない。だから攻撃的な力については制限をかけさせてもらった」
契約ってのがつまりアレかな、さっきのマジでキスする五秒前みたいな、額合わせてきたやつ。何のつもりかと思ったけど、なるほど……そういうことか。
……けど、大丈夫なのかな。ヴァージャって今メチャクチャ弱ってるんだろ、そのヴァージャの力を勝手に使ったりして負担にならない?
「……ふ」
「なんだよ、何か変なこと言っ……いや、思ったか?」
「いいや、術のことよりも私の心配とは。特に問題はない、お前が思っているよりはずっと余裕がある。どういう術を使えるのかは明日から教えてやろう」
ヴァージャはふと笑ってそれだけを告げると、ポンとオレの頭を撫でてさっさと隣の寝台に腰を落ち着かせた。
……いきなり伴侶になれとか言ってくるし、絶対怪しい詐欺師だと思ったし、感情とかなくて冷たそうなやつだともこっそり思ったけど、ヴァージャって実はかなり優しいやつなんだよな。アンたちもよく懐いてたし。オレのワガママに妥協して、こうやって力までくれたし。
「言い忘れていたが」
「ん?」
「意思の疎通を図るのが難しい生き物と交信する術ということは、目に見えぬ霊や悪霊なども積極的に寄ってくることになる。この短剣は邪なものを遠ざける御守りのようなものだ、肌身離さず持ち歩くようにしなさい」
「……」
――前言撤回。
そういうことは先に言え。
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