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第三章:復讐に燃える少女
神さまっていると思う?
しおりを挟む翌日、宿をチェックアウトしてからディパートの街の孤児院に向かうことにした。
さすがにフィリアを男だけの部屋にそのまま泊めるわけにもいかず、彼女自身が今日は孤児院に帰ると言ったこともあって昨夜は宿で解散になった。今日はこれから彼女と合流して、次の街に向かう予定だ。
街の人たちに孤児院の場所を聞いて街はずれの方に向かうと、辺りが段々と寂れた雰囲気になっていく。更に奥に進んでいくと、石造りの建物が見えてきた。建物こそ大きいものの、玄関先にはゴミが散乱し、ここ最近掃除されたような形跡が見当たらない。門はほとんどその役目を果たしておらず、ただのオブジェのようだった。
中庭の方を見てみると、この孤児院で働いているだろう大人の姿が数人ほど見える。けど、いずれもタバコをふかしていて、仕事をしているようには見えなかった。
「それじゃあ、お世話になりました」
「そう、出てってくれるなら有難いわ。帰ってこないでちょうだいね」
「じゃあ、今日からフィリアの分のメシは俺んだ!」
「あたしのよぅ! なによ食いしん坊っ!」
「うるさい! 向こうへ行け!」
そんな中、古びた扉の奥から荷物を纏めたフィリアが出てきた。扉がゆっくりと開くたびに蝶番の軋む音がギイイィと鳴る。聞こえてくる言葉の数々はどうにも信じ難いものばかりだ。
帰ってこないでね、と口にしていたのはミトラとほぼ同い年くらいに見える大人の女性だった。その顔はひどく冷めていて、面倒が片付いてよかったとでも言いたげな様子。その奥からは穴があいたボロボロの衣服に身を包んだ孤児たちが出てきては、食い物の話ばかりしている。いずれもやせ細っていて、栄養状態がよくなさそうだ。
大人なんかみんな暇そうなのに、子供たちのボロボロの服を繕ったりもしないし、掃除すらしないなんて……オレがいた環境って、メチャクチャ恵まれてたんだな。けど、ずっと孤児たちの相手をしてきた身としては、この劣悪な環境を見て見ぬフリはしたくないもんだ。
「落ち着け」
すると、ヴァージャがポンと肩に手を置いてきた。そうして、そのままオレの脇を素通りして孤児院の敷地内に無遠慮に入っていく。おいおい、勝手に入っていいのかよ。そりゃオレたちはフィリアを迎えに来たわけだけどさ。
門をくぐって敷地内に入ってきたヴァージャを見て、世話係だろう大人たちが面倒くさそうに近づいてきたものの――ヴァージャのその顔を見るなり、誰もが目を輝かせて駆け寄ってくる。心なしかちょっと乙女走りで。
「な、何かご用ですかぁ?」
お姉さんたち、それ絶対地声じゃないだろ。オレの予想では普段より二段階くらい上のよそ行きの声だ。それに気付いたフィリアはオレたちの姿を見つけるなり、パッと表情を綻ばせて傍まで駆けてきた。
「ヴァージャさん、リーヴェさんも! おはようございます!」
「フィ、フィリア……? お、お前、この人たちと一緒に行くの……?」
「そうですよ、クランを作るお手伝いをしてくださったんです。本当にお世話になりました、それでは」
「ま、ままま待った! 待って! フィリアがお世話になったなら、お茶くらいお礼に……ど、どうかしら?」
……なんて言うか、わかりやすいなぁ。とびきりのイケメンを前に少しでもいい女を演じたいんだろうけど、この孤児院の状態はもちろん、子供たちの様子を目の当たりにすると笑いよりも憤りの方が込み上げてくる。
「客人のもてなしよりも、子供たちの方に気を配るべきだろう。健康状態がよくないように見えるが。それに敷地も荒れ果てている」
「そ、それは、そのう……なかなか食費がですね……」
そんな返答を聞くなり、ヴァージャは断りもなくさっさと庭の方へと歩いていく。フィリアと一度顔を見合わせて、慌ててその後を追った。すると、行き着いた先には荒れた畑があった。大きな畑なのに、雑草が好き放題に伸びたひどい状態だ。ここをちゃんと綺麗にすれば野菜だってたくさん作れるだろうに。
追いかけてきた女性たちは、その畑を前にひどくバツが悪そうな顔をしていた。ああ、できないとか食費がとかじゃなくて、この人たちはこういう作業をしたくないんだろうな。そりゃ最初は大変だろうけど、やせ細った子供たちを見て何とも思わないのか。
何とも形容し難いモヤモヤとしたものを抱えていると、ヴァージャは荒れた庭の前に片膝をついて屈んだ。何をするのかとフィリアと共に傍に寄ると、その刹那――荒れ放題だった畑が黄金色の光に包まれたかと思いきや、雑草たちが次々に土の中に消えていく。まるで時間を巻き戻しているみたいに。
乾ききっていたいた土は水をまいた後みたいに濃い色を取り戻し、次の瞬間、あちこちから新芽が飛び出してきた。それらは瞬く間にぐんぐんと成長していき、程なくして丸々とした葉野菜が完成する。隣には葉に包まれた大きなカボチャの群れまでできちまった。
更に、それだけでなく畑を囲むように無数の果物の木がドン、ドンと勢いよく地中から突き出てきて、芳醇な香りを放ち始める。ここまでくるともう本当に手品でも見てるみたいだ。
「うわああぁ! すっげー!!」
「食べていい? 食べていい!?」
それを建物の中から見ていた孤児たちは目を輝かせながら、我先にと飛び出してきた。ヴァージャはそんなヤンチャ坊主たちの頭をポンと撫でてひとつ頷く。
隣を見ればフィリアが瞬きも忘れたようにあんぐりと口を開けて、目の前の光景を凝視している。そりゃそうだ、オレだってびっくりなんだから。ちら、と後ろを見ると、さっきまで可愛らしい女性を演じようとしていた女性陣も、変わり果てた畑を大口を開けて見つめていた。
子供たちは木に登ったり叩いたりして、次々に木に実った果物を落としていく。真っ赤に熟れたリンゴは実にうまそうだ。まるで宝物のように大事に抱き締めながら、ちょろちょろと駆けずり回ってヴァージャの傍に駆け寄ってきた。
「すごいね! おにいちゃんって神さまみたい!」
そうして、満面の笑みでそう言った。そんな言葉を聞いたら、なんかこっちまで嬉しくなっちまうよなぁ。だから、ふと穏やかに笑うヴァージャの代わりに横から口を挟むことにした。
「神さまっていると思う?」
「うん! いると思うよ! あたしたちにとってはおにいちゃんが神さま!」
――大人はどうしても神さまっていうのを否定するし、オレもそうだったし、まずはこういう純粋な子供たちが「神さまはいる」って思ってくれたら、今よりはヴァージャの力も戻ってくれるかもしれないなぁ。
今後の旅では、そこを考えてみるか。
……取り敢えず、フィリアにこの状況をどう説明するかが目下の課題だな。
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