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第五章:胡散くさい男
ル・ポール村の人さらい騒動
しおりを挟む結局、オレたちが渓谷を抜けられたのはそれから二日後のことだった。途中にあった森はまるで迷いの森のようで、そこを抜けるまでに約一日ほどかかってしまった。それでも、夜はヴァージャが出してくれる家のお陰でしっかり休めたのは有難い。
けど、渓谷を抜ける頃にはヴァージャを除いてオレたちは全員クタクタだった。そんなオレたちを後目にヴァージャは涼しい顔してるんだから、ほんと神さまってのはすごいもんだよなぁ。
「はああぁ……や、やっと抜けれましたね……ああ、村が見える……」
「まさか途中の道があんなにぐにゃぐにゃになってるとは思わなかった、二度と入りたくないけど……ボルデ方面に戻る時はまた通らなきゃいけないのかぁ……」
体力的に完全にバテてしまったフィリアを背負いながら、ボルデの街方面に戻る時のことを考えるとゾッとしてしまう。あの渓谷を通らずに行けるルートがあるならいいんだけど。
すると、同じくフラフラになりながらエフォールが――エルがしれっと言い出した。
「大丈夫ですよ、次からは法術で移動できますから。任せてください」
「えっ……そんな法術あるんですか?」
「はい、移動法術っていう術なんです。ただ、覚えてから一度行ったことのある場所にしか行けないので、今は行ける範囲が限られてますが……」
ああ、聞いたことあるぞ。何でも、行きたい場所に一瞬でワープできる法術だとか……すごいなぁ、さすが天才だ。天術が使えるだけでもすごいのに、そんな術までお手の物なんだもんな。とにかく、あの渓谷をもう通らないでいいってのは有難い。それだけで少し元気が出てきた気がする。
「とにかく、今日はあの村でゆっくり休みましょう。船に乗るのは明日です」
もうじき陽も暮れる、今から北の大陸に向けて出る船もたぶんないだろう。別に焦って船に乗らなきゃいけない理由もない、船旅に向けて色々と買い物もしておきたいしフィリアのその意見には大賛成だ。
* * *
行き着いた漁村は、ル・ポールという名の村だった。村にしては随分と広い、小さな街と言っても過言じゃないレベルの大きさだ。入ってすぐの突き当たりには港と船が見える。宿屋や他の店は、左右に分かれる道の途中に点在しているようだ。
取り敢えず、まずは宿の部屋を確保するために村の中に入ったわけだけど、そこでふと違和感を覚えた。
この漁村はどちらかと言えば小さな街に近い大きさで、店屋以外に家屋だってあちこちにある。港に船がいくつも停泊しているところを見ると、漁はとっくに終わってるはずだ。現在の時間帯は夕暮れ時、本来なら仕事終わりの連中で辺りが賑わっていてもおかしくないと思うんだけど、どうしたことか村の中には人っ子一人見えなかった。酒場らしき看板が置いてある店もがっちりと戸締りをして、固く入り口を閉ざしている。
「どうしたんでしょう、もうお休みなんでしょうか……?」
「……だが、人の気配はあるな。何か、閉じこもっていなければならない事情があるんだろう、少し怯えているような空気を感じる」
「あんた、よくそんなことまでわかるな。それにしても……怯えてる?」
「とにかく、今は宿を探しましょう。そこでお話を聞いてみるのはどうでしょうか、……やっていれば、ですが」
不安そうに呟くフィリアに対して、ヴァージャが相変わらず人間業とは思えないことを至極当然のことのように呟いた。人の気配らしきものはオレにだってわかるけど、その気配が怯えてるなんてどうやったらわかるんだ。
まあ、エルの言うように宿に行って聞いてみるのが一番だな。……やっててくれるといいんだけど。
宿を探して村の中を歩いていると、店らしき建物の扉にはいずれも「本日の営業は終了しました」の札がかかっている。時間にしてまだ夕方の六時前だ、いくら村と言っても営業終了にはまだ早い。特に食事処はこれからが稼ぎ時だろうに。
「……あ、宿ってあれじゃないですか? 開いてるみたいですよ、人の声も聞こえます」
程なくして、先頭を歩いていたフィリアが一番奥に見えたひと際大きな建物を指し示した。確かに、宿らしき看板も出てるし、出入口の扉は開け放たれたままだ。室内からの明かりが漏れている他、話し声も聞こえてくる。そちらまで駆け寄ってそっと入り口から中を覗いてみると、ロビーに人が大勢集まって何やら騒ぎ立てていた。
「どうか、どうかお願いします! 誘拐された者たちをどうか助け出してください!」
……誘拐? また随分と穏やかじゃない話だな。じゃあ、村の中に人の姿が見えないのは誘拐犯が現れるのを警戒してた、ってところかな。
村人たちから懇願されていたのは、カウンターの傍に佇む一人の男だった。全身を黒一色で纏めた、スラリとした長身の。夜の闇に溶け込みそうな黒い外套を羽織っているせいでハッキリとは窺えないけど、どちらかと言えば痩せ型に見える。
「まあまあ、そう慌てなさんな。あちらさんの要求がわからないことには、こっちも動きようがないんでね……」
青い顔をしながら懇願する村人たちを前に穏やかに言葉を返す男の口調は、なんとなく胡散くさかった。
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