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第五章:胡散くさい男
エアガイツ研究所
しおりを挟む先導するヴァージャの後に続いて村の東側に向かうと、そこには鬱蒼とした暗い雰囲気が漂う森があった。足元に注意しながら進む中、草を踏み締めたような足跡がいくつも見て取れる。ここに人が出入りしてるのは間違いなさそうだ。
更に奥へと進んだ先、そこには古ぼけた大きな倉庫のような建物が佇んでいた。出入口らしき場所に武装した見張りがいるところを見れば、多分あそこが誘拐犯たちの潜伏場所だろう。さらわれた人たちは中にいるに違いない。
「ほぉ、エアガイツ研究所の連中じゃないか。間違いないぜ、あの服の紋様は」
「エアガイツ研究所? なんですか、それ?」
すると、大きな身を屈ませて様子を窺うリュゼが幾分か感心したように呟いた。耳慣れないその単語に疑問符を浮かべたのは、オレやフィリアだけでなくヴァージャやエルも同じだ。皆一様に、身を屈めて草むらに潜みながらリュゼを横目に見遣る。
「いずれは帝国の皇帝陛下を皇帝の座から引きずり下ろしてやろうって企んでる連中さ、そのために色々な方法を模索してるって話だぜ。あいつらはあちこちで見かけるんでね、すっかり紋様を覚えちまった」
「まあ……! そんな人たちがいるんですね……!」
こらこら、嬉しそうな顔をするんじゃないよフィリア。そりゃ、お前の目的も最終的にはそれってのは知ってるけどさ、あんまりよく知らないやつ相手にそんな顔見せるのはよくないぞ。皇帝ってのはこの世界で一番強くて偉いっていう認識なんだからな。
「じゃあ、その研究所の人たちが……ってことですね」
「そのようだな、……研究者たちなら突き止められるのも頷ける」
「それにしても、無能が何だってんだい? さっきの黒いやつらは能力が爆発的に強化とか何とか言ってたが……」
「その話は後にしましょう、今は捕まってる人たちを助け出すのが先です」
リュゼには、無能が隠し持つ力のことは――まだ話せていない。さっきの連中の口振りから、何らかの力があることはバレたかもしれないけど、こいつ何となく胡散くさいんだよ。だからまだ話していい相手かどうかわからないってのが正直なところだ。エルがさっさと話題を切り替えてくれたのが有り難い。
あんまり考えたくないけど、色々な研究をしてるうちにそのエアガイツ研究所の連中が無能が持つ強化能力に気付いちまったんだろうな。……こりゃ結構ヤバい状況なんじゃないか、研究所の規模はどんなもんか知らないけど、もう既に多方面に広まっちまってるかもしれない。
「そうかい、わかったよ。じゃ、まずは俺に任せてくれ。騒ぎを起こすのは得意なんでね」
「それ、自慢できることじゃないと思いますけど……」
「こりゃあ手厳しいねぇ、お嬢ちゃん。――ブル、オルサ! 出番だ、派手に暴れてきな!」
フィリアのツッコミにリュゼは渋い顔をした後、宙に二つの魔法円を出現させた。その次の瞬間、魔法円からは大きな雄牛とクマが飛び出してきて、地鳴りのような咆哮を上げる。どちらも身の丈四メートルくらいはあるぞ。マジかよ、こいつ凡人って言ってたけど、これ召喚術じゃないか。
リュゼに召喚された雄牛とクマは咆哮を上げながら、倉庫目指して一直線に突進していく。当然、見張りがそんなやかましい襲撃者に気付かないわけもなく。
「て、敵襲! 敵襲! 魔物だ!」
あーあ、魔物呼ばわりされてら……まあ、無理もないか、召喚するとこ見てなかったら本当にただの魔物にしか見えないもんな。とにかく、あの牛とクマが暴れてくれてる間にさっさと中に入った方がよさそうだ。
「僕たちは裏口に回りましょう、正門の騒ぎのお陰で多分警備が手薄になってるはずです」
「ああ、急ごうぜ!」
身を潜めていた茂みから立ち上がると、先んじて駆け出したエルの後に全員で続いた。今のうちに誘拐された人たちを助け出して、こんな場所からはさっさとおさらばだ。
* * *
さらわれた人たちは大丈夫だろうか、無事だといいんだけど。
胸にずっと抱えていたそんな心配は、倉庫の地下に飛び込んだ時に綺麗に空の彼方まで吹き飛んで行ってしまった。
なぜって、地下空間にはなんか異様に煌びやかな光景が広がっていたからだ。
一階は結構オンボロだったのに、この地下はどこかのお屋敷みたいな内装で、あちこちに檻はあるんだけどその中にはいずれも綺麗な寝台やクローゼット、小綺麗な服に豪華な茶器まで揃っている。地下空間全体にバターの芳醇な香りまで漂ってやがった。出どころはあれだな、テーブルの上に置いてある焼き立てっぽいクッキーだ。
「なんだなんだ、これ本当に研究所かぁ?」
「ど、どこかのお城みたいですね、檻の中には誰もいませんけど……奥かな?」
「あっちに大きな扉がありますよ、あそこじゃないでしょうか……行ってみましょう」
その光景に呆気にとられたのは当然オレだけじゃなくて、フィリアたちも同じだった。倉庫の中とは到底思えない空間の中で、取り敢えず奥を目指していく彼女たちの後に続こうとしたものの、それよりも先にヴァージャに軽く腕を引かれて思わず立ち止まる。
「……力のためだろう、グレイスたちに好かれなければ彼らの力は引き出せない」
「あ、そうか……それでこれか……」
「リーヴェ、いつも言っているが今回は特にだ。村に戻るまで決して傍を離れるな」
「……もしかして、見た目に反してここってかなり危険だったりする?」
エアガイツ研究所なんて今まで聞いたことないから、どういう連中なのか情報もない。リュゼなら知ってるんだろうけど、敵地でのんびりと話し込んでるわけにもいかないし。オレが向けた問いに無言を貫くヴァージャの様子を肯定と判断して、しっかりと頷いた。
……けど、そんな危険な場所でもヴァージャが隣にいると思うと安心するんだよな。
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