闘乱世界ユルヴィクス -最弱と最強神のまったり世直し旅!?-

mao

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幕間

大人げない

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 宿の外は、今日も天候に恵まれていた。多少冷たさを孕む海風が今はちょうどいい。

 ――驚いた。

 いつだったか、女の勘というものは恐ろしいと聞いたことはあったが、まったくその通りのようだ。まだ子供だからと侮れないな。女性には何か特殊な能力でも備わっているのだろうか。


 昨日、久方振りに森羅万象を解放したせいか、まだその力が燻っている気がする。これはいつの時代も世界の均衡が崩れるたびに人の文明を破壊し、全てをリセットしてきた。私の力が未だ多少なりとも不安定な状態にある今の世も、恐らくこいつにとってはバランスが崩れた状態なのだろう。

 これまでこいつに滅ぼされたいくつもの時代とそれらの文明を思い起こせば、様々な記憶が脳裏を過ぎる。



『おお神よ! 黒の軍団が世界中に広がりを見せ、我々の力ではどうにもできませぬ!』
『どうか、どうかお助けください! 我らか弱き人の子を、どうかお守りください!』


 “世界”という場所には、ごく稀に外部から別の生命体がやってくることがある。あの時代に現れた――人の言葉で言うところの“黒の軍団”という者たちもそうだった。

 頭髪のない黒い体躯、コウモリのような翼、鋭利な爪と角、それらを持つ二足歩行の黒い襲撃者たちは日を追うごとに数を増し、最終的には世界の半分を覆い尽くすほどの大群となった。人々は彼らの圧倒的な戦闘力を前に成す術もなく、困り果てた末に私の元に来たようだった。

 それらの群れの中に森羅万象を放ってやると、あれは一晩で全ての黒い者たちを殲滅してしまった。人間たちはその光景に安堵や嬉々を募らせるよりも、恐怖を抱いたらしい。二晩もすれば人間たちは二つの勢力に分かれていた。

 一方は、神の力を利用すべく味方に引き込まんと画策する者たち。
 もう片方は、神という存在を恐れ、退治しようとする者たち。


『あの力をこちら側に引き込むことができれば、連中には何もできまい。何としても神の力を我が軍のものにするのだ!』
『我々が王となり、世を支配する日も遠くはありませんね!』


『神を殺せ! やつを殺せ! あれはただのバケモノだ!』
『あの力がもしも我々に向けられれば全てが終わってしまう! あれこそが我ら人間の敵だ!』


『貴様ら、正気か!? あれを神だなどと!』
『正気を疑うのはこちらの方だ! あれほどの力を消してしまおうとは、愚か者どもめ!』
『あのようなものが世にある以上、いつその矛先が我らに向けられるかわからないんだぞ! あれは生かしておいてはならぬものだ!』


 ――なんだ、黒の軍団などというものがいなくとも人は争うのではないか。

 そう思ったのは、未だ記憶に鮮明に残っている。
 脅威を祓う力を求めながら、いざ脅威が取り除かれれば、次はその力を恐れて排除しようとする。なぜ人は争わずにはいられないのだろう、なぜ争う理由を自分たちで捻り出すのだろうか。

 昨日、リーヴェに森羅万象の力を見せたのは一種の賭けのようなものだった。他の人間たちとはどこか異なるこの男なら、と勝手な期待をしたのもある。グレイスのことがバレてしまった以上、今後は今まで以上に様々なことが周りで起こるだろう。その時に私がどうすべきか、それを明確にしたかった。


『色々あったし、あんたがとんでもない力を持ってるのもわかったけど、そのとんでもない力を理由もなく人間に向けるようなやつじゃないってのは知ってるからさ』


 それを聞いて理解した。
 リーヴェはそもそも、私を“神”として見ていない。あくまでも“神”ではなく“個”として見ているからこそ、まるで友のように接してくる。多くの人間たちは神としての部分しか見ようとしなかったが、リーヴェはそれとは真逆だ。
 この男は“神”ではなく私のありのままを見てくれるのだと思うと、奇妙な感覚に陥った。……恐らく、これは喜びなのだろう。

 そう思うのと同時に、リーヴェは今後どのような力を見せても私を恐れることはないのだろうと、漠然とながら確信した。あんな変わり者は、いつのどの時代にもいなかった。


「……あ、ヴァージャ」
「……買い物か?」
「ああ、船旅になるし、今のうちに色々買っておこうと思ってさ」


 ふと聞こえてきた声に反応してそちらを見遣ると、ちょうどリーヴェが店先から出てきた。その顔に多少なりとも赤みが差すのを見れば、……私よりも先にフィリアに何か言われたのだろう。そう考えると先ほどの怒声も理解できた、あの声はリーヴェのものだ。


「リーヴェ、他にやることがないなら少し付き合え」
「どっか行くの?」
「散歩だ。今日は二日酔いとやらで船は出せないのだろう、離れる前にこの辺りの景色をもう少し楽しみたい」
「ああ、まあ……宿に一日籠ってても暇だからな。じゃあ、荷物置いてくるよ。ちょっと待っててくれ」


 そう言って宿の方に駆けていく背を見送ると、この後のことが何となく予想できた。あの分だと、……フィリアとエルもついてきそうだな。


「……ふむ、これが嫉妬というものか。人は日々こうしたものを抱えて生きているのだな、……実に興味深い」


 それにしても、相手は子供だ。こういうことを……“大人げない”と言うのだろうか。難しいな。

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