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第六章:夢の国ヘルムバラド
本音の部分は
しおりを挟む「そら、見えてきたぞ。あれがネイ島だ」
翌日の正午頃、ナーヴィスさんの船は目的地のネイ島まで辿り着いた。
初めて訪れたネイ島は想像以上に広くて、外から見ても煌びやかで賑わっているのがよくわかる。島にはいくつもの不思議な建造物があって、まだある程度の距離があるにもかかわらず「わー」だの「きゃー」だの楽しげな声が聞こえてきた。鼓笛隊によるものだろう演奏はいずれも軽快なもので、それがまた楽しそうな雰囲気に拍車をかける。
「わああぁ~! 中はどうなってるんでしょう、ナーヴィスさんは入ったことあるんですか?」
「ああ、何回か行ったことあるなぁ。娘たちにせがまれると嫌とは言えなくてよぉ。ネイ島はいいところさ、きっとお嬢ちゃんたちも気に入るよ」
フィリアとナーヴィスさんのやり取りを聞きながら近付く島を眺めていると、隣にいたエルが心配そうな面持ちで声をかけてきた。
「リーヴェさん、大丈夫ですか? 顔色悪いですよ……」
「ああ……ちょっと寝不足で酔ったかも」
「船酔いに効く法術があればいいんだけどなぁ……無理はしないでくださいね」
ああ、こいつは本当にいいやつだよなぁ。お前天才なのに、なんでそんなにいいやつなんだよ。あまりいいやつ過ぎると地味な嘘つくの胸が痛くなるからちょっとくらいスレてもいいんだぞ。寝不足は本当だけどさ。
――昨夜、あの後は軽く相槌だの何だの返して早々に船室に寝に戻ったわけだけど、結局まったく眠れなかった。ヴァージャがいきなりぶち落としてきた爆弾は思いのほか、オレの精神にデカい衝撃を与えたらしい。そりゃそうだ。
『リーヴェ、私はお前を愛しく思っているのかもしれない』
なんでいきなりあんなこと言ってきたんだよ、なんだよ愛しくって。……もしかして、あれか? 神さまとして人間を愛しくって意味か?
「(……だったらわざわざ言わないだろ、ヴァージャはそういうやつだ)」
自分で自分にツッコミを入れてしまうくらいには混乱してる。こんな状態で眠れるわけがない。ヴァージャが何事もなかったかのようにいつも通りなのもまたちょっと腹が立つんだけど、かと言ってオレみたいに悶々されててもそれはそれで反応に困る。今だってフィリアが「あそこ行きたい、あっちも行きたい」と楽しげに語るのを微笑ましそうに聞いてるくらいだ。
あんまり深い意味はない……のかな、そうだといいな。そうであってくれ。
だって、オレは少し前までは普通に女の子と婚約してたんだぞ。そっちの趣味はないんだって。
* * *
船を降りた先――夢の国ヘルムバラドは、小さな島にあるとは到底思えないほどに栄えた港街だった。港にはいくつもの客船が停泊していて、あちらこちらから多くの客がやってきているようだ。間違いなく、これまでの旅で訪れたどの街よりも大きくて賑やかだ。思わず圧倒されてしまう。
「オススメの宿はこの港区にある“スカイネイション”だ。あそこはいいぞぉ、ものすごい高層でな、夜景が綺麗でそれはそれはイイ雰囲気が出るんだ。まあ……そうだな、あんたらにはそんなに縁はないのかもしれないが……」
「え? どうしてですか?」
「だってなぁ、ほら。そういう夜景が綺麗なところは二人っきりでこう……」
「ナーヴィスさん、その話題はうちのお子様にはまだ早い」
まだ真っ昼間に、それも十歳の女の子相手に何を言い出すんだこの人は。おっさんって本当にこういう話好きだよなぁ。
「そうかい?」と笑いながら後頭部を掻くナーヴィスさんを見上げてフィリアは頻りに疑問符を浮かべていたが、エルはその意味を理解したらしく耳まで真っ赤になって俯いてしまった。やめろやめろ、エルは真っ白な子なんだ、こんな話で穢したくない。
「じゃあ、先に宿を取りましょうか。船がたくさん入ってきてますし、もしかしたらどの宿も混んでるかもしれません」
幸いにも、フィリアはそれ以上の追究をすることなく早々に意識を切り替えてくれた。彼女の言うように、この夢の国は非常に混んでいる。今のうちに宿を取って、それから思う存分遊ぶ方が後々の不安もない。
それにしても、雰囲気の出る宿、ねぇ……。
ナーヴィスさんが言うように、確かにオレたちには縁のなさそうな場所だ。男三人、女一人。それも幼女じゃ、どれだけ雰囲気がよくても「綺麗だね」で終わるだろう。別に綺麗な景色は見ても損はないけどさ。オレだってどうせなら何も知らない頃にティラと来たかったさ。
「(……あれ?)」
ナーヴィスさんの案内で件の宿に全員で向かう道すがら、ふと足が止まる。
そういえば、オレってティラのことものすごく好きだったけど、あくまでも過去形だけど、……全然、引きずらなかったなぁ。あんなことがあったわけだから冷めるのは当然だけど、失ったら生きていけないと思うほど好きだったのに、今考えると自分でも驚くくらいに引きずらなかったと思う。
「(前も思ったけど、ヴァージャがいたからそれどころじゃなかったし……)」
いきなり神さまなんてのに会って相棒になっちまったし自分の力のことで手一杯だったわけだから、それはそれは大変だった。だから失恋を引きずるような暇もなくて――
……本当に?
本当に、ヴァージャがいたから大変でティラのこと引きずる暇もなかった?
慣れてきた頃に、いくらでも時間はあったのに?
そっちの趣味はないって、それを言い訳に見ないフリをしてただけなんじゃないのか?
「――っ!」
自分の内側に沸き上がってきたそんな言葉の数々に、思わず顔面が熱くなった。それは多分たった今勝手に沸いてきたものじゃなくて、これまでにも胸の深い深い場所にあって、敢えて見ないようにしてきた本音……みたいなものなのかもしれない。
確かに最初は大変だったけど、本当はヴァージャがいてくれたお陰でティラのことを引きずらずに済んだのかもしれない。
昔の夢を見てもうじうじ悩まずにいられたのは、あの晩にあいつに話せたからかもしれない。
……船旅だってそうだ。余計な気を回したりするから、波の音も暗い船室もほとんど気にならなかった。
それ以外にも、今まで色々――
「リーヴェ、どうした? ……顔が赤い、陽の光を浴び過ぎたか?」
あれこれ考えていると、間近から今一番聞きたくない声が聞こえた。慌てて顔を上げてみればヴァージャがすぐ目の前にいて、怪訝そうな表情を浮かべながら当たり前のように額に手をあててくる。
「な、んでも、……ない」
いつもなら「何すんだよ」ってふざけてその手を払えるのに、金縛りにでも遭ったみたいに身体が動かない。そう呟くだけで精いっぱいだった。
なんか色々マズい気がする。
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