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第六章:夢の国ヘルムバラド
夢の国設立の理由
しおりを挟むいかにも胡散くさい詐欺カップルは、結局試供品を渡して取り敢えずは立ち去っていった。試供品なんて渡してくるってことは、ある程度は自信があるのかな。小瓶の中には淡いピンク色の液体が入っていて、見た目だけは綺麗だ。
ヴァージャの手にあるそれを眺めていると、さっきの少女が今度は強めに服の裾を引っ張ってきた。
「いけません、お金を払ったのですか!?」
「いや、金は払ってないよ。サンプルをもらっただけで」
「そ、そうですか……」
「お前は? 今の者たちの事情に明るそうだが」
この子はやっぱり目が見えないんだ、金銭のやり取りがあったのかと随分と不安そうにしている。フィリアとは少し色味が違う銀の長い髪は艶やかで、袖が膨らんだ白いワンピースの出で立ちはおとぎ話に出てくる妖精か何かのようだ。年齢的にはまだ十二、三歳くらいの子供だと思うけど。近くに転がっていた杖を拾って渡してやると、そこでやっとホッとしたように表情を和らげた。
「わたしは……」
「ああ、いたいた! マティーナ様、探しましたよ!」
少女が口を開きかけた時、ウサギやらクマやらパンダの着ぐるみを着込んだ連中がドタバタと走ってきた。多分メチャクチャ大慌てで走ってきたんだろうけど、如何せん着ぐるみのせいであまり大変さが伝わってこないのが悲しい。取り敢えずわかったのは、この女の子が「マティーナ」という名前らしいこと。気になるのは、着ぐるみたちがつけた敬称だ。
「マティーナ……様?」
「申し遅れました、わたしはマティーナ・イデアル。この夢の国ヘルムバラドの現在の支配人を務めています。お兄さん、わたしの杖を拾ってくださってありがとうございます」
その予想外すぎる言葉に、オレもヴァージャも思わず顔を見合わせるくらいしかできなかった。ヴァージャは多分、よくわかってないだけだと思うけど。
* * *
それからマティーナと着ぐるみたちに案内されたのは、彼女が普段過ごしているという大きな屋敷だった。高台に造られているこの屋敷のテラスからは、夢の国の様子がとてもよく見える。マティーナはいつもこのテラスで、夢の国を楽しむ客の声を聞いているそうだ。
「リーヴェ様、ヴァージャ様。先ほどはありがとうございました」
「い、いや、支配人だとは知らず色々無礼を……」
マティーナは部屋に備え付けのソファに腰を落ち着かせると、向かい合う形で座るオレとヴァージャを見えない目で見つめるように交互に顔を向けてきた。傍らに佇む着ぐるみ集団がわりと威圧感を与えてきて怖いんだけど、それは口に出さないことにした。
「それで、先ほどの……本当に、あの人たちと金銭のやり取りはありませんでしたか?」
「ああ、それは大丈夫……ですけど。あいつらは?」
「あの人たちは、ここ最近このヘルムバラドに現れては“神の生き血が入った不老長寿の霊薬”と謳っておかしな商品を売りつける詐欺商人たちです。集団で動いているらしく、従業員たちが色々な者たちを目撃しています」
詐欺商人か、そりゃそうだろうな。……けど、集団で動いてるんだとしたら、下っ端の連中を捕まえたところでイタチごっこになりそうだ。
「ですが、お嬢様。だからと言ってお一人で無茶な真似をされるのはおやめください!」
すると、着ぐるみたちが一斉にそう訴え始めた。まあ、そうなるよな。恐らく複数いるだろう詐欺商人たち相手にか弱い盲目の少女が一人でぶつかっていくなんて無茶が過ぎる。着ぐるみたちがやいのやいの言うのも当然だ。マティーナはそんな声を聞きながら一度ぐっと下唇を噛み締めた。
「このヘルムバラドには、多くの人たちが楽しい時間を過ごすためにやってきています。そんな場所で詐欺を働くなんて、支配人として見過ごせません。ましてや神さまを利用するだなんて……」
「マティーナ……様は、神さまがいるって思ってるの?」
「はい、もちろんです。そもそも、このヘルムバラドはわたしの祖父母が神さまを呼び戻すために作った場所なんですよ」
その思わぬ返答に改めてヴァージャと顔を見合わせてみるけど、ヴァージャの方には特に思い当たることはないみたいだった。もしこの場所に何らかの思い入れがあるなら、向かってる最中に何か言ってただろうしなぁ……。
「わたしの祖父母は、今の世界が力と才能で全てを決めてしまうようになったのは、神さまが人間たちに呆れ果ててお隠れになってしまわれたからだと言っていました。このヘルムバラドでは、才能や家柄などには一切こだわりません、特別扱いもしません。天才から無能まで、誰もが同じ扱いです」
「……」
「今はまだこの夢の国でだけですが、これが世界中に当たり前のこととして広まればきっと神さまがお戻りになって世界を正しい方向に導いてくれるはずだと……祖父はいつも口にしていました。だからこそ、神さまを使って詐欺を働く者たちが許せないのです」
なるほどなぁ、ナーヴィスさんがこのネイ島はいい場所だって言ってたけど、誰もが平等で過ごせるならそりゃいい場所なわけだ。この国での当たり前が世界中に広まっていけばとは思うけど、それが難しいからここが“夢の国”でもあるんだろう。なんて考えてると、何を思ったのかヴァージャがテーブルを間に挟んで座るマティーナの額にそっと手を翳した。
何をするのかと着ぐるみたちが身構えたが、それは当のヴァージャ本人に片手で制される。
「お前は、このヘルムバラドに集まった者たちを見てどう思う?」
「それは……」
「意地の悪い質問だが、お前たち一族が育んだものがどういう場所なのかをまずは自分の目で見てみるといい。……ほら、目を開けてみろ」
目が見えない子を相手に何を言うんだと思ったけど、その意図はすぐに知れた。ヴァージャはそういう意地の悪いことを言うようなやつじゃないもんなぁ。
その言葉通りそっと目を開けたマティーナは、程なくしてその顔を驚き一色に染めると思わず自分の手や辺りにいる着ぐるみたちを見回した。
「こ、これは……そんな、まさか……目が……っ」
「お、お嬢様!?」
本当に、神さまの力ってのはすごいもんだ。目の見えない女の子の目に光を与えちまうんだから。着ぐるみたちと一緒になって感動していると、隣に座っていたヴァージャがおもむろに立ち上がった。そうして、さっきもらった試供品を取り出して軽く容器を揺らす。
「リーヴェ、今日はもう暗くなる。フィリアたちに事情を話して、明日その詐欺商人たちのところに行ってみるとしよう。……この、色を付けただけの水のどこに私の生き血が入っているというのか聞いてみたい」
「へいへい、やっぱそうなるんだな……それじゃ、早いとこあいつらと合流するか」
別行動を始めてからそれなりに時間も経ってるし、フィリアたちもオレたちを探してるかもしれない。感動に沸くマティーナたちはそのままに、一足先にお暇することにした。
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