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第六章:夢の国ヘルムバラド
言い逃れできないやつ
しおりを挟むフィリアたちと合流を果たす頃には、辺りはすっかり夕闇に包まれていた。
興奮冷めやらぬといった様子のフィリアとエルの感想を聞きながら宿に帰り着くと、広々としたラウンジには既に夕食の支度もできているようだった。さすが観光地、客のもてなしに隙がない。
その夕食の席で、早速今日あったことを話してみることにした。
「さ、詐欺商人ですか?」
「神さまの生き血が入ってる霊薬だなんて、そんなの信じる人いるんですね。霊薬よりも、神さまの生き血を信じる方が僕にしてみれば意外ですけど……」
そうだよなぁ、神さまなんて弱いやつが縋るような架空の生き物で、実際には存在しないっていうのが今の世の中での常だ。そういう部分では神さまって存在を都合よく信じるなんて、人間って本当にゲンキンだな。まあ、人にもよるんだろうけどさ。
「へっ、なぁ~にが神さまだ。神さまなんてのがいりゃあ、天才だの秀才だのが幅を利かせるこんなロクでもねえ世の中にゃなってねえさ。もし神さまがいるってんなら、この状況を放っておいてるその神さまってのもロクでもねえやつだろ」
やめてやめて、その神さま目の前にいるからやめてあげて。
そりゃ、ナーヴィスさんはヴァージャの正体知らないわけだから仕方ないんだろうけど、とにかく気まずい。ちら、と視線だけでヴァージャの顔色を窺ってみても、見事なポーカーフェイスだ。気にしてないのか、それともただ表情に出ないだけか……。
「それで、その詐欺商人たちのところへはどうやって行くんですか?」
気まずいのはエルも同じだったらしく、小さく咳払いしてからいっそ見事なほどに話題を変えてくれた。ああ、お前はほんといいやつだよ。
そのもっともな疑問に、ヴァージャはあの詐欺カップルから受け取った試供品を取り出してそれを軽く揺らしてみせる。
「そのために試供品とやらをもらっておいた。持ち主の気配を辿れば潜伏先もわかるだろう」
「しっかし、あんたらも暇人だねぇ。うちの村を助けてくれたのは感謝してるが、詐欺なんて放っておけばいいだろうによ」
「そういうわけにはいきませんよ! 人様を騙す悪い人たちにはお仕置きが必要です!」
「ハハハッ、お嬢ちゃんのお仕置きじゃたかが知れてそうだけどなぁ、まあ頑張んな」
周りからすりゃそう見えるんだろうなぁ。オレたちは仲間内にその神さまがいるから行くわけだけど。それに、この詐欺商人の件を解決しておかないとまたマティーナが無茶するのは目に見えてるし。このヘルムバラド設立の理由とか背景を知ったら、なんて言うか……こう、些細なことでもいいから力になりたいと思ったんだよな。
暇人でも何でもいい、明日は詐欺商人たちをうまく捕まえられるといいんだけど。
* * *
夕食と湯浴みを終えて宿の一室に戻ると、ヴァージャが大きな窓から外を見ていた。普通の宿なら何の変哲もない壁として造られているだろう一部分の壁が、この宿では窓として造られている。そのお陰でネイ島の夜景がとてもよく見えた。深夜遅くまでやっているらしいアトラクションの方は様々な色の明かりで彩られていて、物凄く綺麗だ。夜の闇の中によく映える。
今日の部屋割りは、こっちがオレとヴァージャとナーヴィスさん。もう一部屋がフィリアとエルのお子様二人だ。ナーヴィスさんはさっき一階の酒場で飲んだくれてたから……多分まだ戻ってこない、よな。……くそ、さっきまで何ともなかったのに、何を意識してるんだ。
「……何見てるんだ?」
「景色を。障害物がないからよく見える」
まあ、景色以外に見るものもないしな。オマケにこの宿の部屋は十五階建ての十階だって言うし。最初はそんな上の方なんて出入りが大変だろと思ったけど、この街の宿はもちろん、夢の国のアトラクションも全てが魔術や法術で動いてるから不自由することは何ひとつなかった。一階からこの十階までエレベーターっていうやつで簡単に行き来できるのは非常に便利だ。
十階ともなれば、周りには障害物がほとんどない。夜の闇の中にキラキラと輝く様々な色の明かりは確かに文句なしに綺麗で、ナーヴィスさんが言ってた「雰囲気」ってのもわかる気がした。
ヴァージャの隣に並んで景色を眺めた後、ちらと横目にその顔色を窺ってみる。乗り物酔いからはすっかり回復したみたいだ。夕食時のナーヴィスさんの言葉も……気にしてない、かな。こうやって見た限りじゃわからないな。
「どうした」
「い、いや、さっきナーヴィスさんが言ってたこと気にしてんじゃないかなと思ってさ」
「さっき……ああ、あれか。そこまで気にすることではないだろう、間違いでもないのだ」
……そうかな。ヴァージャっていい神さまだと思うけど、こいつのこと知らない人からしてみればそうなのかもしれないな。
悶々しながらあれこれ考えていると、隣にいたヴァージャが窓から離れる気配がした。やっぱりいつもと何となく違う気がする。
明日は詐欺商人たちのところに行くんだし、オレも今日はさっさと寝よう。
そう思うのと、顔の横に手が置かれるのはほぼ同時だった。すぐ真後ろに気配を感じて、頭が状況を理解するなり心臓が大きく跳ねたような気がした。窓から離れたんじゃなくて、……真後ろに移動しただけ、ってこの状況、わりとヤバい気がするんだけど。
「リーヴェ、傷ついていると言ったら慰めてくれるのか?」
「え……」
まさか本当に傷ついてるのかと一瞬心配になったけど、その声色にやや楽しげな色が含まれていることからして、ただからかわれているだけっぽいな。っていうか、くすぐったいから耳元で喋るな。
「お前はくすぐったいものに弱いのか」
「ッ、この……!」
わざとらしくそのままの状態で喋ってくる様子に一言文句でも言ってやろうと振り返って、思わず固まった。耳元で喋るってことは当然そのくらい距離が近いわけで。まさか振り返るとは思ってなかったのか、ヴァージャも驚いたような顔をしていた。
至近距離でかち合う視線に、身動きどころか呼吸さえ止まったような錯覚に陥りながら、それでも突き飛ばそうとは思えなかった。窓に添えられていたヴァージャの手がそっと横髪を撫でて、そのまま頬に触れる。ひやりと冷たいのは、つい今し方まで窓に触れていたせいか、それともオレの顔面が熱いだけか。
「ふああぁ、ちょっくら飲み過ぎちまったかなぁ、こんなんで明日帰れ……ん? なんだ、どうした?」
固まってたオレとヴァージャを現実に引き戻したのは、部屋の出入口の方から聞こえてきたナーヴィスさんの声だった。その声を聞くなりどちらともなく、大慌てで身を離す。オレは夜景を見てるフリを、ヴァージャはさっさと寝台に潜り込んだ。
「あ、ああ、いや、明日も早いからそろそろ寝た方がいいかなって話をしてたんだ」
「ああ、そうだなぁ。俺も明日はさすがに村に帰らねえとカミさんにどやされちまう」
……よかった、微妙なとこだったけど一応は怪しまれずに済んだみたいだ。
オレも余計なことは口にしないままヴァージャの隣の寝台に潜り込んだけど、今日はあまり眠れる気がしない。さっきから心臓がやかましく騒いでいて、壊れてしまいそうだった。
……これはもう、言い逃れできないやつだ。
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