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第六章:夢の国ヘルムバラド
翠竜ヴァージャ
しおりを挟む「ヴァージャ様、本当にありがとうございました。そして、こうしてお戻り頂きましたことを何より嬉しく思います」
そう告げながら深々と頭を下げるマティーナと着ぐるみたちを前に、オレたちは非常に居心地の悪い想いをしていた。ヴァージャはそんなことないみたいだけど。
周りには昨日よりもずっと多い着ぐるみたちがいる、そのせいか受ける威圧感は昨日よりも遥かに強かった。着ぐるみたちには威圧しようなんて気は欠片ほどもないんだろうけど、同じ顔がズラッと並んでる様は絵面的にちょっと怖いんだよ。
あの後――ヴァージャのヤバい方の姿を見た詐欺商人たちは、人を舐めきった態度から早々に一転。砂浜に身を伏せて涙ながらに許しを乞い始めた。オレたちと一緒にいた貴婦人も完全に腰を抜かし、そのまま失神してしまいそうだった。
ヴァージャが問答無用に人の命を奪うとは思ってなかったから変な心配はなかったけど、その一連の行動は想像以上に大きな成果を上げたようだ。詐欺商人たちは自らマティーナのところに出頭し、これまでしてきたことを自分たちの口で素直に白状し始めた。
神の生き血が入った霊薬として売ってきたものは、ヴァージャが言うようにただの水で、特別なものが何も入っていないこと、多くの人々を騙して金を巻き上げていたことを洗いざらい話し、二度としない誓約書を書かされていた。ほとんど脅しに近い形での解決だけど、これに懲りてもう神さまを使った詐欺を働いたりはしないだろう。他の詐欺はわからないけど。
「神さまというのはお聞きしましたけど、ヴァージャさんってドラゴンだったんですね……僕、今もまだ心臓がドキドキしてます」
「わ、私もです……緑色の鱗、すっごく綺麗でした……」
フィリアとエルは、夢を見ているようにぽつりと呟いた。ちょっと心配になってちらと横目に様子を窺ってみたけど、どちらの顔にも恐怖だの不安だのそういった色は見えない。むしろ、すごいものを見た興奮でほんのりと頬や目元が赤らんでいるくらいだ。ヴァージャのことを怖がったらどうしようと思ったけど、こいつらがこういうタイプで本当によかった。
すると、マティーナは穏やかに微笑んで軽く小首を傾かせる。
「かつてこの世界を見守っておられた翠竜ヴァージャ様のお話は、祖父からとてもよく聞かされました。祖父は大昔、ヴァージャ様のお傍で平穏に暮らしていた方の子孫だったそうです。そのお話が語り継がれ、わたしたちイデアル家はお隠れになられた神さまに戻ってきて頂くためにこの夢の国を作りました」
「お傍で、ですか……ヴァージャさん、覚えてます?」
「……いや、そういう時代はいくつもあったから正確には」
フィリアの問いかけに、ヴァージャは軽く眉根を寄せて小さく頭を振った。そうだよなぁ、こうして見てると普通の人間にしか見えないけど、ヴァージャってこの世界が誕生した時から生きてるんだろ。いったい何歳だよって。けど、マティーナは特に気を悪くしたような様子もなく、にこやかに笑ったまま頭を横に揺らした。
「ヴァージャ様が覚えていらっしゃらなくてもいいんです。ただ、またわたしたち人間を見守り、導いて頂けたらと――」
「……水を差すようで悪いが、それはできそうにない」
「そ、それは……どういう……」
期待に満ちたマティーナの表情は、静かに告げられたヴァージャの言葉によって明らかに色を失ってしまった。文字通りとんでもないショックを受けたような。
「神と人の間に上下は必要ない、故に古代のような形を取ることはやめる。人間の言葉で言うなら……そうだな、私は人と友でありたい。この子たちは私の正体を知っていながら、私を神と思って接してこなかった。……その関係がひどく居心地のいいものだと気付いてな」
そう語るヴァージャの声色も、ちらとこちらを見遣った横顔もいつもよりずっと穏やかに感じたのは――きっと気のせいじゃないんだろう。フィリアとエルはその言葉に何を思ったのか、まるで反省でもするように軽く顔を俯かせた。
「言われてみれば、僕たち……ヴァージャさんの正体知ってたはずなのに、全然神さまとして敬ってなかった気がする……」
「私も……だ、だってリーヴェさんが、初めてお会いした時からずっとお友達と話すような感覚だったから、つい……」
「オレのせいかよ」
第一印象が悪すぎたんだよ、いきなり人の家に居座ろうとしてきた自称神さまだぞ、普通は怪しむだろ。それがそのまま……うん、今に続いてるわけだ。よくよく考えてみると確かにオレのせいだな。ヴァージャはそんなオレたちのやり取りを一瞥してから、改めてマティーナに向き直った。
「人間たちを守るのは私の役目だ、それについては今後も変わらない。だが、世界を導く役目は……余程のことがない限り私は口を挟まない、人間たちに任せた上で人間たちと共に事に当たる。無論、今のこの世界の在り方は変えるつもりだ。このヘルムバラドの理想を広めていければいいと思う」
「ヴァージャ様……わかりました、わたしたち人間たちはヴァージャ様と友の関係を築けばよいのですね!?」
ヘルムバラドの理想を広める、かぁ……それが一番よさそうだな。天才から無能まで、誰もが平等に生きられる世界。本当にそんな世界になったら、きっとミトラも喜んでくれる。そこに行き着くまでがやっぱり大変そうではあるけどさ。
それより、マティーナたちの方は大丈夫なのか。ヴァージャが「友でありたい」なんて言うから顔を真っ赤にしてメチャクチャ興奮してるように見えるんだけど。彼女に合わせて着ぐるみたちまでそわそわし始めるのが異様に怖い。この夢の国の従業員はなんだ、支配人共々神さま狂信者か。
「では、せめてもう何日か滞在なさってください。お部屋もすぐに良いところをご用意しますので」
「フィリアたちがまだ物足りないようだから、何日かは滞在する予定だが……このヘルムバラドでは特別扱いはしないのだろう、例外は作らない方がいい。今の私たちはただの観光客だ」
そうだな、マティーナが昨日言ってたもんな。……けどさぁ、そういうこと言うと余計に……。
「――っ、みなさん、お聞きになりました!? なんて慈悲深いのでしょう、この方がわたしたちの神さまです! 今後は友として敬っていきましょうね!」
「「「はい、お嬢様!」」」
ほらほら、余計に狂信者たちに熱を注いじゃったじゃん。困ったようにもの言いたげな様子でこっちを振り返ってくるけど、今のはあんたが悪いよ。信者に有り難いお言葉を与えるとこうなるんだって。言いたいことも気持ちもわかるけどさ。
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