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第七章:反帝国組織セプテントリオン
面倒くさそうなアジト事情
しおりを挟む街の外にあった馬車で無事に逃げることに成功したオレたちは、反帝国組織のアジトに向かうことになった。馬車の近くにはディーアの仲間の組織メンバーがいて、現在は一緒に馬車に揺られている。
所々破れた幌をかけただけの古い木製の馬車は、頻りに木板が悲鳴を上げて少しばかり恐ろしい。けど広さは充分過ぎるくらいあるお陰で、十人ほど乗っても窮屈さはほとんど感じなかった。
そんな中で、ディーアが真っ先に聞いてきたのは――
「リーヴェ・ゼーゲン……? スコレットじゃなくて?」
「あ、ああ。……って言っても、本当の姓は知らないけど……」
オレの本名についてだった。
そういえば、さっきオレの名前聞いて驚いてるようだったし、何かしら気になってることがあるんだろう。ゼーゲンっていうオレの姓は人から与えられたものだ、今後生きていく上で姓がないのは不便だろうからって。
「……リーヴェさんが、どうかしたんですか?」
フィリアはそれを聞いたきり深く考え込んでしまったディーアを暫し眺めていたものの、やがて痺れを切らしたように先を促した。すると、ディーアは他の組織メンバーと何度か目配せしてから、重い口を開く。気まずそうに見えるのは多分間違いでも何でもないんだろう。
「この北の大陸の西からは陸路で帝国領に入れるんだが、関所の役割を担ってるアインガングって街に住む女が……リーヴェっていう生き別れの息子を探してるんだ」
「生き別れの……息子さんですか?」
「ああ、コルネリア・スコレットっていう貴族の女でな、その女の話では息子は小さい頃に賊に誘拐されて行方がわからなくなっているらしい。名前はリーヴェ、自分と同じ撫子色の髪をした無能で、二十一歳くらいになってるって話だ」
――ビンゴじゃん。
撫子色……ってのはよくわからないけど、リーヴェって名前で二十一歳の無能ときたらほぼほぼオレじゃん。じゃあ、そのコルネリアって人がオレの母親の可能性が高いんだろうか。そんなことを考えていると、ディーアが「けど」と続けた。
「俺は怪しいもんだと思ってる。息子を見つけてくれた人には多額の報酬を用意してるって話だけど、そこまでするほど息子を想ってるならどうして誘拐された時にすぐにそうしなかったんだ、ってな」
「コルネリアが生き別れの息子を探し始めたのはつい最近のことなんだ、だから……」
「あの女、スコレット家のために自分の息子を皇帝に献上するつもりなんだろうさ。見下げ果てた女だぜ」
ディーアに続いて、周りにいた組織メンバーたちが次々に口を開いた。
なるほど……無能に能力強化の力があることを知って、それで慌てて無能の息子を探し始めたってわけか。皇帝に献上するために。まあ、そのコルネリアって女が本当にオレの母親なのかはわからないけどさ、そこは別にどうでもいい。
船の上で感じた視線は、多分そのせいだろう。コルネリアが出した探し人の特徴にオレが似てたから。
それにしても、もう少しオブラートに包むとかないのかよ。オレだからいいようなものの、繊細なやつだったらショック受けたっておかしくないぞ。オレはいいんだよ、自分の母親が最低ってのは知ってるから。
* * *
行き着いた組織のアジトは、北の大陸の遥か東に位置していた。帝国領は大陸のずっと西側だから、ほぼ真逆だ。間の距離は馬車で移動しても二日か三日ほどかかる、このくらい離れていればすぐに攻め込まれることもないし、ある程度は安心できるだろう。でも、今後は帝国が領土を広げるそうだから、この大陸の半分ほどまで支配されたらそんな呑気なことも言っていられなくなりそうだけど。
アジトは洞穴の中にあった。洞窟だったのか、それとも元から誰かの住処だったのか、中は驚くほどに広い。居住スペースや倉庫、寝床に会議室などいくつもの部屋があって、環境は想像以上に快適そうだ。アジトに入ってすぐのところには簡素な台所まで設置されている。
フィリアもエルも、その思っていたよりもずっと整った環境に「わあ」と嬉しそうな声を洩らしていた。ヴァージャは――ただでさえ乗り物に強くないところに、馬車での移動。本人は多分平静を装ってるつもりなんだろうけど、心配になるくらい顔色が悪い。
「あんた、馬車も駄目なのか」
「自分で飛んだ方が早い……」
そりゃそうなんだろうけど、そんなことしたらディーアたちが腰抜かしてただろうさ。ヘルムバラドである程度は慣れたかと思ったけど、むしろ逆に乗り物に弱くなってる気が……どうしたもんか、少し風にあたって落ち着いてから中入った方がいいか。
「ディーア、こいつちょっと気分悪いみたいだから少し休んでから行くよ。フィリアとエルは先行っててくれ、疲れたろ」
「ああ、わかった。つらかったら遠慮しないで言ってくれよ、休む場所とか薬とかは色々と用意してあるからさ」
ディーアの背中にそう声をかけると、心配そうな様子でそんな言葉が返る。最初はもっと荒くれ者みたいな感じかと思ったんだけど、何だかんだいいやつっぽいな。
ヴァージャの手を引いてアジトの裏手側に回ると、小川があった。ほとんど濁りも何もない綺麗な水だ、飲み水とかはここで確保してるんだろうな。近くには森もあるし、食べ物に困ることはなさそうだ。ヴァージャは昔は森に住んでたんだし、自然の中にぶち込めば少しは落ち着くかな……。
「なになに、そんなこと言っちゃっていいの?」
――ん?
そんなことを考えていると、不意に森の中から話し声が聞こえてきた。一度ヴァージャと顔を見合わせてから、数拍の沈黙の末にそちらに行ってみる。森の中に足を踏み入れて、少し。程なくして、いくつかの人の姿が見えてきた。
女が二人と男が三人……それと向かい合う二人の男。歳はいずれも十代後半から二十代半ばといったくらいだろう。喧嘩には見えないけど、穏やかな雰囲気とも言い難い。隣で屈んだヴァージャに腕を引かれて、オレも慌ててその場に屈み込んだ。
「俺たちグレイスだけど、お前たちの力は強化するのやめよっかな~」
「そうそう、未だに無能なんて言われるとムカつくんだよねぇ。強化してほしいならその軽い頭、さっさと下げなさいよ。ちゃぁんと地面に顔を擦りつけてね」
「はやくぅ、やってみせてよぉ。平凡のザコのくせに、プライドだけは人並みにあるワケ?」
向かい合う二人の男は、次々に向けられる言葉に悔しそうに奥歯を噛み締めているようだった。残りの五人は……オレと同じ無能なのか。なんか、異様に態度がデカいけど……。
「……いや、あれはお前とは違う。彼らはカースだ」
「えっ、カースって……エルの姉ちゃんと同じ?」
「ああ、恐らく彼らもディーアたちもグレイスとカースの違いをよく把握していないんだろう。無能と呼ばれる者たちには全員、能力強化の力があるのだと思っているようだ」
そう言われてみれば、オレもグレイスとカースの違いは大雑把にしか知らないなぁ。
……それにしても、なんか面倒くさそうな場所だ。人間関係でいかにもひと悶着ありそうな。
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