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第七章:反帝国組織セプテントリオン
誰かの悪意
しおりを挟む「ええと、あっちがさっきの会議室で、この奥が寝室……台所は入口にあったし、向こうは倉庫、と……」
外が鮮やかな橙色に染まっていく中、オレは反帝国組織のアジト内をあちこち散策していた。フィリアは疲れが溜まっていたらしく案内された寝室で昼寝しちまったし、ヴァージャとエルはディーアと作戦会議、今頃は他のメンバーたちとああでもないこうでもないと話し合っているはずだ。
オレも別に休んでてもいいんだろうけど、ヴァージャにひとつ頼み事をされたからこうしてあちこち見て回ってるわけだ。
『リーヴェ、今のうちに組織の者たちと親睦を深めておけ。ただし、おかしな方向には好かれないように』
それが、ヴァージャの頼み事だった。
現在、このアジトには約三十人くらいは無能がいるけど、グレイスの能力を持ってるのはオレを含めて四人ほど。他の三人がどれくらいの力なのかはわからないけど、一人でも多い方がいいと考えてのことなんだろう。オレがこの組織の連中と親睦を深めて好意を持てば持つほど、みんな強くなる。
……それにしても、なんだよおかしな方向にはって。そんな物好きなやつ、あの神さまくらいのものだろ。
「あーっ! ちょっと、何やってんの!?」
そんなことを考えながら台所の方に向かってみると、何やら騒がしい声や物音が聞こえてくる。ちょっと焦げてるような臭いも。そっと覗き込んでみれば、台所はそれはもう散々な状態だった。
まな板の上には野菜が残骸みたいな形で置かれてるし、鍋は噴きこぼれてるし、フライパンで炒めていただろう肉……いや、魚? らしき食材は真っ黒焦げを通り越して炭になっている。焦げ臭さの正体は多分あれだろう。床の上には手を押さえて蹲ってる男までいた。これは呑気に見物していられないぞ、台所にはかなりの人数がいるけど、今のこのアジトには料理に慣れてる人があまりいないみたいだ。
「大丈夫か? 何か手伝おうか?」
「え? ああ、ディーアが連れてきた人ね。ありがとう、疲れてると思うけどお願いできるかしら。手があいてるようだったら、彼の代わりに野菜の皮むいて切ってくれると助かるわ」
慌てて鍋の火を止めた女性が振り返ってそう応えた。彼、と言うのは床に座り込んでるあの男のことだろう。手を押さえてるってことは包丁で切ったんだな、痛いんだよなぁ、あれ。男の隣に屈んで見てみると、手の平をざっくりとやっていた。何をどうしたらそんなとこをやっちまうんだ、と思うけど、包丁使うのに慣れてない人だったらどんな切り方をするかわからないからなぁ。
血を見たせいか、はたまた痛みのせいか。やや青ざめている男の傷口に片手を翳して、簡単にその傷に治癒術をかけた。すると、淡い白の光が切り傷を包み込み、時間でも巻き戻しているかのようにゆっくりと確実に傷が塞がっていく。いつ見ても不思議なモンだ。
そうなると、当然術をかけられた本人やその周りで戦々恐々といった様子で見守っていた連中が子供みたいに目を輝かせるわけで。本来の要件が疎かにならないように早々に立ち上がって、代わりに野菜を切ることにした。
「あんた、すごいんだね。ああ、あたしはマリー。よろしくね」
「オレはリーヴェ、簡単なのしか作れないけどちょっとは料理経験あるから手伝いが必要な時はいつでも言ってくれよ」
「ありがと、頼りにしてるわ。……けど、あんたがリーヴェかぁ。さっきディーアに少し聞いたけど、グレイス……なのよね?」
「あ、ああ、まあ……うん」
……巫術を使ったのは軽率だったかなぁ。けど、親睦を深めておけってヴァージャが言うくらいだから親しくしておいた方がいいんだろうし……でも、あんまり手の内は見せない方がよかったのかな。
オレが返答に困っているのを見てか、マリーと名乗った彼女は「まあいいや」と言って、それ以上は追及してこなかった。
「手伝ってもらえるだけで助かるわ、料理ができる人いないみたいでさ」
「いない……みたい?」
「ああ、今日来たばっかりなら知らなくて当然よね。この組織ってまだ結成してから一週間も経ってないのよ。元から仲間だったのもいるけど、色々なクランが集まってできてるの」
それは初耳だ、ディーアも誰も何も言ってなかったし。思わず手を止めてしまいながらマリーを見遣ると、彼女は新しい肉をフライパンで焼き始めていた。
「帝国の無能狩りがあまりにも横暴で、それに腹を立てた連中の集まりなのよ、ココ。今は領地戦争とか抜きにして、とにかく団結して帝国をどうにかしようってことになってさ」
「なるほど……一週間も経ってないなら、誰が何が得意かとか全部把握してなくて当然だな」
「でしょ、だから手伝ってもらえると有難いわ。ほらほら、手があいてる男連中は食料庫から色々持ってきて、晩ごはん遅くなるわよ!」
結成からそんなに日が浅いなら、色々なことが手探り状態なのも頷ける。それでも、帝国の横暴に黙っていられなくて集まったわけだ。オレも貢献できるように頑張らないとなぁ。
マリーの言葉に、近くにいた男連中はカゴを手に持って逃げるようにして食料庫に向かっていく。彼らにとっては細かい作業より食材を運ぶ力仕事の方が気が楽なのかもしれない。
「……あ、野菜を洗う水がないな。水って裏にあった小川のを使ってるのか?」
「え? 野菜って洗った方がいいの?」
「……」
――この組織の台所事情は、オレが考えてたよりもずっと深刻だったらしい。
* * *
バケツを片手にアジトの裏手側に行くと、小川がある。飲み水はこの小川――ではなく、森の中にある少しばかり上流の方で調達しているそうだ。
何でも、このアジトには面倒くさがりなやつも多く、ひどい時はこの小川で用を足すやつもいるんだとか。上流のものじゃないと安心して使えないとマリーが怒っていた、そりゃそうだ。
陽はすっかり沈み、辺りは夕闇に包まれ始めている。急いだ方がいいな。ただでさえまだ辺りに慣れてないんだから、下手をすると帰り道がわからなくなりそうだ。
「えっと、川を伝っていけばわかる……って言ってたよな」
早いとこ水汲んで戻らないと、今夜の晩飯は恐ろしいことになる。ほとんど獣道に近い道を進んで行くものの、水を調達しに人が往復しているせいか、通れるだけの幅はあるし、足場もできてる。この通りに行けば迷うこともないだろう。
そんな時――道の途中に穴のようなものを見つけた。まさに落とし穴的な規模の穴だ。……危ないな、夜にここを通った人が気付かないで落ちたらどうするんだ。手前に屈んで中を覗いてみると、結構な深さと広さだった。戻ったらマリーに報せて、あとで塞ぎに来た方がいいかもしれないなぁ。
「――うわッ!?」
呑気にそんなことを考えていた矢先、不意に殴りつけるような強い力で背中を押された。押されたことで思わず声は洩れたけど、予想だにしない力を後ろから加えられて咄嗟に身を支えるなんてできるはずもなく。
身が宙に浮くような何とも言えない感覚と共に、落っこちるしかなかった。
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