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第八章:神さまの伴侶
修羅場なんて経験したくない
しおりを挟む「やっと追いつけたわい、いや~長かった長かった」
「じゃあ、あの後すぐに団長もスターブルを出て追いかけてきてたのか?」
「おお、せめてウラノスの管轄を出るまでは見送りに行こうと思ってなぁ。それがまったく追いつけなんだ。そのうちに意地になってしまって気がつけばここまで来ておった」
アジトの会議室に連れられて行くと、そこには既に他のメンバーの姿は見えなかった。さっきまで泣いていたフィリアもサンセール団長の豪快な様子に、目をまん丸くせている。驚いたけど、フィリアが泣き止んでくれたのはよかった。
オレとヴァージャがスターブルの街を発ってから、そう間もなく。どうやらこのサンセール団長も街を出て追いかけてきていたらしい。オレたちはフィリアを仲間に加えてから北西を目指して西に逸れたけど、サンセール団長はそのまま北に向かったそうだ。だから会えなかったんだろうな。
それで意地になって北の大陸まで来ちまうんだからとんでもない人だとは思うけど、この人のことだから途中で無能の――グレイスのことを耳にして放っておけないと思ったんだろう。サンセール団長は呆れるくらいに面倒見のいい人だ。そりゃ、この人が隊長やってんなら予定通りに帰ってこないわけだよ。何かあるとすぐ首突っ込むんだから。
そこで、フィリアが不思議そうに小首を捻った。
「でも、どうしてわざわざ見送りに……?」
「自分のクランが統治してる場所に住んでる者が旅に出るんだぞ、管轄外に行くまでしっかり見送るのも役目のひとつだろう。統治するってのはそういうモンだ、そこに住まう者たちの声に耳を傾け、安心して過ごせるように見守るのが統治クランの役目だと思っておる」
特に考えるような間も置かずに返る言葉を聞いて、フィリアはキョトンとした後、すぐにその表情を弛めた。ディパートの街でフィリアをいじめてた連中とは全然違う様子に驚いてるんだろう、あそこもウラノスの統治領域なんだけどな。
「それで、リーヴェ。ヴァージャ様と共にスターブルに戻ると聞いたが……」
「あ、ああ、うん。いいものがあるとかで……それが何かは聞いてないけど」
「ふむ……リスティは、リーヴェは自分よりも優れたグレイスだから無理をさせたくない、自分が同行すると言っておったぞ」
ヴァージャが“いいもの”って言うからにはいいものなんだろう、どうでもいいものをそんなふうに言ったりしないはずだ、あの神さまは。
なんて、そんなことを考えていると聞き捨てならない言葉が返った。オレよりも先に過剰に反応したのは、隣に座っていたフィリアだ。簡素な椅子が後ろにひっくり返ってしまうほどに勢いよく立ち上がった彼女は、さっきまで涙でぐしゃぐしゃになっていた顔を今度は憤りに染めた。
「そ、そんなの駄目ですよ! ヴァージャさんはいいって言ったんですか!?」
「リ、リーヴェがそれでいいならとのことだったが、そこでワシが話の腰を折ってしまってなぁ……」
……ああ、それでオレの名前が出たからサンセール団長はそっちに反応したわけか。それにしても、あの天才より強いんじゃないかってくらいの猛者のサンセール団長が気圧されるなんて、ほんとフィリアは怖いな。……オレだって、さっきの話を思うと穏やかじゃいられないけどさ。でも、思うことは色々ある。本当に色々と。
リスティが本気でヴァージャのことが好きなら、むしろそっちの方がいいんじゃないかって思う。美男美女が並んでるところはやっぱ画になるし、ヴァージャの力はもう充分に回復したんだから敢えてオレと一緒にいる必要は……もう、ないわけで。ヴァージャだって、どうせなら女の子と一緒にいる方が……。
「リーヴェ、お前さんの悪い癖だ。またあれこれと小難しく考えとるんだろう。ティラの時もそうだったからな」
「う……」
そういや、ティラと婚約する時もあれだこれだと考え込んだなぁ……無能なんかと一緒になったんじゃ、ティラが周りからどう見られるか、どう思われるかって気になったもんだ。サンセール団長やミトラに背中を押してもらったお陰で迷いが晴れたんだけど、まあ……その結果があれだ。ああ、やめだやめだ、今更思い出すのは精神的によろしくない。
「なあリーヴェよ、周りがどう思うかとか普通に考えてどうだとかは実はそんなに大事なモンじゃない。偉そうに判断したりとやかく言うやつが、お前の人生にどれだけ関わってくるっていうんだ? 一番大事なのは周りの意見やら何やらじゃなく、お前がどうしたいか、だ」
「そうですよ、リーヴェさん! ヴァージャさんのこと、とられちゃってもいいんですか!?」
――やだ。
異性愛者のオレが、性別とか種族とかそういうものを超えて好きになったやつなんだ。とられるなんて嫌だ。
「お前はもう少しワガママになれ、我慢するよりその方がずっと可愛げがあるぞ」
「可愛げは別にいらないけど……うん、ちょっと行ってくる」
こうまで言われて「別にいい」とか「とられてもいい」なんて虚勢を張れるわけがなかった。座っていた席から立ち上がると、そのまま会議室を後にする。「頑張って」っていう、フィリアの応援する声が妙に心強かった。
道行く先でヴァージャのことを聞いていくと、最後に捕まえたディーアが「倉庫の確認に行ってる」と言うから、ちょうど行こうとしていたらしい彼と一緒に行くことになった。
「あそこがそうだよ、新しい拠点に持って行った方がいいものとか見てもらってるんだ」
拠点を移るとなったら引っ越し作業になるもんな、今のうちにどういうものを持っていくか分けておいて損はないか。それにしても、ディーアはいつもニコニコしてて気分のいいやつだなぁ。あそこ、と指し示す場所は寝室の近くにある場所だった。
倉庫の前まで行き着いたところで念のため扉をノックしようとしたけど、中から話し声が聞こえてきたから持ち上げた手がピタリと止まる。ひとつはヴァージャで、もうひとつは――リスティのものだ。そう認識するなり、自分の顔が歪むのがわかった。
ノックも何もなく扉を開け放って、……即座に後悔した。
「……! リ、リーヴェ……!」
扉を開けた先――そこには、リスティを押し倒すヴァージャの姿があった。
ディーアが斜め後ろで絶句してるのが気配でわかるし、押し倒されて――いるように見えるリスティはこちらを見上げて微かに口元だけで笑うし、当のヴァージャはオレを見て珍しく青褪めてるし。
何も考えないで逃げ出したい気分だった。
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