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第八章:神さまの伴侶
成長速度が詐欺レベル
しおりを挟む思わぬ光景に完全に思考が停止する中、真っ先に動いたのは――リスティだった。
彼女はササッと胸元を押さえると横たえていた身を起こして、今にも泣き出しそうな顔でこちらを見上げてくる。つい今し方、こっちを見てほくそ笑んだくせになんだその変わり身の早さ。
「も……申し訳ございません、リーヴェ様……このようなところをお見せするつもりはなかったのですが……」
沈痛な面持ちでそう告げるリスティを見れば、自然と庇護欲みたいなものが湧いてくる。見た目麗しいか弱い女性のこういう姿は男心を擽るものだ。
あくまでも、何も知らなければの話だけど。
情報ありがとうフィリア、ついでに予行練習ありがとうティラ。あなたみたいな人に見初めてもらえるなんて思ってなかったんだもの、ってマックに言ってたティラとリスティが異様に被る。思い出したくないこと思い出させやがって。
けど、そのお陰で頭の中は落ち着いた。ちら、と視線だけを動かしてヴァージャを見てみると、その周りには木箱だの樽だの、ついでにその中から飛び出ただろう小刀や弓矢などが散乱している。それを認めてから、そちらに歩み寄った。
「リスティ、怪我はないのか?」
「えっ?」
「怪我。倉庫の荷物が倒れてきたんだろ」
大方、倉庫に積んであった武器の荷が崩れてきて、それからリスティを庇おうとしてこんな状態になったんだろう。……ああほら、ヴァージャの左腕、何かの武器が掠めたらしく切り傷になってる。
「え、ええ……大丈夫ですわ」
「そりゃよかった。ああ、ヴァージャの手当てが終わったらそのままスターブルに行ってくるよ。オレはこの通りピンピンしてるし体調は全然大丈夫、気遣ってくれてありがとな」
オレの反応が予想外だったらしく、リスティは軽く目を丸くさせてからややぎこちなく頷いた。可憐な女性が本当に男にそういう意味合いで襲われてたのだとしたらこんな対応はロクでもないんだろうけど、こっちも腸が煮えくり返りそうなのを堪えてるんだ。必要なことだけさっさと伝えると、なんとなく気まずそうな顔をしたままのヴァージャの片腕を掴んで立ち上がらせた。
すると、リスティが静かに服の裾を掴んでくる。そのまま静かに顔を寄せてきたかと思いきや、オレにしか聞こえないくらい小さく呟いた。その顔はこれまでの淑女よろしく振舞っていたものとは違い、憤りに満ちていてちょっと怖い。女ってこんな簡単に正反対の顔ができるもんなのか。
「随分と、余裕がありますのね……?」
「……悪いけど、オレの相棒をそこらの男どもと一緒にしてくれるなよ」
腹は立つけど、メチャクチャムカついてるけど。でも、売られた喧嘩を買って同レベルに成り下がりたくないし、思惑通りに腹を立てて見せるなんてもっとごめんだ。一言二言短いやり取りをしてから、ヴァージャの手を引いてさっさと倉庫を後にした。
倉庫の出入口で固まったままのディーアにこの後の予定を簡単に伝えたものの、聞こえてたかどうかは不明だ。……多分オレより年上だと思うんだけど、ああいう光景にあんまり免疫はないのかもしれない。
* * *
黙々と足を進めてアジトの外に出ると、そこでようやく掴んでいたままのヴァージャの手を離した。それと同時に後ろから抱きすくめられて、一瞬呼吸が止まる。そのまま肩口に顔を伏せて項垂れるものだから、いよいよ身動きがとれなくなった。こうしてると、まるで叱られるのを待つ子供みたいだ、神さまのくせに。
「……誤解だ」
「わかってるよ、あんたがそう簡単に惚れたりするやつだとは思ってないし。けど、なんでリスティと倉庫にいたのかは気になる」
「お前を穴に落とした者に心当たりがあると言うから、……それで」
はーん、それでまんまと色仕掛けに引っかかったわけだ。
腹は立つけど、オレのために動いてくれたんだと思うと怒りのボルテージが随分と落ち着いてしまう辺り、オレは本当にチョロいやつなんだろう。
でも、ヴァージャをいじめたいわけじゃないし、責めたいわけでもない。こいつが誤解だって言うならそうなんだ。それなら、意地を張ってたってどうしようもない。
離せという意味を込めて軽く腕を叩くと、抱きすくめていた腕が離れていく。身体ごとそちらに向き直って、ヴァージャの左腕に刻まれた傷に片手を翳した。治療もすっかり慣れたものだ。
ちら、と視線を上げて様子を窺ってみれば、当の本人は未だに気まずそうな顔をしているものだから、少しばかり反応に困る。ちょっとした誤解でこんな顔をするくらいだ、こいつに浮気だとか二股の心配なんてあるわけがない。
「じゃあ、そのいいものが何か教えてくれよ。まだ誰にも教えてないんだろ? 誰よりも先に教えてくれたら特別感を感じて愛されてるな~って実感できるんだけど」
冗談めかしてそんなことを告げてやると、そこでやっと少し安心したようだった。確認なんかしなくても整い過ぎた顔面に苦笑を乗せて、空を見上げる。
「移動可能の要塞がある、あれなら奇襲を受けるようなこともない。……ちょうど迎えも来たようだな」
「い、移動可能の要塞? ……それに、迎えって……」
思わぬ返答を受けて、頭には物々しい武装が施されたデカい建物が浮かんでくる。要塞っていうと物騒な外観の建物ばかり想像できるけど、……どんなのだろう。ヴァージャにつられて空を見上げると、薄く雲がかかる青空には鳥にしては異様にデカい影がひとつ。
程なくして、オレたちのすぐ傍に羽根のようにふわりと降りてきたそれは――全長五メートルくらいはあるだろうデカい獣だった。真っ赤なたてがみと、金色に輝くような身体、背には鳥のような大きな翼が生えている。四つ足で立つそれは……なんだろう、とてつもなく綺麗だけど見た感じは恐ろしい。でもやっぱり綺麗だ。
すると、ヴァージャは当たり前のようにその正体不明の生き物と話し始めた。
「随分と早かったな」
『ヴァージャ様のお呼びですので。リーヴェ様もお久しぶりでございます』
獣が人語を喋るのもビックリだし、見た目に反して変声期を迎えてない子供みたいな声で喋るのもビックリなんだけど、一番驚いたのはこの生き物がオレを知ってるってことだ。お、お久しぶり……? どちらさん……?
「……やはりこの姿ではわからないか。ブリュンヒルデだ、孤児院に用心棒として置いてきただろう」
「ぶ……、……う、嘘だあああぁ!」
孤児院に置いてきた用心棒のブリュンヒルデというと――生まれたての小鹿みたいにプルプル震えてた子猫だったはずなのに。それがいつの間にか、こんなにデカく、それに厳つくなっちまって……。
いくらヴァージャの力が戻ったって言っても、詐欺レベルの変わりようだった。
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