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第八章:神さまの伴侶
帝国フェアメーゲンの兵士たち
しおりを挟む大慌てでスターブルの街に戻ると、なだれ込んできた帝国兵たちが我が物顔で暴れ回っていた。
いつもは楽しそうな喧騒に包まれている商店街は商品や荷があちこちに散乱し、辺りには住民たちの悲鳴が木霊する。帝国兵はそれらを聞いて楽しそうに笑うばかり。男たちを槍や鞘に収めた剣で邪魔だとでも言うように叩き払い、商品の果物や肉を手当たり次第に強奪しては貪り喰い始める。
「きゃあああぁ!」
「なによっ! 来ないで、やめてええぇ!」
「へへへっ、俺たちは無能を探してるんだ。お前はどうかなぁ? どれ、向こうで俺たちがじっくり調べてやろう!」
商店街を素通りした一部の兵士たちは、逃げ惑う若い女たちを執拗に追い回す。一人の女性に複数の男たちが群がり、嫌がる彼女たちを無理矢理に引きずって連れ去ろうとする光景は胸糞が悪くなるものだった。何を企んでいるかなんて、深く考えなくてもわかる。
この野郎ども、無能狩りついでに若い女を食いものにしようってのか。帝国ってほんと根っこから腐ってる連中ばっかりだ!
「ヴァージャ、あいつら……!」
オレの故郷をメチャクチャにしやがって、たっぷりお仕置きしてやりたいところだけど……悲しいことにオレにはそんな力はないわけで。こういう時も結局神さま頼みってのが言葉にならないくらい情けないんだけど、他に手がない。隣にいるヴァージャを見遣ったものの、つい今し方抱いた激しい憤りは、それと同時に綺麗に吹き飛んでいった。
なぜって、当のヴァージャはわざわざオレが何か言うよりも先に整い過ぎたその顔面に明確な憤りを滲ませていたからだ。普段は落ち着いた色をした黄金色の眸は、今や煌々と輝いている。
「私にこのような下卑た行為を見せるとは……命が惜しくないらしいな」
「い、いや、この場に神さまがいるなんてあいつら知らないと思うし……」
いくらヘルムバラドに神さまが降臨したなんて噂になっても、信じないやつの方が多そうだし……と言っても、今のヴァージャには恐らく聞こえてない。とばっちりを喰わないように数歩後退したところで、街の中で大暴れする帝国兵たちからけたたましい悲鳴が上がった。
商店街を荒らしてた連中や、若い女性たちに群がっていた帝国兵は何かに釣り上げられるように身体が宙に浮き上がっていく。辺りに佇む家屋の屋根よりも高い位置まで浮き上がったところでようやく止まったけど、帝国兵たちは何が起きたのか当然わからず四肢をバタつかせた。
「な、なんだぁ!? どういうことだ!?」
「ど、どこのどいつだ、俺らに刃向かいやがったらどうなるかわからねえぞ!?」
口では強がってるけど、完全にビビってるのはその引き攣った表情を見れば明らかだ。スターブルの住民たちは不思議そうに辺りを見回し、誰もが唖然としていた。そりゃそうだ。
ヴァージャが改めて双眸を輝かせると、宙に浮かび上がった帝国兵たちが何かに引き寄せられるように街の中心部に集まっていく。全部で五十人近くいるようだった。それを確認してから、ヴァージャはひとまとめにされた帝国兵たちの下まで歩み寄る。すると、帝国兵の一人がそれに気付いたらしくギャンギャンと吠え立て始めた。
「こ、この野郎! お、俺たちは皇帝陛下に選び抜かれた代理人みたいなものだ! 俺たちに刃向かうってことは、皇帝陛下に刃向かうのと同じことなんだぞ!?」
「ほう、では皇帝もお前たちのように金銭を必要とせず、更に女人に無体を働いてもよいと考える男か。ここに至るまでの道中、主君の顔に泥を塗るような狼藉をどれほど働いてきたのだ」
「ぐぐ……ッ! 帝国人は貴様らのような下級種とは異なるのだ! 我々帝国人は選び抜かれた人類ッ、世界で最も優れた人種なのだ! 下級種は我々に従えばよいだけだ!」
帝国兵がのたまうことは、とにかくメチャクチャだ。帝国領には天才か秀才しか滞在できないからなのか、自分たちは追い出された者たちよりもずっと優れてる、選ばれた者って考えが当たり前にあるらしい。……これ、ヴァージャが過去でも見た選民意識ってやつか。
ヴァージャは疲れたようにひとつため息を洩らすと、吠え立てる男だけを宙から地面に落とした。ものの見事に腰を打ち付けた男は潰れたような声を出したが、ヴァージャはそれには一切構わず、男の頭部を守る兜を鷲掴みにする。
「貴様らの股座にあるものは女人を悲しませる働きしかしそうにないな、お前たちの今生に生殖能力は不要だろう」
「……え……? う、うわッ!? ぎゃああああぁ!?」
ヴァージャがため息交じりに呟くと、男だけではなく宙に浮かんだままの帝国兵たちの股座が――股間に光が集束し始めた。傍目にはおかしな光景なんだけど、聞こえてきた呟きから想像するに、男としては決して笑える状況じゃない。つまり、その……お、男の象徴を消すってことだろ。
程なくして、街全体に男たちの悲痛な叫びが木霊した。光が止む頃には上空の兵士の大半が白目を剥き、中には泡を噴いている者までいて、さっきまでの騒ぎが嘘のように静まり返ってしまった。
「な、なあ、ヴァージャ……まさか本当に消したのか……?」
「まさか。ただの脅しだ。……ほとんど失神してしまったようだが」
「本当にとってやればよかったのに!」
「そうよそうよ! 帝国兵って最ッ低だわ!」
どうやら実際になくなったわけではないようだけど、周りの――さっき帝国兵に襲われた女性陣にしてみれば大いに不満らしい。地面の上に降りてきた兵士たちをゲシゲシと足蹴にして鬱憤を晴らし始めた。たくましいモンだけど、彼女たちにしてみればこれでも足りないくらいだろう。
「待ちなさい、コラァ! 我々に手を出してタダで済むと思うのかぁ!!」
「ひ、ひいいぃ! な、なんなんだよあの女ども! なんであんなに強いんだ!?」
「ごめ、ッごめんなさい! ごめんなさいいぃ! 許してくれ~~!!」
「ば、ばばば化け猫~~!!」
「フシャ――――ッ!!」
次に、住宅地に通じる左側の道からはエレナさん率いるウラノスの面々に追い回される帝国兵たちと、孤児院に通じる右の道からは成猫状態のブリュンヒルデに咬みつかれた兵士たちが情けない声を上げながら逃げてきた。どちらもコテンパンに叩きのめされたらしく、ズタボロでちょっと可哀想なくらいだ。
……帝国兵が来たらと思うと心配だったけど、スターブルって心配要らないくらいには守りがしっかりしてるんだな。ブリュンヒルデを追いかけてきたミトラやアンにも、怪我らしい怪我はなさそうだ。
「……とは言え、あまりゆっくりもしていられないな。リーヴェ、早いところ北の大陸に戻るとしよう」
「ああ、ディーアたちの方も何か被害を受けてるかもしれない」
各地であんなふうに無能狩りついでに物を奪ったり女の人を食いものにしてるなら、放っておけない。帝国兵がロクでもない連中の集まりってわかっただけでも充分な収穫だ。
ヴァージャが言ってた「いいもの」は手に入れたというか起動したんだし、早く拠点に戻った方がよさそうだ。
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