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第九章:天空の拠点
神さまなりの信頼
しおりを挟むサクラの治療を終えると、すぐに団長がその様子を窺った。
傷は完全に癒えたものの、出血量が多かったためしばらくは安静が必要らしい。けど、取り敢えず命に問題はなさそうだ。これでよかったのかどうかは、今のオレにはまだよくわからない。よかったはずなのに、何かが胸の中に引っかかってる気がした。
医務室を出たところには、フィリアとマリーがヴァージャと共に待っていた。フィリアはオレの姿を目の当たりにするなり、ぶわりと目から涙を溢れさせてしがみついてくる。
「ご、ごめんなさい、リーヴェさんにとって複雑な人だとは知らなくて……」
「ああ、いいんだよ、変なこと気にすんなって。マリー、悪いんだけどサクラの着替え……」
「うん、わかった。隊長もエルも男だもんね、任せておいて」
そんなフィリアの頭を軽く撫でてやりながらマリーに一声かけると、全部言う前に了承が返る。言いたいことを汲み取ってくれるのは有難い、彼女とはやっぱり気が合いそうだ。
フィリアは、サクラがあまりにもひどい怪我をしてたものだから放っておけなかっただけなんだ。それを責める気はまったくない。むしろフィリアのご両親に会った時に、娘さんはこんなに必死になって重傷人を助けようとしたんだって伝えてやりたい。オレが親の立場だったら誇らしくてべた褒めしちまうね。
程なくして、マリーと入れ替わるようにしてエルとサンセール団長が医務室から出てきた。
「なあ、団長。さっき思ったんだけど……なんか拠点の雰囲気おかしくない? こう、ピリピリしてるって言うか……」
「す、すみません、それ僕たちのせいだと思います……」
え、エルのせい? そんなまさか、この優等生が問題なんて起こすはずが……。
団長の代わりに気まずそうに答えたエルの顔は、なんともバツの悪そうなものだった。
* * *
詳しく話を聞いてみたところ、オレとヴァージャがスターブルに戻ってる間、エルとディーアは他の面々を連れてあちこちの街に行っていたらしい。その行く先々でメンバーの家族や友人を集めてたんだけど、その一方で帝国の横暴さに腹を立てた連中まで反帝国組織の活動に賛同して集まってしまったんだとか。
この組織は、以前は北の大陸のいくつかのクランが集まってできてるだけだったけど、今や色々な場所のクランがこの拠点に来ちまった状態だ。クランってのは元々領地を戦いで奪うようなものだから、当然血の気が多い連中もいるわけで……クラン同士、牽制し合ってるのもいるんだろう。あいつらより自分たちの方が強いとか、あいつらが気に入らないとか。それがこの雰囲気の悪さに繋がってるっていう……困ったモンだ。
戦う相手は帝国、隊長はサンセール団長で副隊長はディーア。他のメンバーは平でいいんだよ、神さまだって平なんだぞ。
エルが用意してくれた昼食を平らげてから、ちらと会議室の方を見遣る。少し離れた食堂にも聞こえてくるくらい、会議室での会議は白熱してるようだった。こりゃ拠点の引っ越しは明日かな。
「では、各地を巡ってきたのか」
「はい、ディーアさんも転移の術が使えたので本当に……色々なところに行ってきました。ボルデの街はもちろん、ル・ポール村やアンテリュール、まだみなさんと行ったことのない南のタイニー村やフラックスの港街とか」
「あいつあちこち行ったことあるんだなぁ」
ディーアって顔広そうだもんな、人当たりいいし。それだけあちこち行ったらそりゃ色々な場所からクランが集まるわけだ。それにしても、帝国兵はスターブルにまで現れたし、この分だともう世界中に展開してると思ってよさそうだな。……サクラも帝国兵にやられたんだろうか。ああ、考えないようにって思ったのに、結局またサクラのこと考えてる。
「あれ……リーヴェさん、もういいんですか?」
「ああ、人増えたなら仕込みは早いうちにしておいた方がいいだろうし、マリーも大変だろうからさ、今のうちにやっておくよ」
適当な理由をつけて席を立つと、食堂の隅に置いてあった木製のバケツを手に早々に拠点を後にした。人が増えて仕込みが大変なのは本当だし、オレにできることと言えば料理とか掃除とかそういうのだけだから、半分本当で半分嘘だ。
いつかも通った道を進んで川の方に向かう途中、背後に気配を感じる。確認なんてしなくてもわかる、あのお人好しの神さまだ。
「リーヴェ、この拠点であまり一人になるな。以前のこともある、それに人も増えたのだ。どのような者がいるかわからん」
「……ああ、まあ……」
背中に届く声は、まさしく正論だった。以前穴に突き落とされたのも、誰がやったのかまだわかってないんだ。この状況で犯人探しなんてしようものならもっと雰囲気が悪くなるし、できることと言えば厄介事に巻き込まれないように自衛する、くらいしかない。
歩調を緩めると、ヴァージャがその隣に並んだ。歩く足は止めないまま、二人並んで川の方へと足先を向ける。
「……彼女を助けたこと、後悔してるのか?」
「……わかんねえ。今までマックたちのこと考えてもどうとも思わなかったのに、異様にモヤモヤする」
「ふむ……今までのお前にとって“ウロボロス”という連中は敵でしかなかったからだろう。決して相容れない存在だったからこそ気にせずにいられたんだ。それが、突然目の前に助けが必要なウロボロスの女が現れた」
順序立てて纏めてくれるヴァージャの言葉を聞いて、なんとなくわかったような気がした。
オレはマックが嫌いだし、その取り巻きも嫌いだ。向こうだってそうだろう。だからオレたちは決して仲良くなるなんてことはないし、顔を合わせても水と油でしかない。今までもこれからも深く関わることがなくて「嫌い」でいられたから気にならなかったんだ。
それが、その嫌いなやつの仲間がいきなり瀕死の重傷を負って現れたわけだから、頭では理解してても心が受け入れられなかったんだろう。サクラを助けたことをどうこうよりも、嫌いなやつの仲間を助けたことにモヤモヤしてるんだ。まるで大嫌いなマックの手助けをしたみたいで。
「私はお前が彼女を見捨てなかったことを嬉しく思う」
「……なら、あんなふうに聞かないで助けてやれって言えばよかっただろ」
「私がそう言えば、お前は自分の気持ちに蓋をしてそうしていただろう。そうなってほしくはなかった」
……まあ、そうしてただろうけどさ。多分、オレがヴァージャの立場でも自分の気持ちを優先してほしいって思うだろうし。
「リーヴェ、お前がどのような選択をしようと、私はその選択がお前にとっての最善になるようサポートする。だから、これからも自分の気持ちに嘘は吐くな」
「……もしかしたらロクでもない選択するかもしれないぞ」
「構わないさ、それが私からのお前への信頼のつもりだ」
いっそ「人の命を助けておいてモヤモヤするな」とか「失礼だぞ」とか叱ってくれればいいのに。こいつは本当にズルいよなぁ、何でもかんでも受け入れちまう。
……それだけ「こいつはおかしな選択はしない」って、信頼されてるんだろうけどさ。無暗に誰かを傷つけるような選択はオレにはできそうにないし、そういうところも全部こいつにはお見通しなんだ。
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