107 / 172
第九章:天空の拠点
あっさりした告白
しおりを挟む時計の針が二本ともてっぺんを通り過ぎて小一時間ほど。
夜も白熱していた会議室の方もようやく静かになり、拠点に集まった者たちも床についた頃。
オレは朝食の仕込みを終えて、外に出ていた。厨房はすぐ後ろにあるし、少しくらいなら外に出ても大丈夫だろう。それに、人数が一気に増えたものだから食事の支度がとにかく大変なんだ。こうやって夜風に当たってると少しだけど疲れが癒されていく気がする。
ヴァージャは今頃、会議室でサンセール団長やディーアと明日の引っ越しについて話しているはずだ。本来は今日のうちに着手する予定だったのに、オレとヴァージャがいない間に集まった連中が今後のことについて熱心に議論しているものだから、結局明日に持ち越しになった。
「さむ……北の方の夜はやっぱり冷えるなぁ……」
南にあるスターブルとは環境が違うんだって、考えなくても思い知らされる。けど、空気が澄んでる分、星空はこっちの方が綺麗に見える気がする。寒い場所には寒い場所なりの利点があるもんだ。
この拠点には今、色々な連中が集まってるけど……ヴァールハイトに乗せても大丈夫なのかな。中にはロクでもないやつとか紛れてるかもしれないじゃん、城を乗っ取ってやる、とか考えるやつだって出てくるかもしれない。いや、そんなやつがいてもヴァージャにお仕置きされるだけだろうけど。
一丸になる前に新しい戦力を大勢迎えちまったわけだから、不安だって当然デカい。帝国と戦う前に内部分裂を起こして自滅したらどうしよう、とか。
「あら、あなたも夜風にあたりにきたのかしら?」
ふと背中にかかった声に、思考が止まる。
そちらを振り返ってみると、拠点の出入口に凭れるようにして佇んでいたのは――まだ安静が必要なはずのサクラだった。夜の闇のせいでよく窺えないものの、顔色はまだ悪いように見える。そりゃそうだ、ひどい出血だったんだから。
マリーが着替えさせただろう濃紺の羽織りに身を包んだサクラは、ゆっくりとした足取りで傍まで歩み寄ってくる。
……そういや、さっきは状況が状況だったから深く考えなかったけど、サクラもあの時のフィリアと同じように瀕死の重傷だったから……もしかして、才能とか伸びちまったんだろうか。そうだとしたら完全に敵に塩を送る形になってるじゃん、馬鹿かオレは。そうだよ馬鹿だよ、無能だもん仕方ないだろ馬鹿なんだよ。
「ま、まあ、そんなとこだけど……もう行くのか? サンセール団長が、まだ安静にしてた方がいいって……」
「行く? あら、どこに?」
取り敢えず内心の動揺を悟られないように平静を装って、差し障りなさそうな言葉を投げてみる。彼女に安静が必要なのは嘘でも何でもない、距離が近付いてわかったけど、顔色はまだ病人としか言えないものだった。
でも、当のサクラは不思議そうに梅色の目を丸くさせてゆるりと小首を捻る。正直、そんな顔をしたいのはこっちの方だ。
すると、サクラは一拍ほど置いてから口元に薄い笑みを滲ませた。
「ふふ……あなたが助けてくれたんだってね、サンセールさんに聞いたわ。あの傷、誰につけられたものだと思う?」
「……え?」
どうして突然そんなことを聞いてくるのか、サクラの思惑がまったくわからなかった。けど、今の話の流れで無意味な質問をしてくるとは思えない。それを踏まえた上で考えられるのは……。
「……まさか」
「そう、マックよ。私、彼を裏切ったの」
あっさりとそう言ってのける彼女の言葉は、オレにとってはひどく衝撃的なものだった。
* * *
サクラはウロボロスのメンバーの中でも特殊な存在で、ほとんど一人で活動している諜報員のようなものだった。マックにあらゆる情報を届けるのが彼女の役目で、話を聞いたところ、今回も彼女はマックの命令で動いてたってことだけど……。
「エアガイツ研究所の情報を見つけてね、なんだか突然バカらしくなったのよ」
「バ、バカらしく?」
「だってそうでしょう? マックはいつも女たちを侍らせて、毎晩のように色々な女と寝るわ。あなただったらどう? 好きな人が自分以外の誰かとそんなふうになってても平気?」
……嫌だなぁ。というか、実際にティラがマックとそうなったから婚約も駄目になったわけだし。もしもヴァージャが他の誰かとそういうことしてたら、今なら憤死できそう。ヴァージャに限ってそれはないと思ってるから堂々としてられるけど、想像しただけで腹の辺りが重くなったような気がした。
サクラはそんなオレを後目に、ふと夜空を見上げる。その横顔は虚勢でも何でもなく、本当に何かが吹っ切れたような清々しい表情をしていた。
「あなたみたいなグレイスがいるなら、マックよりもずっといい人がいるんじゃないかって思ったの。そう考えたらマックに尽くすのがバカバカしくなってさ」
「……うん」
「それなのに、彼って自分は女の気持ちを踏みにじってばかりなのに、女が裏切るのは許さないみたい。言われた情報を届けないでいたら、見つかってアレよ。ティラ辺りは、面倒な女が自滅してくれてよかったとでも思ってるんじゃないかしら」
……なるほど、そういう経緯だったのか。それにしても、こうやって聞いてると本当にマックってどうしようもない男だな。エルみたいな天才もいるってわかったから、余計にあいつの俺様気質が際立っちまう。
サクラはまだ若いし美人なんだ、マックよりもずっといい人に出会えるさ。
「……これから、どうするんだ? もしまたマックに見つかったら今度こそヤバいんじゃ……」
「……あなた、私が話したこと、全部本当だと思ってるの?」
「え?」
「もしかしたら、油断させるために嘘を吐いてるかもしれないわよ。あなたを油断させて、信じ込んだところを連れ去ろうとしてるかもしれない」
サクラは確かにマックの女で、彼女の言うようにもしかしたら今聞いた話は全て嘘なのかもしれない。ジッとこちらを見据えてくる彼女の梅色の双眸にはほとんど感情がなく、内面を読み取るのは難しかった。でも、ついさっき見た吹っ切れたような彼女の顔は――決して、芝居とかそんなふうには感じなかった。あれが芝居だったらもう完全にお手上げた。
「……もしそうなら、手の内をそんなふうに話したりしないだろ。それに……腹の探り合いとか得意じゃないんだ、だから見たまま聞いたままを信じるよ」
呟くように返答すると、サクラは軽く目を丸くさせてから――何を思ったのか声を立てて笑った。
「うふふ……ティラが逃した魚は、本当に大きいわねぇ。私はこれでも義理堅いの、恩を仇で返すような真似はしないから大丈夫よ」
「そ、そう……」
要は試したってことだろ、人が悪いな。……まあ、今まで面識はあったけどこうやって話したことはなかったし、サクラもオレのことを信用していいか探ってる部分もあるんだろう。
一頻り話して満足したのか、サクラは「ふう」と一息洩らすなり静かに踵を返した。けど、その途中で改めてこちらを振り返って一言。
「ああ、そうそう。助けてくれてありがとう、リーヴェ」
不意打ち気味にそう礼を向けてきたサクラの顔は、さっき見たように吹っ切れたような清々しいものだった。
0
あなたにおすすめの小説
異世界で8歳児になった僕は半獣さん達と仲良くスローライフを目ざします
み馬下諒
BL
志望校に合格した春、桜の樹の下で意識を失った主人公・斗馬 亮介(とうま りょうすけ)は、気がついたとき、異世界で8歳児の姿にもどっていた。
わけもわからず放心していると、いきなり巨大な黒蛇に襲われるが、水の精霊〈ミュオン・リヒテル・リノアース〉と、半獣属の大熊〈ハイロ〉があらわれて……!?
これは、異世界へ転移した8歳児が、しゃべる動物たちとスローライフ?を目ざす、ファンタジーBLです。
おとなサイド(半獣×精霊)のカプありにつき、R15にしておきました。
※ 造語、出産描写あり。前置き長め。第21話に登場人物紹介を載せました。
★お試し読みは第1部(第22〜27話あたり)がオススメです。物語の傾向がわかりやすいかと思います★
★第11回BL小説大賞エントリー作品★最終結果2773作品中/414位★応援ありがとうございました★
【完結済】虚な森の主と、世界から逃げた僕〜転生したら甘すぎる独占欲に囚われました〜
キノア9g
BL
「貴族の僕が異世界で出会ったのは、愛が重すぎる“森の主”でした。」
平凡なサラリーマンだった蓮は、気づけばひ弱で美しい貴族の青年として異世界に転生していた。しかし、待ち受けていたのは窮屈な貴族社会と、政略結婚という重すぎる現実。
そんな日常から逃げ出すように迷い込んだ「禁忌の森」で、蓮が出会ったのは──全てが虚ろで無感情な“森の主”ゼルフィードだった。
彼の周囲は生命を吸い尽くし、あらゆるものを枯らすという。だけど、蓮だけはなぜかゼルフィードの影響を受けない、唯一の存在。
「お前だけが、俺の世界に色をくれた」
蓮の存在が、ゼルフィードにとってかけがえのない「特異点」だと気づいた瞬間、無感情だった主の瞳に、激しいまでの独占欲と溺愛が宿る。
甘く、そしてどこまでも深い溺愛に包まれる、異世界ファンタジー
ワケありくんの愛され転生
鬼塚ベジータ
BL
彼は”勇敢な魂"として、彼が望むままに男同士の恋愛が当たり前の世界に転生させてもらえることになった。しかし彼が宿った体は、婚活をバリバリにしていた平凡なベータの伯爵家の次男。さらにお見合いの直前に転生してしまい、やけに顔のいい執事に連れられて3人の男(イケメン)と顔合わせをさせられた。見合いは辞退してイケメン同士の恋愛を拝もうと思っていたのだが、なぜかそれが上手くいかず……。
アルファ4人とオメガ1人に愛される、かなり変わった世界から来た彼のお話。
※オメガバース設定です。
十二年付き合った彼氏を人気清純派アイドルに盗られて絶望してたら、幼馴染のポンコツ御曹司に溺愛されたので、奴らを見返してやりたいと思います
塔原 槇
BL
会社員、兎山俊太郎(とやま しゅんたろう)はある日、「やっぱり女の子が好きだわ」と言われ別れを切り出される。彼氏の売れないバンドマン、熊井雄介(くまい ゆうすけ)は人気上昇中の清純派アイドル、桃澤久留美(ももざわ くるみ)と付き合うのだと言う。ショックの中で俊太郎が出社すると、幼馴染の有栖川麗音(ありすがわ れおん)が中途採用で入社してきて……?
不幸体質っすけど、大好きなボス達とずっと一緒にいられるよう頑張るっす!
タッター
BL
ボスは悲しく一人閉じ込められていた俺を助け、たくさんの仲間達に出会わせてくれた俺の大切な人だ。
自分だけでなく、他者にまでその不幸を撒き散らすような体質を持つ厄病神な俺を、みんな側に置いてくれて仲間だと笑顔を向けてくれる。とても毎日が楽しい。ずっとずっとみんなと一緒にいたい。
――だから俺はそれ以上を求めない。不幸は幸せが好きだから。この幸せが崩れてしまわないためにも。
そうやって俺は今日も仲間達――家族達の、そして大好きなボスの役に立てるように――
「頑張るっす!! ……から置いてかないで下さいっす!! 寂しいっすよ!!」
「無理。邪魔」
「ガーン!」
とした日常の中で俺達は美少年君を助けた。
「……その子、生きてるっすか?」
「……ああ」
◆◆◆
溺愛攻め
×
明るいが不幸体質を持つが故に想いを受け入れることが怖く、役に立てなければ捨てられるかもと内心怯えている受け
【WEB版】監視が厳しすぎた嫁入り生活から解放されました~冷徹無慈悲と呼ばれた隻眼の伯爵様と呪いの首輪~【BL・オメガバース】
古森きり
BL
【書籍化決定しました!】
詳細が決まりましたら改めてお知らせにあがります!
たくさんの閲覧、お気に入り、しおり、感想ありがとうございました!
アルファポリス様の規約に従い発売日にURL登録に変更、こちらは引き下げ削除させていただきます。
政略結婚で嫁いだ先は、女狂いの伯爵家。
男のΩである僕には一切興味を示さず、しかし不貞をさせまいと常に監視される生活。
自分ではどうすることもできない生活に疲れ果てて諦めた時、夫の不正が暴かれて失脚した。
行く当てがなくなった僕を保護してくれたのは、元夫が口を開けば罵っていた政敵ヘルムート・カウフマン。
冷徹無慈悲と呼び声高い彼だが、共に食事を摂ってくれたりやりたいことを応援してくれたり、決して冷たいだけの人ではなさそうで――。
カクヨムに書き溜め。
小説家になろう、アルファポリス、BLoveにそのうち掲載します。
【蒼き月の輪舞】 モブにいきなりモテ期がきました。そもそもコレ、BLゲームじゃなかったよな?!
黒木 鳴
BL
「これが人生に三回訪れるモテ期とかいうものなのか……?そもそもコレ、BLゲームじゃなかったよな?!そして俺はモブっ!!」アクションゲームの世界に転生した主人公ラファエル。ゲームのキャラでもない彼は清く正しいモブ人生を謳歌していた。なのにうっかりゲームキャラのイケメン様方とお近づきになってしまい……。実は有能な無自覚系お色気包容主人公が年下イケメンに懐かれ、最強隊長には迫られ、しかも王子や戦闘部隊の面々にスカウトされます。受け、攻め、人材としても色んな意味で突然のモテ期を迎えたラファエル。生態系トップのイケメン様たちに狙われたモブの運命は……?!固定CPは主人公×年下侯爵子息。くっついてからは甘めの溺愛。
僕を惑わせるのは素直な君
秋元智也
BL
父と妹、そして兄の家族3人で暮らして来た。
なんの不自由もない。
5年前に病気で母親を亡くしてから家事一切は兄の歩夢が
全てやって居た。
そこへいきなり父親からも唐突なカミングアウト。
「俺、再婚しようと思うんだけど……」
この言葉に驚きと迷い、そして一縷の不安が過ぎる。
だが、好きになってしまったになら仕方がない。
反対する事なく母親になる人と会う事に……。
そこには兄になる青年がついていて…。
いきなりの兄の存在に戸惑いながらも興味もあった。
だが、兄の心の声がどうにもおかしくて。
自然と聞こえて来てしまう本音に戸惑うながら惹かれて
いってしまうが……。
それは兄弟で、そして家族で……同性な訳で……。
何もかも不幸にする恋愛などお互い苦しみしかなく……。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる