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第九章:天空の拠点
そんな一面があるなんて聞いてない
しおりを挟むいつも通り朝の五時半頃に起床して身支度をしていると、相変わらず突貫工事で建付けの悪い扉をノックする音が聞こえた。返事をするよりも先に開かれた扉の先からは、勝手知ったる様子でヴァージャが入ってくる。
返事する前に開けるなよ、とは思ったけど、疚しいことをしてたわけでもないし今更変な遠慮をするような間柄でもないから口煩いことは言わないでおいた。
「起きていたか」
「ああ、おはよ。どうした、何かあった?」
「いや……」
朝にいきなり訪ねてくるんだから何かあったんだろうと思ったんだけど、ヴァージャにしては珍しく歯切れ悪くどっちつかずな呟きが返る。軽く眉根を寄せて何とも形容し難い複雑な表情を浮かべる様からは、取り敢えず緊急性は感じられない。
拠点の中もまだ朝早い時間帯のせいか静かだし、何かがあったわけではなさそうだ。じゃあ、いったいどうしたんだろうか。そんな疑問を抱くオレの思考は、不意に抱き寄せられたことで強制的に止められた。
「……今日は一日忙しそうなのでな、こうした時間を設けられそうにない」
「な、なんだ、そんなこと……いいよ別に、大事なことなんだし」
何かと思えばそんなことか。「仕事と私とどっちが大事なのよ!」とか言う気はないし、寂しいか寂しくないかで言われればそりゃあ寂しいけど、そんなことまで気にしないでいいのに。あれか、結局ヴァールハイトではくっついて寝たから、それで心配してんのかな。
「お前はよくても私がよくないのだ」
あんたが寂しいのかよ。
なに、今日は一日忙しいからもしかしたらオレが寂しがるかもしれないな、って心配してきたんじゃないの? 自分が寂しいから会いにきたの? いや、理には適ってるけど、なんだこいつ可愛いな。日頃から顔面がいいとか顔面偏差値が高すぎるとかは思ってきたけど、そういう一面もあるの? なにこの胸のド真ん中を撃ち抜かれるような気分。
拗ねた子供のような表情を滲ませるヴァージャの頬に両手を伸ばして、犬でも愛でるように思いきり抱き込んだ。
引っ越し作業が終われば、今後は奇襲とかに備えなくてよくなるわけだし、少しは余裕もできるだろ。それまでの我慢我慢。その間、ヴァージャに借りたあの本で勉強でもしておこう。
「……今夜、何食べたい?」
「お前が作るものなら何でもいい」
「……わかった」
献立を考える側にしてみれば実はそれが一番困る返答だったりするんだけど、オレ一人で勝手にやるわけにもいかないしな。マリーたちと相談しながら決めるか。
部屋の外が徐々に騒がしくなり始めた頃に静かに身を離すと、代わりにいつものように触れるだけの口付けが降った。「行ってくる」とだけ告げて部屋を出て行くヴァージャを見送ってから数拍、どっと羞恥が押し寄せてくる。
……なんだ、今の夫婦みたいなやり取り。冷静になって考えてみると、とんでもなく恥ずかしいやり取りをしちまった気がする。
ああ、やめだやめだ。オレだって暇してられないんだ、変なこと考えてないでさっさと厨房に行こう。顔面が熱い。
* * *
今日はフィリアとエルも引っ越し作業に駆り出されているらしく、二人とも眠そうに目を擦りながら拠点の外に出て行くのを見送った。外には既にヴァールハイトに移すものと思われる荷物が大量に運び出されていて、ああいよいよ引っ越しなんだなぁ、って嫌でも実感する。
指揮はサンセール団長が執り、まだ朝も早い時間だっていうのに大声で「それは向こう」だの「それはこっち」だの指示を出していた。
厨房の、岩壁をくり抜いて作られた簡素な窓からそれを眺めて、マリーは興奮気味に目を輝かせる。それでも手慣れた様子で野菜を炒めてるんだから慣れってこわいもんだ。
「ねえねえ、リーヴェ。あたしたち空に住むの?」
「少しの間は多分……そう、なるんじゃないかな」
「うわあぁ、すっごーい! 神さまなんて本当かなぁ、ってちょっと疑ったりしてたんだけど、本物なのねぇ……!」
だよなぁ、いきなり「神さまです」なんて言われても疑うよな。今となっちゃ疑う余地もないし、空飛ぶ城なんて規格外のブツを持って帰ってきたことで他の連中もほとんど信じてくれたとは思うけど。
「じゃあ、あの城に住めるんだ……なんだかお姫さまになったみたい!」
「中はどうなってるんだろ、楽しみだね!」
なんて声が右や左から聞こえてくる。厨房はいつもよりずっと賑わっていて、みんなマリーみたいに窓から引っ越し作業を――というか、地上に降りたヴァールハイトを食い入るように見つめていた。ここにいるのは、みんな凡人か無能だ。体力的にも身体能力的にも劣るオレたちじゃ力仕事になる引っ越し作業には向かないし、むしろ邪魔になるから各々できることをやるのが一番いい。
それにしてもあの城、この前よりも遥かに小さく見えるけど……何か仕掛けがあるんだろうな。どうせ空に上がれば島ひとつ分くらいの規模に戻るんだろ、怖い城だよ本当に。
「あれ? ねえ、マリー。水がなくなっちゃったけど、水汲み班は?」
「えっ、まだ戻ってきてないの? もう、水汲みそっちのけであのお城を見てるんじゃないでしょうね、仕方ないなぁ」
「じゃあ、オレが行ってくるよ。女の子に重いもの持たせるのも気が引けるしさ」
「ふふっ、リーヴェってそういうとこわかってるよねぇ~! でも、あたしも一緒に行くよ。せめて引っ越すまでは二人か三人で行動するようにしなさいって、サンセールさんに言われてるの」
近くに置いてあったバケツを手に取るマリーを見遣ると、それを横から取った。バケツいっぱいに汲んだ水は重い、それなりに距離もあるし、マリーの細腕にそんな重いものを持たせるなんて視覚的に痛々しい。すると、マリーは嬉しそうに笑ってじゃれるようにくっついてきた。
ああ、なんか孤児院にいた頃を思い出すなぁ。マリーは多分オレと同い年くらいだと思うけど、あの頃はいつも孤児院のガキどもとこうやってじゃれてたっけ。懐かしいな。
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