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第十章:エアガイツ研究所の天才博士
隊長からの依頼
しおりを挟むヴァールハイトの二層、中腹の辺りに作られた広い会議室には新しく加わった連中を除く当時の面々が集められた。その中には当然フィリアとエル、ディーアにサクラもいる。マリーとハナも。
サンセール団長がさっきオレの部屋を訪ねてきた三人組に目を向けるなり、彼らはびくりと肩を跳ねさせて怯えたように俯いた。そんな様を見ると、こっちが悪いことをしているようだ。考えることは団長も同じだったようで、厳つい顔には困ったような色が滲む。そのまま言葉もなくディーアを見遣ると、当のディーアは薄く苦笑いを滲ませながら代わりに口を開いた。
「えっと、お前さんたちがリーヴェを穴に突き落としたんだって? 話も聞かずにつるし上げようってワケじゃない、お前さんたちがみんなに話したいって言うから、俺たちもこうして集まったんだ。ゆっくりでいいから、事情とか教えてくれないか?」
あの後、彼らはオレに謝ってから「みんなに話したい」と言い出した。単純に、独断で動いたってわけじゃないみたいだ。
ディーアの言葉に、さっきオレに謝った黒髪の少女がそっと顔を上げる。
彼女は、その名をベイリーといった。ベイリーは改めて申し訳なさそうな様子でこちらを見遣るものの、次の瞬間にはぐっと下唇を噛み締めて会議室の出入口の方を見据える。そこには――リスティがいた。彼女はベイリーの表情にぎくりと軽く表情を強張らせたようだった。
「わたし……リスティに言われたの。新しく優秀なグレイスがやってきたから、このままじゃわたしたちみたいなグレイスは、すぐにお払い箱になってしまうかもしれないって……」
「そうだ、だから新入りがデカい顔できないようにわからせてやった方がいいって……計画を持ちかけてきたんだよ。それなのに、リスティは自分はまったく関係ありませんみたいな顔してるし、自分だけ神さまに気に入られようとして――」
「デ、デタラメです、そんなの! 身に覚えがありませんわ! そう言うなら証拠を出してごらんなさい!」
「なによ、それ! あの穴を掘ったのだって誰だと思ってんの!?」
会議室は、一瞬で怒声が飛び交う場になってしまった。
リスティのあの焦り具合とこの前のひと騒動のことを思うと、多分ベイリーたちの言うことが真実なんだろう。証拠がないから何も言えないけど。
すっかり言い合いになってしまった様子に、団長もディーアも他の面々もほとほと困り果てているようだった。隣にいたヴァージャは暫しその様子を眺めてから、ちらをこちらを見遣る。
「……どうする、リーヴェ。徹底的に調べ上げろと言うなら私が……」
「いや……いいよ、もう。オレはベイリーたちがそう言ってきてくれただけで充分さ」
見ればフィリアとエルも複雑な面持ちでそちらを――いや、リスティを見てるし、これ以上この騒動を大きくするのは考えものだ。特にフィリアなんて放っておいたら何をするかわかったものじゃない。……そうまで思ってくれるのは嬉しいけどさ。
ベイリーたちが黙ってさえいれば、この一件の犯人なんてわからなかったはずだ。知らんぷりすることだってできたと思う。それでも「自分たちがやったんだ、ごめんなさい」って言ってきてくれただけで充分過ぎる。勇気が要っただろう、批判の的になることだって、追い出される可能性だって考えたはずだ。
「リ、リーヴェさん、許すんですか!?」
けど、深く追求しないことに声を上げたのはフィリアだった。そうだろうな、お前は根に持つタイプだもんな。ヴァージャとエルはちょっとホッとしたような表情を浮かべてるけど、サクラも微妙な顔をしてる。うちの女性メンバーは徹底的に調べ上げて天誅を下したいんだろう、こわい。下手なこと言ったらぶん殴られそうだ。
「……オレたち無能にとってはさ、誰かに必要とされるってメチャクチャ嬉しいものなんだよ。今までそういうことなかったから、せっかく手に入れた居場所を失うかもってなった時にどれだけ怖いか、一応はわかるつもりなんだ」
思ったままを呟くと、誰も何も言わなかった。……いや、たぶん何も言えなかったんだと思う。天才だろうと秀才だろうと、ある程度の力がある者は、今まで「誰にも必要とされない」なんてなかったはずだ。凡人はわからないけど。
オレにはミトラがいてくれたから他よりは恵まれてるんだけど……それでも、ヴァージャに「お前が必要だ」って言われた時、思わず泣くくらいには嬉しかったもんな。直前に婚約者の裏切りに遭うっていう最低最悪の事態に陥ったのもあるから、尚更。
「ベイリーたちがそうしなきゃいけなかったのも、居場所がなくなると思って怖くなったからだろ。気持ちはよくわかるんだ、それを責める気なんてないよ」
オレだって、ヴァージャと出会ってなかったらどうなってたかわからないし、そのヴァージャをリスティにとられるかもしれないって思った時は卑屈になりかけたもんな。
それらを考えると、やっぱり今の世の中の在り方がよくないんだろう。ベイリーたちはきっと、やっと無能って言われる自分たちでも必要とされる、役に立てる時がきたと思って嬉しかったはずなんだ。
シンと静まり返る場の雰囲気を変えてくれたのは、さっきは困ったような表情を浮かべていたサンセール団長だった。軽く手を叩き鳴らすと共に、努めて明るい口調で言葉を並べた。
「まあ、そういうことだ。被害に遭ったリーヴェがよいと言うのなら、今後はこのようなことがないように、とだけ伝えて終わろうと思う。もしまた似たようなことが起きるのなら、その時は徹底的に調べ上げるからそのつもりで。仲間内でのもめ事はこれっきりになると信じておるよ」
新しく入ってきた連中も、まだどんなやつがいるかわからないからな。初期とそこに近いメンバーがゴチャゴチャやるのは、隊長や副隊長としては避けたいことだろう。仲間内でもめてたら帝国となんて間違っても戦えないし。
幸いにも、その場に集まったメンバーが今回の件についてそれ以上とやかく言うことはなかった。それを確認して、サンセール団長はホッと一息洩らすと、次にオレやフィリアへとその目を向けてくる。
「それでな、こうして集まったついでにお前さんたちに……ラピスにひとつ仕事を頼みたいのだ」
「えっ、私たちに仕事……ですか?」
「うむ、スターブルの遥か西側にヴェステンという都がある。そのヴェステンの辺りに住むグリモアという人に手紙を渡してきてもらいたいのだ」
北の都がアンテリュールなら、ヴェステンは南の都と言われる大きな街だ。
サンセール団長の顔が広いのは知ってるけど、そんなところにも知り合いがいるなんてなぁ。まあ、団長がこう言うくらいだから、今後必要なことなんだろう。
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