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第十章:エアガイツ研究所の天才博士
グリモア
しおりを挟む軽く見ても三十人ほどはいる帝国兵たちが一斉に襲いかかってきた。
そこはやはり秀才以下は立ち入ることはできない帝国領の兵士たち、腕は確かだし連携もちゃんと取れているようだった。前衛を担う屈強な兵士たちが後方の動きを読ませないように立ちはだかる。その後ろからは様々な魔術が飛んでくるし、法術で攻撃力や防御力を上昇させて味方の援護までしているようだった。
勢い勇んで飛び出してきた前衛は、サクラとディーアが受け持つ。そのすぐ後ろにいたエルが透明な結界を展開することで後方から飛んでくる魔術を防ぐものの、それは一度や二度じゃ済まない。嫌な感じで間隔をあけて次々に魔術を撃ち込んできやがる。
フィリアが前衛の援護に回ろうとするけど、彼女が扱う魔術は威力重視のものが多い。下手をするとすぐ近くで交戦するサクラやディーアを巻き込んでしまいかねない。それを考えているだろうフィリアは、なかなか魔術を放てずにいるようだった。
「これが正規の兵士たちか、クランの者たちとは違うな」
「か、感心してないでいいから、どうにかできないか?」
「ふむ……」
オレの目の前で盾になるみたいに佇むヴァージャは、その様子を眺めて呑気にそんな感想を洩らした。そうだけど、確かに今まで戦ってきた相手たちとは違うんだけど、今はそんなことを言ってるような状況じゃないわけで。このままだとみんなが結構な怪我をするような気がして、腹の奥がキリキリと引き攣るようだった。
すると、何を思ったのかヴァージャがこちらを振り返らないまま手を伸ばしてきたかと思いきや、そのまま腕を引っ張られた。バランスを崩しかけた身は反射的に逆手でヴァージャの肩を掴むことで支えたけど、その直後に真後ろから「うわぁ!」という聞き覚えのない悲鳴が上がる。それも、かなり至近距離で。
慌てて振り返ってみると、そこにはやや小太りの男がうつ伏せに倒れていた。その身を帝国鎧で包んでいることからして、この男も帝国兵だ。う、後ろにもいたのか……全然気づかなかった。
「く、くそっ! お前、グレイスだな!? おい、ここにグレイスがいるぞ!」
「な……」
「誤魔化そうったって無駄だぞ! こっちには高性能の装置があるんだからな!」
倒れ込んだまま顔を上げた男は、その手にいつかも見たあの装置を持っていた。ル・ポール村で誘拐犯たちが持ってた、例の凡人と無能を見分ける装置だ。
前線でサクラたちと交戦していた帝国兵たちは、男の声に途端に意識を切り替えると示し合わせたかのように一斉にこちらを向く。その様相は完全に金とかそうした褒美に目が眩んでいて、欲望が滲み出ているようだった。本能が恐怖するみたいに背筋に冷たいものが走る。
「リーヴェさん!」
「待ちなさい、この!」
エルとサクラが咄嗟に声を上げたけど、欲に目が眩んだ人間っていう生き物がそのくらいで止まってくれるはずもなく。雪崩のように突撃してくる男たちにフィリアは跳ね飛ばされ、彼女の華奢な身はディーアが慌てて受け止めた。
エルたちと交戦したことで数人は既に地面に倒れ込んでるようだけど、それだって数十人はいる。それだけの数が一斉に突撃してくる様は、戦う力を持たないオレにしてみれば恐ろしいものだった。
対するヴァージャはこちらに突進してくる帝国兵を前に静かに片手を突き出したものの、その指先がぴくりとわずかに跳ねる。男たちの肩越し、その奥――そこには、足蹴にしていた研究員の頭の横に剣を添える兵士の姿。ヴァージャはそれを目敏く捉えたようだった。
「お前らが何者かは知らないが、抵抗するなら研究員たちを皆殺しにするぞ!」
「ひ、卑怯ですよぅ!」
「何とでも言え! 頭を使うのも力のひとつなんだよ!」
研究員を人質にとる兵士は、フィリアの怒声に対して勝ち誇ったような顔でそう声を上げるなり「ココ」と逆手で自らのこめかみ部分を軽く小突いた。確かにそうだけど、そうなんだけど。敵にそう言われるとメチャクチャ腹立つな。
そうこうしてるうちに、連中はオレとヴァージャを包囲するように周囲に展開した。欲に目が眩んでいてもメチャクチャに入り乱れたりしないところはさすが軍隊、クランとは明らかに違う部分だ。
「ヘヘッ、こんなところでグレイスを見つけるとは俺たちは運がいい。そのグレイスとグリモア博士を連れていけば俺たちだって精鋭入りができるぞ! おおっと、動くなよ、そのままだ! 人質がどうなってもいいなら好きに動いても構わないけどなぁ!」
グリモア……博士? 多分、そのグリモア博士っていうのがオレたちが探してる人だと思うけど、この口振りだと帝国兵もその人を探しにきたってわけか。それも、あまりよろしくなさそうな理由で。
でも、この状況をどう切り抜けるべきか。エアガイツ研究所の連中はオレたちにとって「味方」とは言えないけど、敵っていうよりはあくまでも中立のような位置づけだ。できることなら無用な争いも犠牲も避けたい。だからヴァージャも人質をとられたことで攻撃しないん……だろう、し……?
あれこれと考えるオレの思考は、人質をとる兵士の真後ろに気を取られて完全に止まってしまった。
ぐにゃりと空間が歪んだように見えた次の瞬間、どこからともなく人――らしき何かが現れた。青々とした森にはあまり似つかわしくない、目も覚めるような赤く長い髪をした人だった。
「――こんなに大勢がデートの申し込みに来るなんて、僕も有名になったものだね」
そうして、目を細めてにっこりと笑いながらそんなことを言うものだから、つい今し方まで人質をとって勝ち誇っていた兵士はひっくり返りそうな勢いで真後ろを振り返る。でも、それはあまりにも遅かった。体勢を立て直すよりも先に横っ面を思いきりビンタされて、兵士の身は呆気なく地面の上に投げ出された。人質にされていた人や、周りの研究員たちは驚いたような顔をしてたけど、すぐにその表情を安堵に綻ばせる。
「グ、グリモア博士!」
どうやら、あの赤毛がグリモアって人らしい。長い髪と中性的な顔立ちのせいで性別に悩むけど「僕」って言ってたし、たぶん男だろう。
赤毛――グリモア博士はこちらに視線を投げるなり、改めて目を細めてにっこり笑った。形のいい口唇が静かに動く。
人質はいなくなったから、どうぞ、って。
「ぐわあぁッ!?」
それを確認した直後、ヴァージャの身を中心に周囲には波紋の如く強烈な衝撃波が発生した。オレたちを包囲していた帝国兵たちは抵抗どころか身構える間もなく、悲痛な声を上げて吹き飛ばされ、木々に身体を強打して崩れ落ちていく。
相変わらず反則級の力だけど、その時にちょっとだけ見えたヴァージャの横顔が普段からは想像もできないくらい険しかったのが気になった。その目は帝国兵ではなく――グリモア博士に向けられていたから。
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