125 / 172
第十章:エアガイツ研究所の天才博士
人の手で造られたもの
しおりを挟む一息に間合いを詰めた諜報員たちは事前に示し合わせていたらしく、躊躇いも見せないまま集団でグリモア博士に飛びかかる。両腕、両足、それに胴体。動きの全てを封じようというのか、五人がかりで抱き着くことで博士の身を押さえつけてしまった。
「ちょっと、そんなに熱烈な抱擁を受けてもきみたち相手じゃまったく嬉しくないんだけど」
「ハハッ、この状況で随分と余裕じゃないか。さあて、博士。嫌とは言わせませんよ、アンタが持つ“永遠の命”の技法、我々帝国のために役立てて頂きましょうか」
「永遠の、命……!?」
「なぁんだよ、リーヴェ。お前、何も知らないでこの人に接触したのか? このグリモア博士は、生き物に無限とも言える時間を与える技法の持ち主だ。陛下は今現在のお力を保ったまま王者として永遠に君臨なさるため、その技法を必要としておられるんだよ」
高らかに告げられたその言葉に、思わず背筋がゾッとするのを感じた。
……王者として永遠に君臨するために、永遠の命が必要? それって、これ以上ないほどにロクでもないことなんじゃないだろうか。こいつらは、その永遠の命を手に入れるためにグリモア博士を仲間に引き入れたいってんだな。こうやって強引な方法に出てまで。
リュゼは博士が動けずにいるのをちらと横目で見遣ってから、今度はオレに向き直った。逃げ……なきゃいけないんだろうけど、だからって博士を置いていくわけにもいかないし、オレの足で逃げ切れるとも思えない。
あれこれ考えてるうちにリュゼが思いきり手を伸ばしてきたものの――その手は、オレに触れるよりも前に何かに弾かれたようだった。バチッと火花が散り、リュゼが咄嗟に手を引っ込める。
「な、なにッ!?」
「あ……」
よくよく目を凝らしてみないと見えないけど、結界らしきものが張られているようだった。……もしかして、さっき博士がオレの頭を撫でた時に……。
慌てたように博士の方を改めて見てみると、ちょうど両腕を大きく振り上げるところだった。グリモア博士は両腕を押さえるようにしがみつく二人の諜報員を、それぞれ片腕で簡単に持ち上げてしまうと勢いをつけて腕を振り回すことで難なく拘束を解いた。ほとんど筋肉がついてるようにも見えないその腕と身体のいったいどこにそんな力があるのか、思わず我が目を疑ってしまう。
それには諜報員たちはもちろん、当のリュゼも驚いたらしく、片手を押さえながら大仰に後退る。
「ははは、永遠に君臨するために協力しろって? さすが、力ばかり追い求めた人は脳が劣化してよろしくない、人のためにならない者が長々とのさばるのは迷惑極まりないことだ。丁重にお断りさせてもらうよ」
「どう、なってやがる……!? 大人しくしてりゃ怪我ァしないで済んだってのに、馬鹿なお人だ!」
「本当の馬鹿っていうのは、自分の愚かさに気づけない者のことを言うんだよ。きみみたいな、ね」
リュゼは舌を打って後方に飛び退るなり、宙に大きな魔法円を出現させた。淡く光るそれからは、長い尾を持つトカゲみたいな巨大な生き物がのっそりと出てくる。人間のように二足歩行をするらしいその生き物は右手に湾曲した剣、逆手に鉄製の盾を持っていた。頭部から胴体部分まで鉄製の鎧で覆われていて、一見魔物にも見える出で立ちだ。
けど、それを見てもグリモア博士は怯まなかった。怯むどころか、ゆるりと目を細めてにっこり笑う始末。
「こんな街中でそんな生き物を召喚したら、見逃してもらえないってわからないのかなぁ、ちょっと考えればわかると思うんだけど。どうなっても僕は知らないからね」
「……え?」
呆れたようにため息交じりに呟く博士の言葉の意味が、よくわからなかった。そっとリュゼの方を見てみたところで、すぐに理解したけど。
考えてみれば、ここは商店街からは少し離れた場所だけど街の中だ。当然、こういう騒ぎになったら街の人たちが集まってくる。現に、こうしている間にも野次馬よろしく集まってきていた。そして、そんなに多くの街人たちがいる場所で見るからにヤバそうな生き物を召喚する危険な男を、人を守る神さまが――ヴァージャが見逃してくれるわけがなくて。
リュゼの真後ろには、いつ現れたのかヴァージャが佇んでいた。いつもの無表情ながら、煌々と輝く黄金色の双眸に確かな敵意を乗せて。オレに遅れること一拍、それに気づいたリュゼは見るからに身を強張らせる。ヒュ、って息を呑む音が聞こえてくるようだった。記憶ももうバッチリ戻ってるみたいだし、ヴァージャが神さまってのもリュゼは当然知ってるわけだ。
「またお前か、怪我はもういいようだな」
「ヴァ、ヴァージャ、フィリアたちは? あんた、もしかしてついてきてたのか!?」
「当たり前だ、私を差し置いてデートだなどと……!」
慌てて声をかけると、思い切り睨まれた。超こわい。いや、オレだって申し訳ないなと思ったよ、思ったけど、仕方ないじゃん博士が言ったんだから。それにしても……神さまでも妬くんだな。
オレたちのそんなやり取りを後目に、リュゼはこれ幸いとばかりに強く地面を蹴って飛び出した。召喚されたトカゲっぽい生き物は、主人であるリュゼを追従する。行き先は――博士のところだった。
「へッ、どっちか片方でも構わねえ! お前ら、博士だけでもお連れするぞ!」
「――! ヴァージャ、博士が!」
博士が張った結界があるし、すぐ近くにはヴァージャもいるし、オレを捕まえるのは状況的に得策じゃないと判断したらしい。リュゼはデカいトカゲと共に駆けながら他の諜報員たちに指示を飛ばした。
博士を助けたくても、やっぱりオレじゃ何もできないわけで。咄嗟にヴァージャに助けを求めたけど、当のヴァージャはまったく動こうとしなかった。いや、何をのんびりしてんだよ、博士が連れていかれたらあいつら無理矢理にでも永遠の命を手に入れようとするんじゃ……。
焦るオレのそんな思考を止めたのは、猛然と駆けるリュゼと大トカゲが思い切り吹き飛ばされたことによる衝撃と光景だった。
いったい何が起きたのかまったくわからず、瞬きもできないままそちらを見遣ると、博士はただ片手の平を突き出して立っているだけ。それなのに、リュゼとトカゲは仰向けにひっくり返ったような状態で倒れていた。
「……心配しなくていい。グリモアは驚異的な力を持つ人造人間だ。どれだけ束になろうと、そう簡単に制圧できる男じゃない」
「じ、人造人間だって……?」
ってことは、さっきの「普通の人間に見える?」って質問は別にからかおうとしてたわけじゃないのか。どこからどう見ても普通の人間にしか見えないのに……マジ? 人造人間ってつまり、人の手で造られたってことだろ?
頭の中が疑問符で満たされるオレなんてよそに、博士は自分の足にしがみついたままの諜報員二人の襟首をそれぞれ片手で掴む。相貌にはいつものにこりとした笑みが浮かんではいるものの、目は決して笑ってなどいなかった。
0
あなたにおすすめの小説
異世界で8歳児になった僕は半獣さん達と仲良くスローライフを目ざします
み馬下諒
BL
志望校に合格した春、桜の樹の下で意識を失った主人公・斗馬 亮介(とうま りょうすけ)は、気がついたとき、異世界で8歳児の姿にもどっていた。
わけもわからず放心していると、いきなり巨大な黒蛇に襲われるが、水の精霊〈ミュオン・リヒテル・リノアース〉と、半獣属の大熊〈ハイロ〉があらわれて……!?
これは、異世界へ転移した8歳児が、しゃべる動物たちとスローライフ?を目ざす、ファンタジーBLです。
おとなサイド(半獣×精霊)のカプありにつき、R15にしておきました。
※ 造語、出産描写あり。前置き長め。第21話に登場人物紹介を載せました。
★お試し読みは第1部(第22〜27話あたり)がオススメです。物語の傾向がわかりやすいかと思います★
★第11回BL小説大賞エントリー作品★最終結果2773作品中/414位★応援ありがとうございました★
【WEB版】監視が厳しすぎた嫁入り生活から解放されました~冷徹無慈悲と呼ばれた隻眼の伯爵様と呪いの首輪~【BL・オメガバース】
古森きり
BL
【書籍化決定しました!】
詳細が決まりましたら改めてお知らせにあがります!
たくさんの閲覧、お気に入り、しおり、感想ありがとうございました!
アルファポリス様の規約に従い発売日にURL登録に変更、こちらは引き下げ削除させていただきます。
政略結婚で嫁いだ先は、女狂いの伯爵家。
男のΩである僕には一切興味を示さず、しかし不貞をさせまいと常に監視される生活。
自分ではどうすることもできない生活に疲れ果てて諦めた時、夫の不正が暴かれて失脚した。
行く当てがなくなった僕を保護してくれたのは、元夫が口を開けば罵っていた政敵ヘルムート・カウフマン。
冷徹無慈悲と呼び声高い彼だが、共に食事を摂ってくれたりやりたいことを応援してくれたり、決して冷たいだけの人ではなさそうで――。
カクヨムに書き溜め。
小説家になろう、アルファポリス、BLoveにそのうち掲載します。
【完結】テルの異世界転換紀?!転がり落ちたら世界が変わっていた。
カヨワイさつき
BL
小学生の頃両親が蒸発、その後親戚中をたらいまわしにされ住むところも失った田辺輝(たなべ てる)は毎日切り詰めた生活をしていた。複数のバイトしていたある日、コスプレ?した男と出会った。
異世界ファンタジー、そしてちょっぴりすれ違いの恋愛。
ドワーフ族に助けられ家族として過ごす"テル"。本当の両親は……。
そして、コスプレと思っていた男性は……。
【完結済】虚な森の主と、世界から逃げた僕〜転生したら甘すぎる独占欲に囚われました〜
キノア9g
BL
「貴族の僕が異世界で出会ったのは、愛が重すぎる“森の主”でした。」
平凡なサラリーマンだった蓮は、気づけばひ弱で美しい貴族の青年として異世界に転生していた。しかし、待ち受けていたのは窮屈な貴族社会と、政略結婚という重すぎる現実。
そんな日常から逃げ出すように迷い込んだ「禁忌の森」で、蓮が出会ったのは──全てが虚ろで無感情な“森の主”ゼルフィードだった。
彼の周囲は生命を吸い尽くし、あらゆるものを枯らすという。だけど、蓮だけはなぜかゼルフィードの影響を受けない、唯一の存在。
「お前だけが、俺の世界に色をくれた」
蓮の存在が、ゼルフィードにとってかけがえのない「特異点」だと気づいた瞬間、無感情だった主の瞳に、激しいまでの独占欲と溺愛が宿る。
甘く、そしてどこまでも深い溺愛に包まれる、異世界ファンタジー
ワケありくんの愛され転生
鬼塚ベジータ
BL
彼は”勇敢な魂"として、彼が望むままに男同士の恋愛が当たり前の世界に転生させてもらえることになった。しかし彼が宿った体は、婚活をバリバリにしていた平凡なベータの伯爵家の次男。さらにお見合いの直前に転生してしまい、やけに顔のいい執事に連れられて3人の男(イケメン)と顔合わせをさせられた。見合いは辞退してイケメン同士の恋愛を拝もうと思っていたのだが、なぜかそれが上手くいかず……。
アルファ4人とオメガ1人に愛される、かなり変わった世界から来た彼のお話。
※オメガバース設定です。
十二年付き合った彼氏を人気清純派アイドルに盗られて絶望してたら、幼馴染のポンコツ御曹司に溺愛されたので、奴らを見返してやりたいと思います
塔原 槇
BL
会社員、兎山俊太郎(とやま しゅんたろう)はある日、「やっぱり女の子が好きだわ」と言われ別れを切り出される。彼氏の売れないバンドマン、熊井雄介(くまい ゆうすけ)は人気上昇中の清純派アイドル、桃澤久留美(ももざわ くるみ)と付き合うのだと言う。ショックの中で俊太郎が出社すると、幼馴染の有栖川麗音(ありすがわ れおん)が中途採用で入社してきて……?
ちっちゃな婚約者に婚約破棄されたので気が触れた振りをして近衛騎士に告白してみた
風
BL
第3王子の俺(5歳)を振ったのは同じく5歳の隣国のお姫様。
「だって、お義兄様の方がずっと素敵なんですもの!」
俺は彼女を応援しつつ、ここぞとばかりに片思いの相手、近衛騎士のナハトに告白するのだった……。
不幸体質っすけど、大好きなボス達とずっと一緒にいられるよう頑張るっす!
タッター
BL
ボスは悲しく一人閉じ込められていた俺を助け、たくさんの仲間達に出会わせてくれた俺の大切な人だ。
自分だけでなく、他者にまでその不幸を撒き散らすような体質を持つ厄病神な俺を、みんな側に置いてくれて仲間だと笑顔を向けてくれる。とても毎日が楽しい。ずっとずっとみんなと一緒にいたい。
――だから俺はそれ以上を求めない。不幸は幸せが好きだから。この幸せが崩れてしまわないためにも。
そうやって俺は今日も仲間達――家族達の、そして大好きなボスの役に立てるように――
「頑張るっす!! ……から置いてかないで下さいっす!! 寂しいっすよ!!」
「無理。邪魔」
「ガーン!」
とした日常の中で俺達は美少年君を助けた。
「……その子、生きてるっすか?」
「……ああ」
◆◆◆
溺愛攻め
×
明るいが不幸体質を持つが故に想いを受け入れることが怖く、役に立てなければ捨てられるかもと内心怯えている受け
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる