129 / 172
第十一章:城塞都市アインガング
問題は山積み
しおりを挟む
南の都ヴェステンから研究所に戻り、一泊させてもらった翌日。
つい先日通ったばかりの迷いの森を、今度はヴァールハイトに戻るために歩いていた。最初は警戒してたフィリアとエルも、博士の砕けた性格と言動に随分と感化されたらしい。僅か一晩で、それらの警戒はほとんど見られなくなっていた。
そんな中で道中の話題になったのは、サンセール団長とグリモア博士の関係についてだ。
「えっ、じゃあグリモア博士ってサンセール団長と面識があるわけじゃないのか?」
「ないよ。だから手紙の中を見るまでは誰かな、って不思議だったんだ。これでも記憶力はいい方だし、一度会ったらそうそう忘れないからね」
「呆れた……でも、サンセールさんらしいわね」
「ま、まあ、そうだな……けど、それじゃあ博士のことはどうやって……?」
手紙を出すくらいだから、オレはてっきり団長と博士は知り合いなんだとばかり思ってたけど、どうやら違うようだった。サクラが文字通り呆れ果てたとばかりにため息を洩らす。わかるわかる、オレもそうだよ。あの人は本当にメチャクチャなんだ。
そうなると、団長はどこで博士のことを聞いたんだろう。顔が広い人だから人伝に聞いたって可能性もあるけど。そんなオレの疑問に答えてくれたのは、先頭を歩いていたディーアだった。
「俺だよ、俺が隊長に提案したんだ。グリモア博士はヘルムバラドに技術提供をしてくれた人でさ。親父の代だったから俺は面識はないんだけど、こういう人がいるから協力を持ちかけてみるのはどうかって。頭が働く人なら参謀にはもってこいだと思ってな」
「えっ、ヘルムバラドに技術提供ですか? もしかしてアトラクションとか、ホテルのあのエレベーターって……」
「そうだよ、全部グリモア博士が造り出した技術さ。……まさか、その博士がこんなに若い人だとは思わなかったけど」
ヘルムバラドのあのアトラクションとかエレベーターとか、どうやって動いてるかまったくわからなかったもんな。いや、今でもわからないけどさ。グリモア博士が提供した技術って聞いたら、なんとなく納得した。
夢の国を大いに堪能してたフィリアとエルが少しばかり目を輝かせて博士を見遣る一方、それとは対照的におどろおどろしい雰囲気を醸し出すのはヴァージャだった。目は完全に据わっていて、いっそ憎悪さえ感じる。
「……そうか、あれの元凶はお前だったのか」
「やだなぁ、また神さまに嫌われちゃったじゃないか。余計なことまで言わなくていいんだよ」
普段よりもずっと低い、まさに地を這うような声は恐ろしいほどに迫力がある。グリモア博士はいつもと変わらずにこにこ笑ってるけど、博士の後ろを歩く数名の研究員なんて真っ青になってるくらいだ、かわいそうに。それくらいでやめてやれよ。
「ヴァージャ様、ヘルムバラドはあまりお楽しみ頂けなかったのかな……」
「色々なことを肯定的に捉えてくれる神さまだと思ったけど、ちょっと意外ねぇ……」
「……ヴァージャは乗り物酔い激しいから」
「「ああ~……」」
心配そうに呟くディーアと意外そうなサクラに一言で説明すると、どちらも納得したような声を洩らして頷いた。
* * *
サンセール団長から頼まれた一仕事を終えて、ヴァールハイトに戻ってきたオレたちがゆっくりできるようになったのはとっぷりと日が暮れてからのことだった。
それと言うのも、グリモア博士とその付き人数名を連れて戻ったまではよかったものの、つい最近入ったばかりの連中が異を唱え始めたからだ。『ゼルプスト』という名前のクランを筆頭に、新入りたちはこれまでの間に抱いてきただろう不満点を挙げ始めた。
博士が本当に参謀として頼りになる人なのかどうか。もしそうなら、女子供ばかりのクランにそんな重要な役割を与えたのは納得がいかない。
ヴァージャが神さまというのは本当なのか否か、証拠がほしい。
無能に力があるのはわかったけど、だからと言って戦えもしないのに自分たちと同等の扱いはおかしいし、力のあるクランが無名のクランと同じ扱いなのもおかしい、差をつけるべきだ。
……などなど、今更? って思うようなことばかり並べ立ててきやがった。なんで最初に言わなかったんだよ。
「じゃあ、ヴァージャ……あんたのことだから大丈夫だとは思うけど、気をつけろよ。あと、逆にやり過ぎないように」
「問題ない、少し遊ぶだけだ」
そんなわけで、ヴァージャは異を唱えてきた『ゼルプスト』や他にも疑念を抱いているいくつかのクランを相手にすることになった。神さまの証明が戦うことってのは少しばかり疑問だけど、この世界は力があってこその地位だからな。実に単純明快だ。
戦って勝つことでヴァージャが神さまだって認めてくれるなら、取り敢えずその部分は問題ないだろう。無能や無名のクランが同等の扱いなのは納得いかないって不満は、多分サンセール団長とディーアがうまくやってくれる。残る問題は――
「お前はもう休むのか?」
「……いや、博士の方を見てくるよ。色々言われてたし、どういう手で帝国を攻めるのかも気になるしさ」
「そうか、終わったら私も行こう」
フィリアたちはもう部屋に戻って休んでるし、できることならオレもそうしたいんだけど……このまま部屋に戻っても眠れる気がしないんだよなぁ。
グリモア博士が参謀として頼りになるのか、っていう疑念の一番の原因は多分あの見た目だ。見た目年齢はオレとそうそう変わらない。そんな若いやつが参謀で大丈夫なのかって思われてるんだろう。中には、単純に気に入らないってのもいるかもしれないけど。
まさか「人造人間だから実年齢不詳です」なんて言えないし、人様の秘密を勝手にベラベラ喋るなんて絶対に嫌だし、そうなると博士の本気を見せてもらうしかないわけで。現段階でどういう策を考えてるのかが気になる。
ヴァールハイトの最下層に設置された――所謂「訓練所」に入っていくヴァージャを見送ってから、二階にある居住エリアに足を向けた。
つい先日通ったばかりの迷いの森を、今度はヴァールハイトに戻るために歩いていた。最初は警戒してたフィリアとエルも、博士の砕けた性格と言動に随分と感化されたらしい。僅か一晩で、それらの警戒はほとんど見られなくなっていた。
そんな中で道中の話題になったのは、サンセール団長とグリモア博士の関係についてだ。
「えっ、じゃあグリモア博士ってサンセール団長と面識があるわけじゃないのか?」
「ないよ。だから手紙の中を見るまでは誰かな、って不思議だったんだ。これでも記憶力はいい方だし、一度会ったらそうそう忘れないからね」
「呆れた……でも、サンセールさんらしいわね」
「ま、まあ、そうだな……けど、それじゃあ博士のことはどうやって……?」
手紙を出すくらいだから、オレはてっきり団長と博士は知り合いなんだとばかり思ってたけど、どうやら違うようだった。サクラが文字通り呆れ果てたとばかりにため息を洩らす。わかるわかる、オレもそうだよ。あの人は本当にメチャクチャなんだ。
そうなると、団長はどこで博士のことを聞いたんだろう。顔が広い人だから人伝に聞いたって可能性もあるけど。そんなオレの疑問に答えてくれたのは、先頭を歩いていたディーアだった。
「俺だよ、俺が隊長に提案したんだ。グリモア博士はヘルムバラドに技術提供をしてくれた人でさ。親父の代だったから俺は面識はないんだけど、こういう人がいるから協力を持ちかけてみるのはどうかって。頭が働く人なら参謀にはもってこいだと思ってな」
「えっ、ヘルムバラドに技術提供ですか? もしかしてアトラクションとか、ホテルのあのエレベーターって……」
「そうだよ、全部グリモア博士が造り出した技術さ。……まさか、その博士がこんなに若い人だとは思わなかったけど」
ヘルムバラドのあのアトラクションとかエレベーターとか、どうやって動いてるかまったくわからなかったもんな。いや、今でもわからないけどさ。グリモア博士が提供した技術って聞いたら、なんとなく納得した。
夢の国を大いに堪能してたフィリアとエルが少しばかり目を輝かせて博士を見遣る一方、それとは対照的におどろおどろしい雰囲気を醸し出すのはヴァージャだった。目は完全に据わっていて、いっそ憎悪さえ感じる。
「……そうか、あれの元凶はお前だったのか」
「やだなぁ、また神さまに嫌われちゃったじゃないか。余計なことまで言わなくていいんだよ」
普段よりもずっと低い、まさに地を這うような声は恐ろしいほどに迫力がある。グリモア博士はいつもと変わらずにこにこ笑ってるけど、博士の後ろを歩く数名の研究員なんて真っ青になってるくらいだ、かわいそうに。それくらいでやめてやれよ。
「ヴァージャ様、ヘルムバラドはあまりお楽しみ頂けなかったのかな……」
「色々なことを肯定的に捉えてくれる神さまだと思ったけど、ちょっと意外ねぇ……」
「……ヴァージャは乗り物酔い激しいから」
「「ああ~……」」
心配そうに呟くディーアと意外そうなサクラに一言で説明すると、どちらも納得したような声を洩らして頷いた。
* * *
サンセール団長から頼まれた一仕事を終えて、ヴァールハイトに戻ってきたオレたちがゆっくりできるようになったのはとっぷりと日が暮れてからのことだった。
それと言うのも、グリモア博士とその付き人数名を連れて戻ったまではよかったものの、つい最近入ったばかりの連中が異を唱え始めたからだ。『ゼルプスト』という名前のクランを筆頭に、新入りたちはこれまでの間に抱いてきただろう不満点を挙げ始めた。
博士が本当に参謀として頼りになる人なのかどうか。もしそうなら、女子供ばかりのクランにそんな重要な役割を与えたのは納得がいかない。
ヴァージャが神さまというのは本当なのか否か、証拠がほしい。
無能に力があるのはわかったけど、だからと言って戦えもしないのに自分たちと同等の扱いはおかしいし、力のあるクランが無名のクランと同じ扱いなのもおかしい、差をつけるべきだ。
……などなど、今更? って思うようなことばかり並べ立ててきやがった。なんで最初に言わなかったんだよ。
「じゃあ、ヴァージャ……あんたのことだから大丈夫だとは思うけど、気をつけろよ。あと、逆にやり過ぎないように」
「問題ない、少し遊ぶだけだ」
そんなわけで、ヴァージャは異を唱えてきた『ゼルプスト』や他にも疑念を抱いているいくつかのクランを相手にすることになった。神さまの証明が戦うことってのは少しばかり疑問だけど、この世界は力があってこその地位だからな。実に単純明快だ。
戦って勝つことでヴァージャが神さまだって認めてくれるなら、取り敢えずその部分は問題ないだろう。無能や無名のクランが同等の扱いなのは納得いかないって不満は、多分サンセール団長とディーアがうまくやってくれる。残る問題は――
「お前はもう休むのか?」
「……いや、博士の方を見てくるよ。色々言われてたし、どういう手で帝国を攻めるのかも気になるしさ」
「そうか、終わったら私も行こう」
フィリアたちはもう部屋に戻って休んでるし、できることならオレもそうしたいんだけど……このまま部屋に戻っても眠れる気がしないんだよなぁ。
グリモア博士が参謀として頼りになるのか、っていう疑念の一番の原因は多分あの見た目だ。見た目年齢はオレとそうそう変わらない。そんな若いやつが参謀で大丈夫なのかって思われてるんだろう。中には、単純に気に入らないってのもいるかもしれないけど。
まさか「人造人間だから実年齢不詳です」なんて言えないし、人様の秘密を勝手にベラベラ喋るなんて絶対に嫌だし、そうなると博士の本気を見せてもらうしかないわけで。現段階でどういう策を考えてるのかが気になる。
ヴァールハイトの最下層に設置された――所謂「訓練所」に入っていくヴァージャを見送ってから、二階にある居住エリアに足を向けた。
0
あなたにおすすめの小説
異世界で8歳児になった僕は半獣さん達と仲良くスローライフを目ざします
み馬下諒
BL
志望校に合格した春、桜の樹の下で意識を失った主人公・斗馬 亮介(とうま りょうすけ)は、気がついたとき、異世界で8歳児の姿にもどっていた。
わけもわからず放心していると、いきなり巨大な黒蛇に襲われるが、水の精霊〈ミュオン・リヒテル・リノアース〉と、半獣属の大熊〈ハイロ〉があらわれて……!?
これは、異世界へ転移した8歳児が、しゃべる動物たちとスローライフ?を目ざす、ファンタジーBLです。
おとなサイド(半獣×精霊)のカプありにつき、R15にしておきました。
※ 造語、出産描写あり。前置き長め。第21話に登場人物紹介を載せました。
★お試し読みは第1部(第22〜27話あたり)がオススメです。物語の傾向がわかりやすいかと思います★
★第11回BL小説大賞エントリー作品★最終結果2773作品中/414位★応援ありがとうございました★
【WEB版】監視が厳しすぎた嫁入り生活から解放されました~冷徹無慈悲と呼ばれた隻眼の伯爵様と呪いの首輪~【BL・オメガバース】
古森きり
BL
【書籍化決定しました!】
詳細が決まりましたら改めてお知らせにあがります!
たくさんの閲覧、お気に入り、しおり、感想ありがとうございました!
アルファポリス様の規約に従い発売日にURL登録に変更、こちらは引き下げ削除させていただきます。
政略結婚で嫁いだ先は、女狂いの伯爵家。
男のΩである僕には一切興味を示さず、しかし不貞をさせまいと常に監視される生活。
自分ではどうすることもできない生活に疲れ果てて諦めた時、夫の不正が暴かれて失脚した。
行く当てがなくなった僕を保護してくれたのは、元夫が口を開けば罵っていた政敵ヘルムート・カウフマン。
冷徹無慈悲と呼び声高い彼だが、共に食事を摂ってくれたりやりたいことを応援してくれたり、決して冷たいだけの人ではなさそうで――。
カクヨムに書き溜め。
小説家になろう、アルファポリス、BLoveにそのうち掲載します。
【完結】テルの異世界転換紀?!転がり落ちたら世界が変わっていた。
カヨワイさつき
BL
小学生の頃両親が蒸発、その後親戚中をたらいまわしにされ住むところも失った田辺輝(たなべ てる)は毎日切り詰めた生活をしていた。複数のバイトしていたある日、コスプレ?した男と出会った。
異世界ファンタジー、そしてちょっぴりすれ違いの恋愛。
ドワーフ族に助けられ家族として過ごす"テル"。本当の両親は……。
そして、コスプレと思っていた男性は……。
【完結済】虚な森の主と、世界から逃げた僕〜転生したら甘すぎる独占欲に囚われました〜
キノア9g
BL
「貴族の僕が異世界で出会ったのは、愛が重すぎる“森の主”でした。」
平凡なサラリーマンだった蓮は、気づけばひ弱で美しい貴族の青年として異世界に転生していた。しかし、待ち受けていたのは窮屈な貴族社会と、政略結婚という重すぎる現実。
そんな日常から逃げ出すように迷い込んだ「禁忌の森」で、蓮が出会ったのは──全てが虚ろで無感情な“森の主”ゼルフィードだった。
彼の周囲は生命を吸い尽くし、あらゆるものを枯らすという。だけど、蓮だけはなぜかゼルフィードの影響を受けない、唯一の存在。
「お前だけが、俺の世界に色をくれた」
蓮の存在が、ゼルフィードにとってかけがえのない「特異点」だと気づいた瞬間、無感情だった主の瞳に、激しいまでの独占欲と溺愛が宿る。
甘く、そしてどこまでも深い溺愛に包まれる、異世界ファンタジー
十二年付き合った彼氏を人気清純派アイドルに盗られて絶望してたら、幼馴染のポンコツ御曹司に溺愛されたので、奴らを見返してやりたいと思います
塔原 槇
BL
会社員、兎山俊太郎(とやま しゅんたろう)はある日、「やっぱり女の子が好きだわ」と言われ別れを切り出される。彼氏の売れないバンドマン、熊井雄介(くまい ゆうすけ)は人気上昇中の清純派アイドル、桃澤久留美(ももざわ くるみ)と付き合うのだと言う。ショックの中で俊太郎が出社すると、幼馴染の有栖川麗音(ありすがわ れおん)が中途採用で入社してきて……?
ちっちゃな婚約者に婚約破棄されたので気が触れた振りをして近衛騎士に告白してみた
風
BL
第3王子の俺(5歳)を振ったのは同じく5歳の隣国のお姫様。
「だって、お義兄様の方がずっと素敵なんですもの!」
俺は彼女を応援しつつ、ここぞとばかりに片思いの相手、近衛騎士のナハトに告白するのだった……。
不幸体質っすけど、大好きなボス達とずっと一緒にいられるよう頑張るっす!
タッター
BL
ボスは悲しく一人閉じ込められていた俺を助け、たくさんの仲間達に出会わせてくれた俺の大切な人だ。
自分だけでなく、他者にまでその不幸を撒き散らすような体質を持つ厄病神な俺を、みんな側に置いてくれて仲間だと笑顔を向けてくれる。とても毎日が楽しい。ずっとずっとみんなと一緒にいたい。
――だから俺はそれ以上を求めない。不幸は幸せが好きだから。この幸せが崩れてしまわないためにも。
そうやって俺は今日も仲間達――家族達の、そして大好きなボスの役に立てるように――
「頑張るっす!! ……から置いてかないで下さいっす!! 寂しいっすよ!!」
「無理。邪魔」
「ガーン!」
とした日常の中で俺達は美少年君を助けた。
「……その子、生きてるっすか?」
「……ああ」
◆◆◆
溺愛攻め
×
明るいが不幸体質を持つが故に想いを受け入れることが怖く、役に立てなければ捨てられるかもと内心怯えている受け
伯爵令息アルロの魔法学園生活
あさざきゆずき
BL
ハーフエルフのアルロは、人間とエルフの両方から嫌われている。だから、アルロは魔法学園へ入学しても孤独だった。そんなとき、口は悪いけれど妙に優しい優等生が現れた。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる