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第十一章:城塞都市アインガング
マックが残した傷痕
しおりを挟む文字通り慌てふためくロンプをなんとか宥めて、事情を聞くことほんの数分。彼女から聞かされた話は、オレの想像を遥かに超えるほどのひどいものだった。冗談だろ、って言いたくなるくらいの。
ロンプがいた家屋は、外から確認できたように他よりは大きな造りをしていて、一階だけでも部屋が四つほどある。厨房も多少は掃除がされているようで、清潔感こそないけど使えないってわけじゃなさそうだ。貯め置いてある水を汲んで居間――と呼んでいいかわからない広い部屋に戻ると、そこには呻く男たちの姿。全員ぐるぐるに縄で拘束されて床に転がっていた。言わずもがな、ロンプたちを襲おうとしていた暴漢たちだ。
「ヴァージャ、こいつらやっぱ帝国兵?」
「ああ、そのようだ。こういうものを持っていたぞ」
「なんだこれ、……へえ」
水を汲んだ桶を近くのテーブルに置いてからヴァージャが差し出してきたものを見てみると、それは名前入りの手帳のようだった。名前と所属が書かれているそれは、所謂“身分証明書”ってやつだろう。暴漢の数は六人、手帳型の身分証明書も六つあった。ほとんど抵抗の暇さえ与えられずヴァージャにコテンパンにのされた男たちは、自由にならない大柄な身を必死に捩ってがなり立てる。
「ちくしょう! 俺たちにこんなことしてタダで済むと思ってんのか!?」
「俺たちに楯突くってことは皇帝陛下に逆らうも同然だぞ! 陛下が黙っちゃいないぜ!」
こいつら、揃いも揃って同じようなことしか言えないのかよ。確かスターブルに押しかけてきた帝国兵もそんなこと言ってたよなぁ。……もしかして、皇帝って国では臣下をメチャクチャ大切にしてるんだろうか。だからこんなに支持されるのかな。
「この者たちはあらゆる事態を想定した上で北の大陸に放たれた隠密部隊のようだな。こちらの手を読んでいたわけではないのだろうが……どうする?」
「うーん……取り敢えず黙らせといて。あんまり騒がれると話もできないからさ」
「わかった」
ヴァージャが男たちに手を向けると、直後――糸が切れた人形のようにばったりと床に突っ伏して動かなくなってしまった。……ヴァージャがそう簡単に人間を殺すはずがないから生きてはいるんだろうけど、相変わらず反則だよなぁ、こいつの力は。
渡された身分証明書をヴァージャに返してから、一旦は置いた桶を持って今度は一番奥の部屋に足を向ける。そこは寝室として使われているようで、ロンプの仲間……つまり、他のウロボロスのメンバーたちが消沈した様子で座り込んでいた。寝台の傍に座っていたロンプはオレとヴァージャに気付くなり、今にも泣き出しそうな様子でぐっと下唇を噛み締めたようだった。
「……ヘクセの様子は?」
「まだ……熱が引かないの、薬を買おうにもお金がなくて……」
ロンプと言えば、これまでこちらを見下してくるばかりだったけど、今はそんな様子は微塵も見受けられない。襲ってくるような素振りもなく、完全に気力を失っているようだった。そのまま寝台の傍に寄ってみると、ボロボロの布団の中には目を閉じてぐったりと眠るヘクセの姿。薄く開かれた口からは苦しげな呼吸が洩れていて、どれだけ嫌いな相手でも見ていて痛々しい。
――ロンプから聞いた話はこうだ。
ウロボロスはあの後、このアンテリュールで身を休めることにしたそうだけど、サクラの言葉で疑念を抱いた彼女たちはマックにその疑問をぶつけてみたらしい。最終的に誰を選ぶつもりなのか、っていう疑問を。
すると、マックはあろうことかクランメンバーに手を上げ、自分に従わない者たちを次々に斬り捨てたという。ウロボロスのメンバーは女性ばかりで、その全員がつまりマックの女だ。自分の手を離れる女が間違っても幸せになんてなれないよう、ご丁寧に彼女たちの髪をズタズタに斬り、顔や身体に深い傷までつけて。ロンプの顔に貼ってあるガーゼは、マックにつけられた傷を隠していたものだ。
その話をロンプから聞いた時は、これは本当に現実なのかと思うくらい激しい眩暈を覚えた。ロンプもヘクセもウロボロスのメンバーは大体嫌いだけど、さすがにあんまりだ。ヴァージャが何も言わないところを見ると、彼女が嘘をついてるわけでもないんだろう。こればっかりは、今回ばっかりはこっちを騙そうとする嘘であってほしかった。
「……リーヴェ、どうするのだ?」
ヘクセの額に乗せられていたタオルを手に取ると、ほとんど乾いているようだった。看病をしなければと思いながらも、心身に負った傷が深すぎて誰も動けなかったんだろう。桶にタオルを浸して、冷たい水をしっかりと絞ってから改めて彼女の額に乗せる。少しだけ、苦しそうな呼吸が落ち着いたような気がした。
そんな中、ヴァージャから向けられた問いかけに意識するよりも先に顔が歪むのがわかった。
サクラは、今までオレを馬鹿にしたことがなかったから純粋に助けたいと思ったけど、ヘクセたちは別だ。今まで何度も戦って、何度も「無能」って馬鹿にされて、蔑まれてきた。そんな相手を……助けていいんだろうか。後悔、しないだろうか。
「……ヴァージャ、サクラを呼んできてくれ」
「ああ、構わないが……」
「取り敢えずさ、みんな身体拭いた方がいい。ヘクセもずっと寝たままみたいだし、このままじゃ身体にもよくない。……オレがやるわけにもいかないからさ」
オレは男で、ウロボロスの面々はみんな女性なんだ。消毒前にある程度は身体を綺麗にした方がいいと思うんだけど、男のオレがやるわけにもいかないし、こういう時は仲間内に女性がいることが有難い。治療するかどうかは……それから決める、どうしてもすぐには決められそうになかった。
辺りをぐるりと見回してみても、気落ちしているメンバーの中にティラやエルの姉ちゃんの姿はない。
あの二人は……それでもマックについていったのか。自分の仲間を、自分と同じ女をこんな目に遭わせるような男に。
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