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第十一章:城塞都市アインガング
マックについて
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ヘクセたちの治療を終えて二時間ほど。
ヴァージャはエルやディーアと共に娯楽街――もとい、これから歓楽街に姿を変える街に帝国兵がいないかを調査しに向かった。サクラとフィリアは、先ほどの家の中で元ウロボロスの面々の世話をしている。
オレは少しだけ清掃のされた家を出て、裏手にある荒れ果てた庭でぼんやりと空を見上げていた。夕方から増え始めた雲は、今日は月明りさえも覆い尽くしてしまうようだ。曇天は、ただでさえ廃屋まみれでわびしく感じる貧民街に、更にどんよりとした空気と雰囲気をもたらす。
その一方で、オレはついさっきの光景と現象が信じられずにいた。目の前で起きたことなのに、どこか夢を見ているかのような。
『……けど、もったいないなぁ、せっかくこういうものを持ってるならもっと活かさないと』
グリモア博士が言っていたことを思い出して、ちょっとした好奇心で錫の剣を使ってヘクセたちの治療をしたつもりだった。
すると、どうしたことか。いつものように傷の治療をしようと思った矢先、手に持った錫の剣に光が集束し、その光はそのまま辺りに広がりをみせた。そうして、その場に居合わせた面々の傷を一気に治してしまったんだ。その上、一度に癒えきらなかった傷は、ゆっくりと時間でも巻き戻しているかのように自然と塞がっていくし、マックに無惨に斬られた彼女たちの髪まで戻っていくものだから、初めて見るその現象に誰も何も言えなかった。
……グリモア博士が言ってたはずだ、オレが使う術はいずれも「効果が恒久的に続く」って。ということは、今回みたいに錫の剣を持って治癒術を使えば……オレが解除するまでその効果が消えることはないんだろう。例え新しく傷を負ったとしても、自然治癒力とはまったく違う速度で治っていくわけだ。ディーアを除く仲間たちにも使ったことはあるけど、あの時は錫の剣を使わなかったから、そこはどうなってるんだろうな。
「(怪我してもすぐ治っていくってまるでゾンビみたいじゃん、便利なのか不気味なのか……)」
どう思い返してみても、やっぱりさっきの光景が信じられなくて、オレの口からは何度目になるかさえわからないため息が洩れた。そんな矢先、不意に背中に声がかかる。聞き覚えはあるけど耳慣れない声が。
「……あなた、いったいどういうつもりですの?」
夜風に紛れて聞こえてきた声に振り返ると、そこにいたのはヘクセだった。傷が癒えたことで熱も随分と落ち着いたみたいだけど、本調子じゃないことはその顔色を見ればすぐわかる。今にも倒れてしまいそうだった。それなのに、彼女は表情を強張らせてジッとこちらを睨みつけてくる。その双眸は刃物のように鋭かった。
「どういうって……」
「我々に恩を売るおつもり? マックに捨てられたわたくしたちを見るのは、さぞ愉快でしょうね。手を差し伸べるのは、憐れんでいるからかしら?」
あれほどこちらを蔑んでばかりだった彼女は、今は群れからはぐれた獣のようだった。ヘクセのことは確かに嫌いだし、今ならこれまでの仕返しに文句くらいぶつけてやれるけど、わざわざ刺激するのも面倒くさい。オレは神さまでも何でもない、ただその力をちょっと借りれるってだけのごく普通の人間なんだ。憐れみで手を差し伸べるなんて神さまみたいな真似、誰がするかよ。
「別に、オレは自分のためにやっただけさ。どれだけ嫌いな連中でも、ここで見捨てたらこれからの人生の中できっといつか後悔するだろうと思った、だから治療した、それだけ」
思ったままを変に飾ることなく伝えると、ヘクセはそれ以上は何も言わずに改めてジッとこちらを見つめてくる。その言葉が本心からのものかどうか見極めようとするみたいに。オレは腹の探り合いだとか駆け引きだとか、そういうのは得意じゃない。言葉の裏に真意が隠れてるかもなんて、探る方が無駄だ。そんなものはあるわけないんだから。
けど、それはヘクセにも伝わったらしい。程なくして、彼女の顔からは余計な険が消えた。代わりにその口からは、そっと小さく安堵かため息かよくわからない息がひとつ洩れる。
「……今のわたくしたちの状況を見て、馬鹿にしようだとか思いませんの?」
「そんなことして何になるんだよ」
嫌いなやつのために敢えて時間と心を割くなんて、オレにしてみればもったいない。そんな無駄なことするくらいなら、自分の仲間のためにできることを探す方がずっと有意義だ。
オレのその返答に何を思ったのかはわからないけど、ヘクセはまたひとつ「ふう」と小さく息を吐き出すと、ゆっくりとした足取りで近付いてきた。そのまま脇をすり抜けて、住宅街と商店街とを隔てる川をぼんやりと眺める。
「……マックとティラは、まだあなたのこと諦めてませんわよ」
「お前は?」
「わたくしは……もうウロボロスではないもの。……悔しいけどサクラの言う通り、マックは初めからウロボロスの中から誰か一人を選ぶつもりなんてなかった……」
まあ、周りに自分を好きでいてくれる女の子がたくさんいるような状況で人の婚約者を寝取るようなやつだ。誰か一人を心から愛するなんて、マックには難しいのかもしれない。そうなると気になるのは、どうしてマックがああいう男になったのかっていう部分だ。生まれつきの性格なのかもしれないけど、あんな性格の男に今まで多くの女の子たちが付き添ってたのがオレには不思議でならない。普通は「いくら天才でもこういう男は無理」ってなる人もいるだろ。
そんなことを考えていると、こちらに背中を向けたまま昔を懐かしんでいたらしいヘクセが静かに口を開いた。
「……初めて会った頃は、ああいう人ではなかったのよ」
そう呟くヘクセの声は、微かに震えているようだった。
ヴァージャはエルやディーアと共に娯楽街――もとい、これから歓楽街に姿を変える街に帝国兵がいないかを調査しに向かった。サクラとフィリアは、先ほどの家の中で元ウロボロスの面々の世話をしている。
オレは少しだけ清掃のされた家を出て、裏手にある荒れ果てた庭でぼんやりと空を見上げていた。夕方から増え始めた雲は、今日は月明りさえも覆い尽くしてしまうようだ。曇天は、ただでさえ廃屋まみれでわびしく感じる貧民街に、更にどんよりとした空気と雰囲気をもたらす。
その一方で、オレはついさっきの光景と現象が信じられずにいた。目の前で起きたことなのに、どこか夢を見ているかのような。
『……けど、もったいないなぁ、せっかくこういうものを持ってるならもっと活かさないと』
グリモア博士が言っていたことを思い出して、ちょっとした好奇心で錫の剣を使ってヘクセたちの治療をしたつもりだった。
すると、どうしたことか。いつものように傷の治療をしようと思った矢先、手に持った錫の剣に光が集束し、その光はそのまま辺りに広がりをみせた。そうして、その場に居合わせた面々の傷を一気に治してしまったんだ。その上、一度に癒えきらなかった傷は、ゆっくりと時間でも巻き戻しているかのように自然と塞がっていくし、マックに無惨に斬られた彼女たちの髪まで戻っていくものだから、初めて見るその現象に誰も何も言えなかった。
……グリモア博士が言ってたはずだ、オレが使う術はいずれも「効果が恒久的に続く」って。ということは、今回みたいに錫の剣を持って治癒術を使えば……オレが解除するまでその効果が消えることはないんだろう。例え新しく傷を負ったとしても、自然治癒力とはまったく違う速度で治っていくわけだ。ディーアを除く仲間たちにも使ったことはあるけど、あの時は錫の剣を使わなかったから、そこはどうなってるんだろうな。
「(怪我してもすぐ治っていくってまるでゾンビみたいじゃん、便利なのか不気味なのか……)」
どう思い返してみても、やっぱりさっきの光景が信じられなくて、オレの口からは何度目になるかさえわからないため息が洩れた。そんな矢先、不意に背中に声がかかる。聞き覚えはあるけど耳慣れない声が。
「……あなた、いったいどういうつもりですの?」
夜風に紛れて聞こえてきた声に振り返ると、そこにいたのはヘクセだった。傷が癒えたことで熱も随分と落ち着いたみたいだけど、本調子じゃないことはその顔色を見ればすぐわかる。今にも倒れてしまいそうだった。それなのに、彼女は表情を強張らせてジッとこちらを睨みつけてくる。その双眸は刃物のように鋭かった。
「どういうって……」
「我々に恩を売るおつもり? マックに捨てられたわたくしたちを見るのは、さぞ愉快でしょうね。手を差し伸べるのは、憐れんでいるからかしら?」
あれほどこちらを蔑んでばかりだった彼女は、今は群れからはぐれた獣のようだった。ヘクセのことは確かに嫌いだし、今ならこれまでの仕返しに文句くらいぶつけてやれるけど、わざわざ刺激するのも面倒くさい。オレは神さまでも何でもない、ただその力をちょっと借りれるってだけのごく普通の人間なんだ。憐れみで手を差し伸べるなんて神さまみたいな真似、誰がするかよ。
「別に、オレは自分のためにやっただけさ。どれだけ嫌いな連中でも、ここで見捨てたらこれからの人生の中できっといつか後悔するだろうと思った、だから治療した、それだけ」
思ったままを変に飾ることなく伝えると、ヘクセはそれ以上は何も言わずに改めてジッとこちらを見つめてくる。その言葉が本心からのものかどうか見極めようとするみたいに。オレは腹の探り合いだとか駆け引きだとか、そういうのは得意じゃない。言葉の裏に真意が隠れてるかもなんて、探る方が無駄だ。そんなものはあるわけないんだから。
けど、それはヘクセにも伝わったらしい。程なくして、彼女の顔からは余計な険が消えた。代わりにその口からは、そっと小さく安堵かため息かよくわからない息がひとつ洩れる。
「……今のわたくしたちの状況を見て、馬鹿にしようだとか思いませんの?」
「そんなことして何になるんだよ」
嫌いなやつのために敢えて時間と心を割くなんて、オレにしてみればもったいない。そんな無駄なことするくらいなら、自分の仲間のためにできることを探す方がずっと有意義だ。
オレのその返答に何を思ったのかはわからないけど、ヘクセはまたひとつ「ふう」と小さく息を吐き出すと、ゆっくりとした足取りで近付いてきた。そのまま脇をすり抜けて、住宅街と商店街とを隔てる川をぼんやりと眺める。
「……マックとティラは、まだあなたのこと諦めてませんわよ」
「お前は?」
「わたくしは……もうウロボロスではないもの。……悔しいけどサクラの言う通り、マックは初めからウロボロスの中から誰か一人を選ぶつもりなんてなかった……」
まあ、周りに自分を好きでいてくれる女の子がたくさんいるような状況で人の婚約者を寝取るようなやつだ。誰か一人を心から愛するなんて、マックには難しいのかもしれない。そうなると気になるのは、どうしてマックがああいう男になったのかっていう部分だ。生まれつきの性格なのかもしれないけど、あんな性格の男に今まで多くの女の子たちが付き添ってたのがオレには不思議でならない。普通は「いくら天才でもこういう男は無理」ってなる人もいるだろ。
そんなことを考えていると、こちらに背中を向けたまま昔を懐かしんでいたらしいヘクセが静かに口を開いた。
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