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第十一章:城塞都市アインガング
これまでと違うこと
しおりを挟む突如現れたマックを見て、オレの意識と視線は咄嗟にヘクセとロンプに向いた。
けど、どちらもマックの姿を前に動揺している。心なしか、顔から血の気が引いているようにも見えた。どうやら、向こうの罠にかかった――というわけじゃないみたいだ。彼女たちも、マックがまだこの近くに潜んでるなんて思ってなかったんだろう。
当のマックは、そんな彼女たちを見て口角を引き上げながら笑った。
「ハッ、無能野郎と仲良しごっこたぁ、テメェらもそこまで落ちぶれやがったか」
「マ、マック、なんで……まだ、ここに……!?」
「いちゃ悪いかよ、えぇ?」
面と向かって対峙するマックは確かにマックなんだけど、なんとなく――本当になんとなく、今までのマックとは何かが違う気がした。それはヘクセとロンプの二人も感じ取っているようで、どちらの表情も極度の緊張に固まっている。頬を冷や汗が伝うほど。
上手く言えないけど、なぜだかマックから威圧感を感じる。ヘビに睨まれたカエルってのは、きっとこういう状態のことを言うんだろう。マックが一言喋るたびに空気が震えて振動が伝わってくるようだった。どうしたってんだ、マックはそりゃ天才だけど、今までこんな威圧感を受けることなんてなかったはずだ。
そんなオレの思考は、次の瞬間には強制的に止められてしまった。
「――がふ……ッ!?」
隣にいたロンプからか細い悲鳴のようなものが洩れた直後、彼女の小柄な身は大きく吹き飛ばされていた。何をされたのかさえわからないまま吹き飛ばされたロンプは、突然のことに満足に受け身さえ取れず、荒れた地面の上を何度も転がって止まった。激しく咳き込むことから、腹に重い一撃をもらったんだろうって予想はできるけど、……ま、まったく見えなかった。
すぐ間近まで迫ったマックは、その顔にギラギラとした闘志を乗せて笑っていた。ひどく楽しそうに。ただ笑っているだけなのに、異様なほどにゾッとする。背筋に冷たいものが走って、全身が粟立つようだった。
「くくくっ……おい無能野郎、グレイスってのはいいモンだなぁ……? こんなインチキしてやがったんだ、そりゃテメェの護衛は強いはずだぜ。だが、カラクリがわかっちまえばそうはいかねえ!」
「な……ッ、うぐっ!」
オレが何か言うよりも先に伸びてきたマックの手が、勢いよく喉に叩きつけられた。所謂“喉輪”ってやつだ。一瞬呼吸が止まって脳が激しく揺れたような錯覚に陥る。……最悪だ。じゃあ、この今まで感じたことのない威圧感は、グレイスの……。
こ、こんなやつ、グレイスを味方につけたってヴァージャに敵うもんか。ヴァージャとお前を一緒にするなってんだ!
「あん? なんだヘクセ、この俺様に刃向かうってのか? アァ?」
「……っ、その手を離して!」
オレの近くにいたヘクセは、宙にいくつもの魔法円を展開してマックに向けていた。彼女の周囲に浮かぶ魔法円は六つ――重傷を負っていたのをオレが治療したから、明らかに以前よりも力が増している。
「(……駄目だ……)」
――それでも、いくらヘクセの力がグレイスの強化能力で増していても、マックもそのグレイスの力で強化されてるなら天才と秀才の差はまったく埋まらない。彼女がマックを見てその顔に緊張を乗せていたのが確かな証拠だ、マックとヘクセの間にある力の差はあまりにもデカすぎる。
「きゃあッ!?」
次の瞬間、ヘクセの周囲に展開していた魔法円は初めて彼女がヴァージャと対峙した時のように派手に砕け散り、術者であるヘクセは吹き飛ばされた。マックはただ、逆手で拳を作り、それを正拳突きのように突き出しただけ。たった拳圧ひとつで魔法円を粉砕し、人一人を吹き飛ばすなんて普通じゃない。オレの首を掴んだままのマックの手を外そうとしても、ビクともしなかった。
「ハハハハハッ! これだこれだ、こういう力は俺様にこそ相応しいんだよ!」
「ふ、ざけ、やがって……っ!」
「ふざけてやがんのはテメェの方だ、散々手こずらせてくれやがってよぉ……」
その時、外の異変に気付いたのか、はたまたマックの高笑いが聞こえたのか、家の中からフィリアとサクラを先頭に元ウロボロスの面々が血相を変えて飛び出してきた。
「リーヴェさん!」
「――! フィリアちゃん! 駄目!」
真っ先にこちらを捉えたフィリアが慌てて駆け出そうとしたけど、彼女のその身はサクラが後ろから抱きかかえる形で止めた。直後、彼女たちの前方に無数の風の刃が叩きつけられる。もしあのままフィリアが駆け出していたら、今頃その小さな身は……斬り刻まれていたに違いない。考えたくもない。
「近寄らないで。大人しくしていた方がいいわよ、お嬢ちゃん」
「ティラ、あなた……!」
その風の刃を――風の魔術を放ったのは、近くに身を潜めていたティラだった。家の役割さえ果たしていないボロボロの廃屋から姿を見せた彼女は、いつでも魔術を放てるようにと自分の周りを複数の魔法円で固めながらその顔に笑みを滲ませる。サクラはその姿を見て、抱えたフィリアを自分の後ろに隠した。
「うふふ、ヘクセ、ロンプ。今まで目障りだと思っててごめんなさい、最後に役に立ってくれてありがとう。お陰でリーヴェを捕まえられたわ」
「な、なんですってぇ!? うぅッ……!」
次にティラはヘクセやロンプの方に顔だけを向けると、可愛らしくウィンクなんてしてみせながら形ばかりの謝罪を向けた。それに対して、早々にダメージから復帰したロンプが金切り声を上げたものの、その直後――ティラの周囲に浮遊する全ての魔法円から火炎弾が放たれた。
それらは貧民街の至るところに着弾し、あちこちから瞬く間に火の手が上がり始める。着弾の際に巻き起こった黒煙が視界を阻み、誰がどこにいるのかまったくわからなくなってしまった。
「ククッ、あのクソ女どもと呑気に話し込んでなけりゃあよかったなァ。まぁ、そのお陰でこっちは大助かりだったがよ。あとは――おネンネしてな!」
「(くそッ、こんな……ヴァージャ、貧民街を……フィリアたちを……!)」
……迂闊だった。ウロボロスに金がないなら、マックだって同じく金なんか持ってないわけだ。まだこの辺りに潜んでる可能性だって、充分考えられたはずなのに。
黒煙の向こうからいくつもの悲鳴が聞こえてくる。どうせ目的地は同じなんだ、今は何よりこの貧民街にいる人たちを――そう思ったところで、腹部にマックの拳が叩きつけられて、意識が遠退いていく。今はただ、フィリアたちや貧民街の人たちの無事を願うことしかできなかった。
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