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第十一章:城塞都市アインガング
敵陣での再会
しおりを挟むアインガングにあるスコレット家の屋敷に着いてから、三日が過ぎた。即日帝都に連れていかれるなんてことにならなくてホッとしたけど、たったの三日でオレはもうここでの生活が嫌になっていた。
皇帝の前に出ても恥ずかしくないようにと、コルネリアをはじめとした使用人たちが四六時中マナーだなんだと言ってくるんだ。寝る時までベッドの傍に座って鈍器かってくらい分厚いマナーの本を読み聞かせてくるものだから、三日目になるとオレもアフティもぐったりだった。
寝室はアフティとは別だけど、食事の時間だけは顔を合わせることができる。会話をする時間なんてほとんどないものの、この敵しかいないような屋敷の中でお互いの存在を視認できることは一種の心の支えだった。あてがわれた部屋自体は隣同士なんだけど、常に監視役が二人は張り付いてるから会話らしい会話だってできやしない。……大丈夫かな、心折れてないといいんだけど。
マナーマナーで満足に料理の味さえ覚えてない朝食を終えて部屋に戻ると、机の上にはいつの間に置かれたのか、分厚い本が五冊ほど鎮座していた。今日はこれを全部読めってか……暴力とか振るわれるよりはマシなのかもしれないけど、これはこれで精神的にクる。オレは元々そんな勉強家じゃないんだよ、この三日間ずっと本と睨めっこしてるせいで本を見るだけで頭痛がしてくる。
かと言って「嫌だ」なんて言ったらコルネリアを呼ばれてくどくどとお小言が始まるんだ、どっちも冗談じゃない。まだ文句言わない本の相手してる方がマシだろう。
オレが大人しく椅子に座ったのを見て、監視役の二人も何も言わずに部屋の出入口に控えた。常に見張られてるからまったく気が休まらない、非常に居心地が悪い。
窓から外に目を向けてみると、今日も空気の重そうな街並みが見える。
「(アインガングか……オレ、ここで育たなくてよかったな)」
あの後、コルネリアやそのお供に連れられてこの屋敷まで歩いてきたわけだけど、その決して長くはない道中でわかったのは、この都――いや、この国は全然楽しくなさそうな場所だってことだ。
帝国領にいる者たちは、その全員が天才か秀才だとは随分前に聞いた。フィリアはそのせいで両親から引き離され、着の身着のまま帝国を出るしかなかったわけだし。
けど、天才か秀才しかいないってことは、重視されるのは結果だ。いくら才能があっても全員が全員何もかも同じなわけじゃない、誰がどのくらい優秀かを数値化すれば一位と最下位がハッキリわかる。
道行く子供たちは、その誰もが小難しそうな本を持ち、子供らしくない表情をしていた。無邪気に笑ってる子供なんて一人もいなくて、まるで人形か何かみたいな。移動する時間さえ惜しいのか、歩きながらずっと本を読んでブツブツ言ってる様は不気味なものだった。
オレたちは「無能」って時点で期待されなかったけど、この国では多分ずっと競争なんだ。なまじ才能があるからこそ期待されるし、親だって張り合う、もちろん本人も。……この国の連中は、もしかしたら追い出された凡人や無能たちよりもずっと大変な人生を送ってるのかもしれない。オレだったら耐えられないや、常に他人と比較して競争しながら生きていかなきゃいけない人生なんて。
「交代の時間だ」
適当に本をパラパラと捲っていると、部屋の出入り口からそんな声が聞こえてきた。それと同時に、それまでの監視役二人が部屋を出て行く音が聞こえる。
オレとアフティの見張りは三交代制らしく、朝食が終わって朝の八時になると昼番に代わる。八時から夕刻の五時で夜の番に代わり、夜中の何時かにまた朝の番に代わるらしい。夜中は寝てるから交代するところはまだ見たことないけど。
「(オレは一応スコレット家の人間ってことになってるけど、コルネリアはアフティのこともスコレット家が献上したグレイスって印象付けたいみたいだし、余程皇帝に気に入られたいんだろうな)」
――ということは、だ。
マナーをちゃんと覚えてないやつが皇帝の前に出れば、失礼にあたることをするかもしれない。皇帝に気に入られたいスコレット家にしてみれば冗談じゃないだろう。
つまり、一定の水準に達しない限りは皇帝の前には出せないってわけだ。できないフリしてりゃある程度は時間が稼げる。
「(だって何やらせても全然ダメな無能だし、こんなの覚えられるかってんだ。……だから捨てたんだろうに、今更虫がよすぎ――)」
内心で毒づいていると、不意に背後に気配を感じた。振り返ろうとしたところで後ろから口を塞がれて、思わず身体に力が入る。え、え……まさか監視役ってヴァージャみたいに人の頭の中とか覗けちゃうやつ……? ロクでもない企みがバレたのか……!?
「……シーッ、静かに。頼むから騒がないでくれよ、リーヴェ」
内緒話でもするように耳元で囁く声には、確かに聞き覚えがあった。口を押さえた手が静かに離れていくのに倣って振り返ると、青味の強い白銀の髪をしたイケメンの姿――
「よ、リーヴェ。悪い悪い、思ったよりも時間かかっちまった」
「ディ、ディーア……ッ!? な、なん――」
「騒ぐなって……!」
そこにいたのは、監視役の服を身に纏ったディーアだった。その後ろにはこの屋敷の侍女の服を着たマリーとハナの姿も見える。
なんでここに――そう言おうとした直後、慌てたディーアに改めて手で口を塞がれた。いや、うん、塞いでくれなかったら驚きすぎて叫んでたかもしれない。
「リーヴェ、大丈夫だった?」
「ひどいことされてない? もうちょっとの辛抱だからね」
そこへ、マリーとハナが心配そうに声をかけてくる。侍女の服に身を包んだ彼女たちは本当に可愛くて、ささくれ立っていた心が癒されていくようだった。味方――と呼べるのはここではアフティしかいないと思ってたから、友達の姿を目にした安心感は例えようもなくて、上手く言葉にならない。気を抜いたらうっかり泣いてしまいそうだった。
「詳しく説明してやりたいところなんだけど、あまり時間がなくてな。取り敢えず……マリー」
「うん、準備できてるよ。リーヴェ、これ飲んで」
そりゃ、ここは敵陣真っただ中だからのんびり話し込んでいられないのはよくわかる。八時から十二時まではこの部屋での勉強時間になってるみたいだけど、いつコルネリアや他の連中が見に来るかわからないんだ。
ディーアの言葉に反応したマリーは、カラカラと小気味好い音が鳴るカートを押してきた。その上には銀のトレイに乗ったひとつのカップが置いてある。中には琥珀色の紅茶……か何かが入っているようだった。
「これは?」
「九時になったら、グリモア博士がこの都の連中全員を眠らせることになってる。これは、眠らずに済む薬が入った紅茶さ」
ぜ、全員眠らせるって、どうやって……ヴァージャも規格外だけど、博士もとんでもないな。けど、眠らせるってことは全面対決みたいなことにはなりそうにない。あの人、少しでも血を流さずに済む方法を選んでくれたみたいだ。
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