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第十一章:城塞都市アインガング
アインガング制圧作戦
しおりを挟む用意された紅茶を飲んでる最中に、ディーアは簡単にここまでの経緯を教えてくれた。隣の部屋にエルの姉ちゃんのアフティがいることを伝えると、どうやらそっちにはサクラとベイリーが行っているらしい。抜かりはなさそうだ。
あの後、貧民街の方で火の手が上がっているのを見てディーアたちは慌てて引き返したらしく、そのお陰で迅速な救助活動にあたれたとか。貧民街で怪我をした人は特にいなかったとのこと。ほんとよかった。
それから一旦ヴァールハイトに戻って状況を把握した後、アインガング攻略の作戦に動き始めたわけだ。驚いたのは、絶対に現実的じゃないと思ったあの岩山に二部隊を置いたという説明だった。
「あ、あのゴツゴツした岩山……だ、誰か登ってんの?」
「おいおい、お前さん自分の相棒を忘れてないか? こっちにはヴァージャ様がいるんだ、一部隊はヴァージャ様が転移の術で連れて行って下さったよ。エルとフィリアも一緒」
……ああ、ヴァージャなら一部隊くらい連れてポーンと好きなところに転移するとか朝飯前だろうな、ヴァージャだし、できないことなさそうだし。フィリアとエルのお子様ふたりはヴァージャと一緒か、それなら何も心配はなさそうだ。
「もう片方の部隊がグリモア博士だよ、アインガングを見下ろせる場所にいるはずだけど……」
「初めてグリモア博士に会った時のこと、覚えてるか? あの人、どこからともなくいきなり現れただろ。詳しいことはわからないけど、博士も何かしらの転移術を使えるみたいなんだ」
ディーアの言葉に、あの迷いの森でのことが脳裏に思い起こされた。……確かに、あの人どこからか突然現れたんだよな。こっちはそのお陰で助かったからいいんだけどさ。そうか、必死の想いであの岩山を登ったわけじゃないなら……よかった。そのせいで遭難者が出たとか、誰かが怪我したとかになったら申し訳ないじゃ済まない。
「……あのさ、……来てくれて、ありがとな」
……元々アインガングには来なきゃいけなかったんだけどさ、それでもこうやって危険を冒してまで助けに来てくれたんだって思うと……こう、言葉が出てこないよなぁ。
ディーアたちに素直に礼を向けると、三人とも照れたように笑った。
「友達連れて行かれた俺たちが三日間も黙ってジッとしてるわけないだろ。早いとこ戻って、ヴァージャ様に元気な姿を見せてやってくれよ、大変だったんだからな」
「た、大変だった? 何が?」
「そうそう、ヴァージャ様がね、単身で帝国に乗り込むって言って聞かなかったんだから。ディーアとエルが必死になって止めて、最後はフィリアが泣いたところで冷静になられたのよ」
「そ、そう……」
あの……ヴァージャが? 嬉しいやら申し訳ないやら……もう周りが神さまの存在を身近に感じてるから力が弱るなんてことはないだろうけど、そうだな……オレも早く会いたいや。
「そろそろ時間だよ、ちゃんと上手くいきますように……」
近くの棚に置いてあったアンティーク調の時計の長い針がてっぺんを指すと、ハナが不安そうに呟く。眠らせるって一言で言っても、いったいどうやって……。
本当にこの都の連中が眠るのかどうか確かめたくて窓辺に寄ったところで、不可思議なものを目にした。石造りの灰色の地面に、覚えのない線のようなものが走っている。白っぽいけど、輪郭はほんのりと紫色をしたそれが何の線なのかはわからない、あんなのあったっけ……?
ディーアたちもその方法は詳しく聞いてないのか、オレと同じように窓の外を見て緊張しているようだった。……そうだよな、そういう作戦だって聞いても実際に見てみないことには信用できないよな。
なんて半信半疑でいた直後――地面に現れた、何の線かもわからないそれが力強い光を放った。目を開けていられないほどの光は窓から強烈に射し込み、マリーやハナの口から「きゃっ」なんていうかわいい悲鳴が洩れる。
やがて光は止んだものの、何が起きたのかはこの場所からじゃさっぱりわからない。けど、改めて窓の外を見た時、オレはもちろんだけど、あのディーアも絶句していた。
――さっきまで辺りを歩いていた通行人たちは、その誰もが地面に倒れていたんだ。距離がありすぎて死んでるんじゃないかと思うほどだけど……え、大丈夫……だよな……?
「な、なんだ、あれは……!?」
「ディーア、どうしたの?」
「外だ、空を見てみろ!」
ディーアの方を見てみれば、窓を開けて身を乗り出し、空を仰いでいた。言われるまま同じように窓から空を見上げてみると、さっきまで快晴の空だったそこには――ほんのり紫色を帯びるバカデカい魔法円が、この都全体を包み込むように浮遊していた。
「あ、あれって魔法円? それにしては……大きすぎるよ!」
あ、もしかしてあの地面に見えた何の線かわからないやつ……そうか、上空と地上に同じように魔法円が展開してるんだ。ただデカすぎて、地面のやつは一部分しか見えないから何の線かわからなかっただけで。あの魔法円が出現した途端に通行人たちが倒れたってことは……これ、グリモア博士の仕業か。
考えることはディーアも同じだったようで、乗り出していた身を引っ込めると部屋の出入口に駆け寄った。扉に身を寄せて、外の様子を音と気配のみで窺っているようだった。
「……よし、じゃあ五分くらいしたらこの部屋を出て屋敷の正面出入り口に向かえ、駄目そうだったら裏口だ。とにかく寄り道しないで行くんだぞ」
「うん、わかったよ!」
「ディーアはどうするんだ?」
「俺とサクラさんは、寝てないやつがいるかもしれないから先に行く手筈になってるんだ、リーヴェたちはとにかく外に。屋敷の出入口にそれぞれ部隊が突入してくるはずだから、それと合流してくれ」
眠らせたところを一気に制圧するつもりか、まあ……余計な争いをしないためには、それが一番確実だな。その方法がなかなかないわけだけど、まったく心配なかったみたいだ。けど、そうなると心配なのは――ディーアが言う「寝てないやつ」の存在だ。
「ディーア」
「ん?」
「ここにいる連中、みんな選りすぐりの天才らしいんだ。だから……気をつけてな、オレにはこういうことしかできないけどさ」
あのマックが赤子のような扱いを受けたくらいだ、今までの連中とはまったくワケが違う。こうして屋敷に乗り込んだ以上、もし負けたらどんな目に遭わされるか。ただでさえディーアは難しい立場なのに。
傍に駆け寄って、ヴァージャに借りた本の内容を簡単に思い出してみる。覚えてるのなんて本当に簡単な防御法術くらいだけど、博士の言葉が本当ならそれなりに役立ってくれるはずだ。
錫の剣を腰裏から取り外してディーアの身に初歩的な法術をかけると、その身がぴくりと軽く跳ねたような気がした。そのまま、ディーアは自分の手の平を眺めながら小さく笑う。
「……ははっ、なるほど。こりゃあ皇帝がほしがるわけだ。サンキュ、俺なら大丈夫さ、パッと行ってパッと戻ってくるよ」
ディーアはいつものように軽い口調でそう告げると、先に部屋を出て行った。今は無事に、この作戦が上手くいくことを願うだけだ。
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