闘乱世界ユルヴィクス -最弱と最強神のまったり世直し旅!?-

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第十一章:城塞都市アインガング

嫌なやつと嫌なやつ

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 ディーアが出て行ってから約五分ほど、オレたちは言われた通り屋敷の出入り口に向かうことにした。もちろん、隣の部屋にいたアフティやベイリーも一緒に。サクラは、もう既にディーアと同じように屋敷の見回りに出た後らしく、その姿は見えなかった。

 オレもアフティもこの屋敷に三日はいたけど、出入り口からは遠ざけられてたせいで屋敷の構造は部分的にしか頭に入ってない。けど、マリーたちはここまでの道のりをちゃんと覚えているらしく、彼女たちを先頭に出口を目指してひた走った。

 廊下の至るところに侍女が倒れていて、小さく寝息を立てて気持ちよさそうに眠っている。まったく起きるような気配はない、すごい効き目だ。でも、遠くに争うような怒声や物音が聞こえてくるから、全員が全員眠ったわけじゃないんだろう。とにかく、屋敷の連中に見つかる前に脱出したいところだ。


「あ……っ!?」
「マリー? どうしたの?」
「こっちはダメ、下に見張りがいるわ……ちょっと遠回りになるけど、裏口の方に向かいましょ」


 オレたちの現在地は、このバカデカい屋敷の四階廊下。階下に続く階段は折返し階段になっていて、下にいる見張りがちょっとでも階段を見上げれば見つかっちまう。マリーは慌てて足を止めると、次に自分の身体を壁にするようにオレたちを止めた。音で気付かれないようにそっと後退しながら、マリーとハナが潜めた声量で互いに声をかけ合う。……こんな状況でも怯えて動けなくなる、なんてこともない彼女たちが実に頼もしい。オレは本当にいい友達を持ったもんだ。


「アフティ、大丈夫か?」
「え、ええ……大丈夫です。ちょっと寝不足だけど……」
「はは、もう少しの辛抱だ。外に出たらゆっくりぐっすり眠れるさ」


 近くの廊下に行き先を変えるマリーたちの後に続きながら、そっとアフティに声をかけた。彼女の顔色は普段よりも思わしくなくて、ついつい心配になる。そういえば……彼女は肺が悪いんだっけ。あまり走らせない方がいいかもしれない。かと言ってのんびりもできないけど。
 体調が思わしくないのか、はたまた別の理由があるのか。息が詰まってどうしようもないこの屋敷からもうすぐ出られるっていうのに、アフティはその表情を曇らせた。


「……私、どうしたら」
「ん?」
「この屋敷を出たあと、私……どうしたら、いいのかしら……帝都になんて行きたくない、マックさんは怖い、でもボルデの街に戻るのも……怖いの」


 どうやら、この後のことを考えていたらしい。オレは廊下の曲がり角から屋敷の連中が飛び出してくるんじゃないかってヒヤヒヤしてるところだ。もう出た後のことを考えられるなんて、前向きでいいと思うよ。
 まあ、今となっちゃ街に戻っても「無能」ってだけで危険と隣り合わせだろうしなぁ。


「エルがいるじゃないか、あいつならちゃんと守ってくれるさ。……それとも、まだ弟のこと憎いか?」
「……ううん。でも、エルにはずっと……ひどいことばかり言ってきたのに、今更……」
「……あいつが医者を目指してるのは、親に褒められたいからとかじゃなくて、姉ちゃんの身体を少しでも楽にしたいからだろ? 姉ちゃんのことどうでもいいって思ってるなら、旅の間だって真面目に勉強なんかしてないよ」


 エルは本当に真面目だし、優しいやつだ。ヴァージャに薬草の知識とか色々聞いてたことも知ってるし、オレが調子悪い時はいつも気遣ってくれた。船酔いに効く薬だって用意してくれたくらいだ。純粋に仲間が心配だから、ってのもあるだろうけど、その背景にはいつだって姉ちゃんの存在があったに違いない。

 けど、思ったままを伝えると、アフティは驚いたような顔をした。
 ……え、なにその反応。まさか、弟が医者を目指してる理由が自分だとは……露ほども思ってなかった感じ……?
 直後、アフティの顔は今度は泣きそうに歪んだ。そのまま泣くのを堪えるように下唇を噛み締めて、軽く顔を伏せる。オレは彼女の手を取って、進行方向に向き直った。


「ここから出たら、エルとちゃんと話すといいよ。お互いに心底嫌い合ってるわけじゃないなら、きっとまだ間に合うさ」


 それだけを告げると、アフティは逆手で自分の口元を覆いながら言葉もなく何度も頷いた。多分、何か言いたくても言葉にならなかったんだろう。微かに鼻をすする音が聞こえてきて、少しばかり居たたまれない。顔が同じだから、まるでエルをいじめて泣かせてるみたいだ。……これはきっと、悲しい意味の涙じゃないと思うけどさ。


 非常用の階段の方には幸いにも見張りらしい姿はなく、マリーとハナを先頭に極力音を立てずに階下に降りていく。中間を走るベイリーは、オレたちがはぐれていないか、頻りにこっちを振り返ってはその顔に安堵を乗せていた。ベイリーもオレやアフティと同じく無能なんだ、彼女だって捕まったら帝都送りになる。そんな危険なところに……こうやって来てくれたんだな。

 ヴァージャと一緒ならフィリアとエルは問題ないとして――ディーアやサクラは大丈夫だろうか、早くここを出てみんなの無事を確認したい。

 四階と三階は静かだったけど、二階では争うような物音が聞こえ、一階はその比じゃないくらいにあちこちから様々な音が聞こえてきた。怒声だったり、刃物と刃物がぶつかり合うような音だったり、何かが爆発するような轟音まで。ただ、どこかの入り口が開いているらしく、一階部分では他にはなかった風を感じられた。


「あれ! あそこが裏口よ!」


 先頭を走っていたマリーが指し示した先――通路の突き当たりには、両開きの大きな扉が見える。幸いにも、その周りに見張りや軍人らしき者の姿は見えなかった。あそこから外に出れれば――そう思った直後のこと。


「きゃあッ!? な、なに!?」


 不意に、真横の壁が轟音を立てて崩れた。近くにいたハナの身体は大きく吹き飛ばされ、その口からは小さく悲鳴が洩れる。彼女の華奢な身は反対側の壁に叩きつけられた。


「クックック……脱走しようだなんて、悪い子たちだねえぇ……だが、周りはザコばっかりとは、ようやく俺にもツキが回ってきたみたいだなぁ?」
「お前……ッ!」


 もくもくと上がる土煙の奥からは、聞き覚えのある声がひとつ。鼓膜に纏わりつくようなこの声は、ヴェステンでも聞いたあの男の声――程なくして姿を現わしたのは、諜報部隊に所属するリュゼだった。リュゼはニヤニヤと厭らしく笑いながら、オレたちを一度め回す。

 ……最悪だ。マリーとハナは凡人オルディ、オレを含め残りは無能。こっちには戦えるのなんていないのに。

 更に最悪だったのは、その後ろからまた別の聞きたくない声が聞こえてきたことだった。


「――ほう、可哀想なやつだ。そりゃただの勘違いだろうな」


 リュゼが空けた壁の大穴、その外から聞こえてきたのは――今度はマックの声だ。その声が聞こえるなり、オレの近くにいたアフティが可哀想なくらいに身体と表情を強張らせる。
 ……嫌なやつと嫌なやつが一気に出てくるとか、もう勘弁してほしい。
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