闘乱世界ユルヴィクス -最弱と最強神のまったり世直し旅!?-

mao

文字の大きさ
153 / 172
最終章:想いの力

皇妃ユーディット

しおりを挟む
 皇妃様から向けられる視線が痛い。オレには皇帝に対する気持ちなんてわずか一ミリもないけど、あの光景を見せられた彼女にしてみればそんなもんまったく関係ないだろう。いつの間にか不倫相手にされちまって、どうすりゃいいんだ。

 ゆっくりとこちらに歩いてくる彼女の気配に、知らず知らずのうちに顔が下を向いていく。非常に気まずい。服を破られた影響もあるんだけど、全身が冷えていくようだった。

 ……これ、怒られる前に謝った方がいいやつ?
 でも「そんな気はないんです」とか言ったら余計に嫌味ったらしく聞こえるかもしれない。憎い相手の言動はとにかく悪い方に受け取るもんなんだよ、人間ってのは。
 それに、相手はこの帝国の皇妃様だぞ。不倫相手な上に、半裸に近い格好って、もうとにかく無礼しかない状況では何を言っても聞いてもらえない気がする。


「あんた……」


 正面まで歩み寄ってきた彼女が静かに口を開く。どんな表情をしてるのか、恐ろしくて顔さえ上げられなかった。この国にいるってことは、彼女も凡人オルディ以上の人間なんだ、ちょっとでも余計なことを言ったらぶっ飛ばされるかもしれない。
 次の瞬間、両肩を強く掴まれて反射的に身が強張った。


「――すっごいじゃないか!」
「……え?」


 訪れるだろう衝撃に備えて固く目を伏せたのも束の間、予想に反して向けられたのは――なぜだか異様に嬉しそうな声だった。思わず顔を上げると、彼女はその顔に憤りではなく満面の笑みを乗せている。目なんて子供みたいにキラキラと輝いていた。とてもじゃないけど、夫の不倫を目の当たりにした妻の反応とは思えない。

 状況を上手く整理できないでいるオレをよそに、彼女は淑やかそうな印象を派手に裏切って高笑いなぞ上げ始めた。


「見たかい、今のあいつのあの顔! ああ気分がいいよ、最高だね!」
「……え、あの。怒ってるんじゃ……ないん、です、か?」
「怒る? あたしが?」
「だ、だって、皇帝って旦那さんじゃ……」


 なんだ、なんだよ、この反応は。仕種だけじゃなくて口調も皇妃様っぽくないぞ。もっとこう、厳粛な感じを想像してたのに、目の前にいる彼女はまるでどこかのおばちゃんみたいだ。いや、見た感じ年齢的にはオレとそんなに変わらないと思うけど。
 もっともな疑問を投げかけると、彼女は隠すでもなくものすごく嫌そうな顔をした。


「ふん、形だけのね。あたしが皇帝を好きになったことなんて、ほんの一瞬もないよ」


 吐き捨てるように呟かれた言葉には、様々な感情が籠っているようだった。……どうやら、ごく普通の夫婦……っていうわけじゃなくて、事情がありそうだ。


 * * *


「ごめんね、シファさん。こんな時間に呼び出しちまって」
「いいんですよ。はい、これ。頼まれたお洋服です」


 それから、皇妃様は自分付きの侍女を呼んで代わりの服を用意してくれた。服を持ってきてくれた侍女のお姉さん――たぶん三十代半ばくらいの人も、これまたかなりの美人だった。おっとりとした感じの可愛らしい雰囲気を纏っていて、思わずホッとする。名前はシファさんと言うらしい。
 皇妃様は服を受け取ると、寝台に腰掛けるオレの前まで持ってきてくれた。

 よかった、ほとんど半裸に近い状態のまま美女二人に囲まれるなんて、あまりにも居たたまれないからな。シファさんが丁寧に「お手伝いしましょうか?」なんて言ってくれたけど、さすがに恥ずかしいから遠慮させてもらった。
 替えの服も上質なシルクで作られていて、ちょっと気が引ける。こんないい素材の服なんて着たことないや。


「はい、これ。ごめんよ、あいつが破っちまって」
「あ、ああ、いえ……それで、さっきのその――」


 替えの服に着替えていきながら、ついさっき皇妃様に聞いた話を頭の中で反芻する。


 皇妃様――ユーディットは元々この帝国の出身だけど、生まれついての貴族だとかではなく、ごく普通の町娘だったらしい。それが、まじない師の言う「選ばれし女と結ばれれば優秀な子が産まれる」なんていう話を皇帝が信じてしまい、まじないによって選ばれたユーディットは、婚約者がいたにもかかわらず強引に皇帝の花嫁にされたそうだ。……かわいそうすぎる、そりゃ皇帝をほんの一瞬たりとも好きになれないのも当たり前だろう。

 皇妃様は隣に腰掛けると、疲れたように「ふう」とひとつため息を洩らした。


皇帝あいつはね、元からこの世界を征服するつもりでいたんだよ。それが、今回グレイスやカースの力を手に入れたことで余計に勢いがついちまった。何とか思い直すように訴えかけたんだけど、あの通りさ」
「じゃあ、さっき言い合ってたのは……オレてっきり夫婦間の問題かとばかり……」
「なに、あたしがヤキモチ妬いて言い合ってたと思ったのかい!? はははっ、想像力豊かだねぇ!」
「だ、だって、あの状況だし……」


 そういう事情を何も知らなかったわけだし……まあ、オレの思ったような感じじゃなくてよかったよ。皇妃様の事情を思うと単純に「よかった」とは言えないけどさ。
 皇妃様はひと頻り笑うと、静かに窓の方へと視線を投げる。その傍らではシファさんが心配そうな表情を浮かべていた。


「……ねえ、リーヴェ。反抗的な者を言いなりにするのに一番いい方法は何か、知ってるかい?」
「え?」
「この帝都に連れてこられたグレイスたちの中にもね、さっきのあんたみたいに皇帝に刃向かった子が何人もいたよ。……でも、みんな力でねじ伏せられて、抱き潰された」


 帝国に連れて行かれたグレイスの数が多かったのは聞いて知ってるけど、そのグレイス全員が皇帝に力を与える――好意を抱くっていうのは疑問だった。オレだったら無理矢理に連れて行かれたのに、その大将を好きになるなんて絶対にごめんだ。でも、彼女の話を聞いていると、なんとなくわかったような気がした。ここに連れてこられたグレイスたちは、きっと……。


「痛いことを我慢できる人間は、一定数存在する。でも……気持ちのいいことを我慢できる生き物はそうそういないんだよ」


 反抗的な者を言いなりにする方法の答えは、拷問だ。拷問は拷問でも、痛みじゃなく気持ちいい方の。彼女の言うように、生き物は気持ちいいことが大好きだ。オレだって、さっきの神竜の紋章ってのをヴァージャが勝手に刻んでおいてくれなかったらどうなってたか。今更ながらゾッとする。


「あんなケダモノのような男が世界を征服するだなんて、冗談じゃないんだ。リーヴェ、あんたセプテントリオンなんだろう? 再臨したっていう神さまのこと、知ってるんだよね? ……神さまなら、皇帝を何とかしてくれるかな?」


 弾かれたようにこちらを振り返った彼女は、今にも泣き出してしまいそうだった。
 ……皇妃様はきっと、グレイスやカースのことでずっと胸を痛めてきたんだろう。目の前で蹂躙される者たちを助けられなかったことを、悔やんでいるのかもしれない。


「……何とかしてくれるよ。神さまは――ヴァージャは、人間と友達になりたい神さまだから」


 ヴァージャが誰かに負ける姿なんて、やっぱり想像できない。オレがあいつを一番に信じなくてどうするんだ。ヴァージャなら、皇帝だってきっと倒せるはずだ。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

異世界で8歳児になった僕は半獣さん達と仲良くスローライフを目ざします

み馬下諒
BL
志望校に合格した春、桜の樹の下で意識を失った主人公・斗馬 亮介(とうま りょうすけ)は、気がついたとき、異世界で8歳児の姿にもどっていた。 わけもわからず放心していると、いきなり巨大な黒蛇に襲われるが、水の精霊〈ミュオン・リヒテル・リノアース〉と、半獣属の大熊〈ハイロ〉があらわれて……!? これは、異世界へ転移した8歳児が、しゃべる動物たちとスローライフ?を目ざす、ファンタジーBLです。 おとなサイド(半獣×精霊)のカプありにつき、R15にしておきました。 ※ 造語、出産描写あり。前置き長め。第21話に登場人物紹介を載せました。 ★お試し読みは第1部(第22〜27話あたり)がオススメです。物語の傾向がわかりやすいかと思います★ ★第11回BL小説大賞エントリー作品★最終結果2773作品中/414位★応援ありがとうございました★

【WEB版】監視が厳しすぎた嫁入り生活から解放されました~冷徹無慈悲と呼ばれた隻眼の伯爵様と呪いの首輪~【BL・オメガバース】

古森きり
BL
【書籍化決定しました!】 詳細が決まりましたら改めてお知らせにあがります! たくさんの閲覧、お気に入り、しおり、感想ありがとうございました! アルファポリス様の規約に従い発売日にURL登録に変更、こちらは引き下げ削除させていただきます。 政略結婚で嫁いだ先は、女狂いの伯爵家。 男のΩである僕には一切興味を示さず、しかし不貞をさせまいと常に監視される生活。 自分ではどうすることもできない生活に疲れ果てて諦めた時、夫の不正が暴かれて失脚した。 行く当てがなくなった僕を保護してくれたのは、元夫が口を開けば罵っていた政敵ヘルムート・カウフマン。 冷徹無慈悲と呼び声高い彼だが、共に食事を摂ってくれたりやりたいことを応援してくれたり、決して冷たいだけの人ではなさそうで――。 カクヨムに書き溜め。 小説家になろう、アルファポリス、BLoveにそのうち掲載します。

【完結】テルの異世界転換紀?!転がり落ちたら世界が変わっていた。

カヨワイさつき
BL
小学生の頃両親が蒸発、その後親戚中をたらいまわしにされ住むところも失った田辺輝(たなべ てる)は毎日切り詰めた生活をしていた。複数のバイトしていたある日、コスプレ?した男と出会った。 異世界ファンタジー、そしてちょっぴりすれ違いの恋愛。 ドワーフ族に助けられ家族として過ごす"テル"。本当の両親は……。 そして、コスプレと思っていた男性は……。

【完結済】虚な森の主と、世界から逃げた僕〜転生したら甘すぎる独占欲に囚われました〜

キノア9g
BL
「貴族の僕が異世界で出会ったのは、愛が重すぎる“森の主”でした。」 平凡なサラリーマンだった蓮は、気づけばひ弱で美しい貴族の青年として異世界に転生していた。しかし、待ち受けていたのは窮屈な貴族社会と、政略結婚という重すぎる現実。 そんな日常から逃げ出すように迷い込んだ「禁忌の森」で、蓮が出会ったのは──全てが虚ろで無感情な“森の主”ゼルフィードだった。 彼の周囲は生命を吸い尽くし、あらゆるものを枯らすという。だけど、蓮だけはなぜかゼルフィードの影響を受けない、唯一の存在。 「お前だけが、俺の世界に色をくれた」 蓮の存在が、ゼルフィードにとってかけがえのない「特異点」だと気づいた瞬間、無感情だった主の瞳に、激しいまでの独占欲と溺愛が宿る。 甘く、そしてどこまでも深い溺愛に包まれる、異世界ファンタジー

ワケありくんの愛され転生

鬼塚ベジータ
BL
彼は”勇敢な魂"として、彼が望むままに男同士の恋愛が当たり前の世界に転生させてもらえることになった。しかし彼が宿った体は、婚活をバリバリにしていた平凡なベータの伯爵家の次男。さらにお見合いの直前に転生してしまい、やけに顔のいい執事に連れられて3人の男(イケメン)と顔合わせをさせられた。見合いは辞退してイケメン同士の恋愛を拝もうと思っていたのだが、なぜかそれが上手くいかず……。 アルファ4人とオメガ1人に愛される、かなり変わった世界から来た彼のお話。 ※オメガバース設定です。

十二年付き合った彼氏を人気清純派アイドルに盗られて絶望してたら、幼馴染のポンコツ御曹司に溺愛されたので、奴らを見返してやりたいと思います

塔原 槇
BL
会社員、兎山俊太郎(とやま しゅんたろう)はある日、「やっぱり女の子が好きだわ」と言われ別れを切り出される。彼氏の売れないバンドマン、熊井雄介(くまい ゆうすけ)は人気上昇中の清純派アイドル、桃澤久留美(ももざわ くるみ)と付き合うのだと言う。ショックの中で俊太郎が出社すると、幼馴染の有栖川麗音(ありすがわ れおん)が中途採用で入社してきて……?

ちっちゃな婚約者に婚約破棄されたので気が触れた振りをして近衛騎士に告白してみた

BL
第3王子の俺(5歳)を振ったのは同じく5歳の隣国のお姫様。 「だって、お義兄様の方がずっと素敵なんですもの!」 俺は彼女を応援しつつ、ここぞとばかりに片思いの相手、近衛騎士のナハトに告白するのだった……。

不幸体質っすけど、大好きなボス達とずっと一緒にいられるよう頑張るっす!

タッター
BL
 ボスは悲しく一人閉じ込められていた俺を助け、たくさんの仲間達に出会わせてくれた俺の大切な人だ。 自分だけでなく、他者にまでその不幸を撒き散らすような体質を持つ厄病神な俺を、みんな側に置いてくれて仲間だと笑顔を向けてくれる。とても毎日が楽しい。ずっとずっとみんなと一緒にいたい。 ――だから俺はそれ以上を求めない。不幸は幸せが好きだから。この幸せが崩れてしまわないためにも。  そうやって俺は今日も仲間達――家族達の、そして大好きなボスの役に立てるように―― 「頑張るっす!! ……から置いてかないで下さいっす!! 寂しいっすよ!!」 「無理。邪魔」 「ガーン!」  とした日常の中で俺達は美少年君を助けた。 「……その子、生きてるっすか?」 「……ああ」 ◆◆◆ 溺愛攻め  × 明るいが不幸体質を持つが故に想いを受け入れることが怖く、役に立てなければ捨てられるかもと内心怯えている受け

処理中です...