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最終章:想いの力
閉ざされた扉の先は
しおりを挟む「あんたたち、さっさとそこを退きな」
「……ユーディット、俺たちは皇帝陛下直属の部下なんだよ。いくらお前の言葉でもそいつは聞けねぇ」
「なら、このあたしとやり合おうってんだね。いいよ、相手してやろうじゃないか」
リュゼはユーディットのことをまだ好きみたいだし、彼女が説得してくれれば――と思ったけど、そう簡単にはいかないみたいだ。リュゼを含めた諜報部隊はサッと素早く臨戦態勢をとり、各々武器に手を添える。こいつら、相手が皇妃だろうと何だろうとマジでやる気なのか。
「リーヴェ、助太刀は無用だからね」
「えっ、で、でも……五対一は……」
対峙する諜報部隊の数はリュゼを入れて五人。ユーディットは、その五人とたった一人で戦うというのだ。女性、それもこの国の皇妃様が。相手はクランの連中だとかそんなんじゃない、いくらなんでも一人じゃ……。
「そんなに心配しなくてもいいんだよ、リュゼのやつは今まで一度だってあたしに勝てたことないんだから。あんたは少しでも早くカースたちを助けてあげて、リーヴェなら助けられるんだろう?」
「ま、まあ、うん……多分」
「じゃあ、任せた」
ユーディットはそう一言告げるなり、向こうの出方を待つこともなく床を蹴って飛び出した。対するリュゼを先頭にした諜報部隊は示し合わせたように身構え、応戦する。ユーディットが固く右手の拳を握り、躊躇もなくその拳を叩きつけるとリュゼの身に届く前に透明な結界のようなものに阻まれた。どうやら、周りの諜報員が咄嗟に防壁を張ったらしい。
けど、その防壁には瞬く間に亀裂が走り、次の瞬間には粉々に砕け散ってしまった。複数が張り巡らせただろう防壁では、ユーディットの攻撃を完全に防ぐことはできないようだった。そのまま拳を叩きつけると、リュゼとその両脇にいた諜報員二人が衝撃波によって吹き飛ばされる。……あ、あんなに綺麗な顔してるのに、とんでもない皇妃様だな。
その間にユーディットたちの脇を通って、ブリュンヒルデと一緒に扉に近づいてみる。
見るからに頑丈そうな鉄製の扉だ、それもメチャクチャに分厚そうな。押しても引いてもビクともしない、当たり前だけど鍵がかかってるみたいだった。ブリュンヒルデに壊してもらうか、地道に鍵を探すか……前者の方がいいかな、こうしてる今もヴァージャたちは皇帝と戦ってるわけだし、少しでも早い方がいい。
『リーヴェ様!』
「え?」
その時、間近でブリュンヒルデが声を上げた。それと同時に威嚇するような「シャーッ!」て音? 声? まで聞こえてくる。慌てて振り返ってみると、当のブリュンヒルデが全身の毛を逆立てていた。ユーディットの相手をするのは不利と判断したのか、一人の諜報員がすぐ間近まで迫ってきていた。
「くッ! エディオ、その無能を捕まえろ! そいつを盾にすりゃあユーディットだって……!」
「まだそんな卑怯なことを考えるつもりかい! あんたには心底呆れたよ!」
リュゼが声を上げると、ユーディットがその顔面に一発強打を浴びせた。あれは痛い。彼女の周囲には残り三人ほどの諜報員がいるけど、攻め手を見つけられずにいるようだ。
ブリュンヒルデは迫る一人の諜報員――エディオというらしい相手を前に、頻りに威嚇を続けている。
でも、そんな時だった。間近まで迫った当のエディオは外套の中からスッと片手を突き出すなり、その手に握っているものを目線の高さまで引き上げる。それは――鉛色をした鍵だった。
「……え?」
「いやね、もう。エディオって誰のことよ。はい、リーヴェ、これがその扉の鍵よ」
「その声……」
エディオ――ってのも誰か知らないけど、すぐ傍まで近付いたそれは男ですらなかった。頭まですっぽりと覆う黒いフードの下から顔を出したのは、あのティラだった。その顔が見慣れた仲間のものではなかったことに、リュゼや他の諜報員は揃って声を上げる。
「こ、この女! お前、陛下のお力になりたいって言うから口利きしてやったのに!」
「あのくらいの演技で本当に騙されちゃったの? そういうところは案外かわいいのね、お陰で助かったからお礼だけは言っておくわ」
「テ、テメェ……!」
ティラがあれからどうなったのか気にはなってたけど、まさか帝国に寝返ったつもりで結局はフリだったわけか。まんまと騙されたらしいリュゼは、その顔を怒りに染め上げた。けど、こちらに飛びかかるのはユーディットが許してくれない、向こうは気にしなくても大丈夫そうだ。
「ティラ……なんで……」
「……あなたがお人好しなせいよ。今まであれだけひどいことされて、傷つくことだってたくさん言われたはずなのに、……それでも、わたしの心配なんてしちゃってさ」
……そりゃ、ひどい目には遭ったけど不幸になれなんて思ったことないし。いや、ちょっとはあるかもしれないけど。でも、ティラだってサクラたちと同じだ。マックなんてやめてもっと他にいい相手を探した方がとは、今は思う。
正直、普通だったらティラとあんな終わり方をした時点で生きる気力を失ってもおかしくない。それでも極限まで落ち込まずにいられたのは、やっぱりヴァージャがいてくれたからなんだ。
差し出されたままの鍵を受け取ると、ひやりと冷えた感触が伝わってくる。
「わたし、人を見る目がなかったわ。もったいないことしたわね。……さあ、急ぎましょう」
「……うん」
今のティラには、これまでのような敵愾心はまったく感じられなかった。……これ、信じていいんだよな。これで実は騙されてました、演技でしたなんてことになったら今度こそティラを心底嫌いになりそうだ。
受け取った鍵を扉にある鍵穴に差し込んで回してみると、思いのほか簡単に施錠が外れた。
この扉の先にどんな光景が広がってるかわからないせいで、異様に緊張する。ドアノブを握ってゆっくり引いてみると、鉄製の扉は重厚そうな音を立てて静かに開いた。それと同時に、開いた箇所から猛烈な勢いでドス黒い靄が溢れ始める。
「うわッ!?」
「な、なにこれ!?」
「こ、これ、ティラにも見えるのか!?」
『ち、力が濃くて重すぎるせいです! これは普通に肉眼で捉えられるレベルですよ!』
ほんのわずか先さえまったく見えないほどの漆黒だ、扉は手を離しても勝手に開け放たれ、憎悪の塊が意思を持つかのように大量に流れ出てきた。ブリュンヒルデが言うように、これは普通の人が肉眼で捉えられるレベルらしく、更に後方からはユーディットやリュゼの悲鳴も聞こえてくる。
部屋の中がどうなっているかさえ窺えない漆黒の闇を前に、意識するよりも先に本能が恐怖した。先に進んで中にいる連中を助けないととは思うのに、凍りついたみたいに身体がまったく動かない。人間は、その気になればこれほどのおぞましいものを腹の内に飼うことができちまうんだ。
そんなオレを奮い立たせてくれたのは、手にある錫の剣だった。錫の剣は深すぎる憎悪に晒されても輝きを失うことはなく、早くしろとでも言うようにオレの手の中で淡く光る。
「(……そうだ、早くしないとヴァージャが)」
……オレにしか頼めないって言ってたんだ、それなら相棒のその期待にはしっかり応えないとな。
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