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最終章:想いの力
帝国騎士団の副団長
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階段を駆け上がり地下から一階部分に出ると、その先ではちょうど戦闘が繰り広げられているようだった。さっきまでは人がほとんどいなかったそこには、今や大量の怪我人であふれている。セプテントリオンの面々もいれば、城の騎士や兵士たちも数えきれないくらいいた。ザッと見た感じ、どちらかと言えば……組織員よりも兵士と騎士の方が多い。
この帝都にいる優れた連中を手負いにできるくらいの腕の持ち主と言えば、限られてくる。剣と剣がぶつかり合う剣戟の音を頼りに一階の奥に向かうと、そこには案の定――サンセール団長がいた。
「――! まさか、嘘だろ……!?」
けど、どうしたことか、団長の身はボロボロだった。対峙する相手だって傷は負っているようだったけど、団長の方が怪我は重そうだ。全身に剣傷が刻まれ、ほとんど血まみれと表現するに相応しかった。
ブリュンヒルデとユーディットは、ほぼ同時にそちらに駆け出していく。
「オリバー副団長、やめなさい!」
「これは皇妃様、このようなところで何を? 皇妃たる貴女様には、皇帝陛下をお守りするという重要なお役目があるはずですが?」
ブリュンヒルデは相手――オリバーと呼ばれた男とサンセール団長との間に割って入り、団長を庇うように立ちはだかる。牙をむき出しに低く唸る様からは、とてもではないけど初めて見た時の子猫の姿が想像できない。
オレと博士は一拍ほど遅れて、団長の傍まで駆け寄った。遠目にもボロボロだったけど、近くで見ると思った以上に傷が深そうだ。大剣を支えに片膝をつく姿が痛々しい。
「団長、大丈夫か? ……信じらんねぇ、あのサンセール団長がこんなにズタボロになっちまうなんて……」
「おお、無事だったかリーヴェ。ワシとて無敵じゃないんだ、相手の方が強ければこうもなるさ」
そりゃそうだけど、サンセール団長は自分よりも上の才能を持つやつにだって今まで負けることがなかったから、スターブルでずっと見てきたオレにしてみればショックがデカい。多分、それはエレナさんたちウラノスとの連携や協力があったからなんだろうけど。
なんてことをウダウダ考えてる暇はないわけで、団長の肩辺りに手を翳していつものようにその傷の治療に専念することにした。……これだけの傷だ、治せば団長はまた強くなっちまうんだなぁ。でも、相手の男の後ろには数えるのも億劫になるくらいの数の騎士がいる、さすがにキツそうだ。
「……リーヴェ、だと……?」
団長の身に刻まれた傷を治療していく中、男が――オリバーが小さく呟いた。ブリュンヒルデのデカい身体に遮られて表情はよく見えないけど、怪訝そうな声色だった。
そこで、ユーディットは幾分か気まずそうな顔をしてオリバーとオレとを何度か交互に見遣る。
「……そう、そうだったわね、リーヴェはコルネリア・スコレットの……この男は帝国騎士団の副団長、……オリバー・スコレットよ」
「じゃあ、あの人がリーヴェのお父さん……?」
確認するように呟くグリモア博士の声が、すぐ近くで聞こえる。
オリバー……スコレット、……オレの……父親。あの男が。
それにはもちろん驚いたけど、次の瞬間オリバーの顔に不快の色が滲むのを見れば、急激に自分の内側が冷めていくのがわかった。
「帝都に入ったと聞いていたが、このようなところで何をしているのだ? 貴様の役目は陛下のお傍で陛下のお力になることであろう、だから欠陥品だというのだ」
「――! オリバー副団長、取り消しなさい!」
「その必要がおありか? 子は親の言うことをよく聞いてこそ優れた子と言えよう、陛下のお子を未だ身籠らぬ貴女にはご理解頂けぬだろうが」
オリバーの言葉を聞いてユーディットが真っ先に反論してくれたけど、あの野郎は皇妃たる彼女にまで無礼としか言いようがない言葉をぶつけやがった。上等だよ、そんな男が親父だなんて冗談じゃない。父親らしさを出してくれなくて逆に有難いね。
イライラしながら団長の治療をしていると、当の団長がそっと片手で制してきた。まだ完治していないにもかかわらず、剣を支えに静かに立ち上がる。その横顔は――声をかけるのも憚られるほどの形相だった。
「リーヴェ、ここはもうよい。お前は早くヴァージャ様たちのところへ」
「で、でも……」
「ワシはリーヴェがまだ小さい子供の頃からずっとその成長を見てきた、人のために心を割き尽力できる実に優しい子だ。……安心したよオリバー殿、お主がリーヴェとは似ても似つかぬ男でな」
「ふ……このオリバーを無能と一緒にされては困るのでな、その方が有り難い」
もう今更あの男に何を言われたってどうでもいいけど、さすがに数が多すぎる。まだ治療だって完全じゃないのに。まさか団長、死ぬ気なんじゃ……。
そんな不安が過ぎるのと、隣から刺すような力を感じるのはほとんど同時のことだった。反射的にそちらを見てみれば、グリモア博士が片手を突き出して立っている。――ただ、博士の全身から並々ならぬ力が洩れていて、それらが手の平に集束しているようだった。
「大丈夫だよ、リーヴェ。僕もここに残るから安心して行くといい。ただ、これを使うと僕はしばらく動けなくなるから、サンセールさんにはその間の介護をお願いしたいなぁ」
「ハッハッハ、介護ですか。もちろん構いませんとも」
団長は博士の言葉にいつものように豪胆に笑ってみせると、次にこちらに身体ごと向き直った。その厳つい顔はさっきのような形相じゃなくて、穏やかな笑みが滲んでいる。まるで――父親みたいな。
「リーヴェ、ワシはお前がグレイスという存在だと知った時、まったく不思議には思わんかった。お前は人の幸を我がことのように喜び、不幸を共に悲しむことができる子だ。人の心に寄り添えるお前だからこそ、相応しい力だと思ったくらいだよ」
「団長……」
「ふふ、お前はワシを負けなしだとか強いだとか思っているようだが、それはグレイスのお前さんが昔からずっとそう信じてくれたからなのだぞ。……だが、今その力が必要なのはワシではない。さあ、行け!」
……そっか、オレに昔からグレイスの力があったなら、スターブルにいる頃から団長にもその力が作用してたわけか。
けど、それもやっぱり団長のこういう人柄があってのものだ。もし団長がマックや皇帝みたいなやつだったら、間違っても力が作用するくらいの好意なんて抱いてなかったさ。
「リーヴェ、行きましょう! 上に行ける階段は向こうにもあるわ!」
「……ああ」
ユーディットの声に意識を引き戻すと、今一度サンセール団長とグリモア博士を見遣る。どちらも負ける気はないらしく、その顔には諦めの色なんて欠片ほども見えない。不安は尽きないけど、確かに団長の言う通りだ。こうしてる間にも上はどうなってるか。
ユーディットに手を引かれて、ブリュンヒルデと共に駆け出す。――直後、後方からは鼓膜を突き破りそうな爆音が響き渡り、城を大きく揺らした。
この帝都にいる優れた連中を手負いにできるくらいの腕の持ち主と言えば、限られてくる。剣と剣がぶつかり合う剣戟の音を頼りに一階の奥に向かうと、そこには案の定――サンセール団長がいた。
「――! まさか、嘘だろ……!?」
けど、どうしたことか、団長の身はボロボロだった。対峙する相手だって傷は負っているようだったけど、団長の方が怪我は重そうだ。全身に剣傷が刻まれ、ほとんど血まみれと表現するに相応しかった。
ブリュンヒルデとユーディットは、ほぼ同時にそちらに駆け出していく。
「オリバー副団長、やめなさい!」
「これは皇妃様、このようなところで何を? 皇妃たる貴女様には、皇帝陛下をお守りするという重要なお役目があるはずですが?」
ブリュンヒルデは相手――オリバーと呼ばれた男とサンセール団長との間に割って入り、団長を庇うように立ちはだかる。牙をむき出しに低く唸る様からは、とてもではないけど初めて見た時の子猫の姿が想像できない。
オレと博士は一拍ほど遅れて、団長の傍まで駆け寄った。遠目にもボロボロだったけど、近くで見ると思った以上に傷が深そうだ。大剣を支えに片膝をつく姿が痛々しい。
「団長、大丈夫か? ……信じらんねぇ、あのサンセール団長がこんなにズタボロになっちまうなんて……」
「おお、無事だったかリーヴェ。ワシとて無敵じゃないんだ、相手の方が強ければこうもなるさ」
そりゃそうだけど、サンセール団長は自分よりも上の才能を持つやつにだって今まで負けることがなかったから、スターブルでずっと見てきたオレにしてみればショックがデカい。多分、それはエレナさんたちウラノスとの連携や協力があったからなんだろうけど。
なんてことをウダウダ考えてる暇はないわけで、団長の肩辺りに手を翳していつものようにその傷の治療に専念することにした。……これだけの傷だ、治せば団長はまた強くなっちまうんだなぁ。でも、相手の男の後ろには数えるのも億劫になるくらいの数の騎士がいる、さすがにキツそうだ。
「……リーヴェ、だと……?」
団長の身に刻まれた傷を治療していく中、男が――オリバーが小さく呟いた。ブリュンヒルデのデカい身体に遮られて表情はよく見えないけど、怪訝そうな声色だった。
そこで、ユーディットは幾分か気まずそうな顔をしてオリバーとオレとを何度か交互に見遣る。
「……そう、そうだったわね、リーヴェはコルネリア・スコレットの……この男は帝国騎士団の副団長、……オリバー・スコレットよ」
「じゃあ、あの人がリーヴェのお父さん……?」
確認するように呟くグリモア博士の声が、すぐ近くで聞こえる。
オリバー……スコレット、……オレの……父親。あの男が。
それにはもちろん驚いたけど、次の瞬間オリバーの顔に不快の色が滲むのを見れば、急激に自分の内側が冷めていくのがわかった。
「帝都に入ったと聞いていたが、このようなところで何をしているのだ? 貴様の役目は陛下のお傍で陛下のお力になることであろう、だから欠陥品だというのだ」
「――! オリバー副団長、取り消しなさい!」
「その必要がおありか? 子は親の言うことをよく聞いてこそ優れた子と言えよう、陛下のお子を未だ身籠らぬ貴女にはご理解頂けぬだろうが」
オリバーの言葉を聞いてユーディットが真っ先に反論してくれたけど、あの野郎は皇妃たる彼女にまで無礼としか言いようがない言葉をぶつけやがった。上等だよ、そんな男が親父だなんて冗談じゃない。父親らしさを出してくれなくて逆に有難いね。
イライラしながら団長の治療をしていると、当の団長がそっと片手で制してきた。まだ完治していないにもかかわらず、剣を支えに静かに立ち上がる。その横顔は――声をかけるのも憚られるほどの形相だった。
「リーヴェ、ここはもうよい。お前は早くヴァージャ様たちのところへ」
「で、でも……」
「ワシはリーヴェがまだ小さい子供の頃からずっとその成長を見てきた、人のために心を割き尽力できる実に優しい子だ。……安心したよオリバー殿、お主がリーヴェとは似ても似つかぬ男でな」
「ふ……このオリバーを無能と一緒にされては困るのでな、その方が有り難い」
もう今更あの男に何を言われたってどうでもいいけど、さすがに数が多すぎる。まだ治療だって完全じゃないのに。まさか団長、死ぬ気なんじゃ……。
そんな不安が過ぎるのと、隣から刺すような力を感じるのはほとんど同時のことだった。反射的にそちらを見てみれば、グリモア博士が片手を突き出して立っている。――ただ、博士の全身から並々ならぬ力が洩れていて、それらが手の平に集束しているようだった。
「大丈夫だよ、リーヴェ。僕もここに残るから安心して行くといい。ただ、これを使うと僕はしばらく動けなくなるから、サンセールさんにはその間の介護をお願いしたいなぁ」
「ハッハッハ、介護ですか。もちろん構いませんとも」
団長は博士の言葉にいつものように豪胆に笑ってみせると、次にこちらに身体ごと向き直った。その厳つい顔はさっきのような形相じゃなくて、穏やかな笑みが滲んでいる。まるで――父親みたいな。
「リーヴェ、ワシはお前がグレイスという存在だと知った時、まったく不思議には思わんかった。お前は人の幸を我がことのように喜び、不幸を共に悲しむことができる子だ。人の心に寄り添えるお前だからこそ、相応しい力だと思ったくらいだよ」
「団長……」
「ふふ、お前はワシを負けなしだとか強いだとか思っているようだが、それはグレイスのお前さんが昔からずっとそう信じてくれたからなのだぞ。……だが、今その力が必要なのはワシではない。さあ、行け!」
……そっか、オレに昔からグレイスの力があったなら、スターブルにいる頃から団長にもその力が作用してたわけか。
けど、それもやっぱり団長のこういう人柄があってのものだ。もし団長がマックや皇帝みたいなやつだったら、間違っても力が作用するくらいの好意なんて抱いてなかったさ。
「リーヴェ、行きましょう! 上に行ける階段は向こうにもあるわ!」
「……ああ」
ユーディットの声に意識を引き戻すと、今一度サンセール団長とグリモア博士を見遣る。どちらも負ける気はないらしく、その顔には諦めの色なんて欠片ほども見えない。不安は尽きないけど、確かに団長の言う通りだ。こうしてる間にも上はどうなってるか。
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