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最終章:想いの力
神さまの本当の目的
しおりを挟む森羅万象から放たれたいくつもの光は、皇帝の元へと一直線に飛んだ。
鎖によって固定された状態ではさすがの皇帝も回避行動に出ることはできず、猛烈な速度で飛翔した光は見事に皇帝の身に叩きつけられた。
その一撃は皇帝の手にあった剣のドス黒いオーラを吹き飛ばし、美しい装飾のされたひと振りの剣へと変える。黒いものに包まれていた時はまったく見えなかったけど、その剣は実に綺麗な造りだったみたいだ。思わず息を呑んでしまいそうな。
リュゼにぶっ放した時は研究所の建物をメチャクチャに破壊したけど、今回はどうしたことか、辺りのものを破壊するなんてことはなく、皇帝の身も軽く吹き飛んだだけで傷らしい傷はついていないようだった。フィリアたちもオレと同じように不思議そうにしてるけど、ヴァージャは特に言葉もなく、静かに皇帝の元へと足を向ける。
傍らにいるブリュンヒルデを見遣ると、当のブリュンヒルデはなんとなく嬉しそうに頭を横に振るだけ。こいつには、ヴァージャが何を考えてるかわかるんだろう。眷属だし。
「う……ッ、今のは、いったい……貴様、何を……俺に何をした!?」
「……お前には、何が見えた?」
ヴァージャが目の前まで歩いてきたことに気づいた皇帝は、剣を床に突き立てて立ち上がろうとするが、向けられた問いかけには何を思ったのか、言葉もなく表情を歪めて歯噛みする。答えてたまるかとばかりに。
「……私には、遥か昔のことが見えた。まだ私が翠竜以外の呼び名を持っていなかった時代だ。当時の人間たちは小さな諍いこそ起こしても、すぐにまた手を取り合い、皆で協力し合って生きていた。人と人が協力し合いながら生きていく世界は平穏で、上下も差別も何もなかったものだ」
「……何が言いたい?」
「私はここに、奪われたものを取り返しにきたと同時に……お前に謝罪をしに来た」
ヴァージャのその思いがけない言葉に、皇帝は隠すでもなく怪訝そうな表情を滲ませた。そりゃそうだ、オレたちだってそんなの初耳だよ。ヴァージャが何を謝らなきゃいけないってんだ。
「謝罪……だと……?」
「お前だけでなく、この世界の者たちに……私は謝罪をせねばならない。力や才能に惑わされ、個人そのものを見れなくなった今の世の歪みは、私が神としての責務を放棄したことが原因だ」
そんなの……何度も人間たちに手の平を返されて、裏切られて、ひどいこともたくさん言われてきたからだろうに。全部ヴァージャが悪いわけじゃないのに、なんで全部背負おうとするんだ。
「力のない者はある者に蹂躙され、力を持つ者もまた様々な重圧に晒されて心身を摩耗させる。お前にも覚えがあるだろう。……戦いながら、お前の過去を少しばかり覗かせてもらった。今や恐れられる存在となった皇帝ガナドールも、母という存在がある時は……決して今のようではなかったな」
「――!」
「もう一度聞く、今の一撃を受けて……お前には何が見えた?」
戦いながら人様の頭の中覗いてたのかよ、そりゃ傷だらけにも……なるよな。けど、ヴァージャはそもそも皇帝を力でねじ伏せる気はなかったんだなぁ。いくらヴァージャでも皇帝に勝つのは難しいんじゃないかってあれこれ考えてたのが恥ずかしいくらいだ。
それにしても……母か。皇帝にも当然子供だった時期はあったわけで、成長過程で歪んじまったのかな。
改めて向けられたヴァージャの言葉に、皇帝は片手で自らの額の辺りを押さえて項垂れた。何やら葛藤してるように見えるけど、さっきまでの敵意も闘争心も……すっかり鳴りを潜めているようだった。
「……よく、覚えてはおらん。柔らかな、暖かな腕……あれは、確かに母の……母だけだった、俺が力や才能に拘らず、自由に生きても苦言を呈さなかったのは……」
「……」
「だが、その母が病に倒れると……父も周りの者たちも、俺に上を目指すよう強要してきたのだ。俺はそれらの煩わしいものを黙らせるために上を目指し、……こうして皇帝の座にまで上り詰めた。皇帝たる俺にとやかく言う者はそう多くない、いるとしたら……そこのユーディットくらいだ」
――皇帝は、凡人の父と秀才の母の間に生まれた天才らしい。父親や周囲の連中は天才である我が子に大いに期待したそうだけど、母親は逆に我が子にはやりたいと思うことを好きにやらせてあげたいと子供の意思を尊重したそうだ。
でも、その母親は皇帝が――ガナドールが八歳の頃に病に倒れて他界。それからは父を始めとする周囲の者たちに、強くなることばかりを強要されてきたらしい。言われるまま興味のない剣術と魔術、法術に召喚術など様々なものを学び、若くして先代の皇帝を下すことでガナドールは新しく皇帝になった。
そして喧しい父たちに復讐するつもりで、凡人と無能をこの帝国領から追放したのだという。フィリアは、それに巻き込まれたわけだ。
「……母が今の俺を見たら、悲しむのだろうな」
「お前にまだそう感じるだけの心があるなら、いくらでもやり直せる。私は、この歪んだ世界を正すために皇帝……いや、ガナドールよ、お前の力も借りたい」
オレたちは、力と才能が絶対的な存在である今の世界の在り方を変えたい。
そのために力で皇帝をねじ伏せる……ってなると、結局は力に頼ることになるわけで、デカい矛盾が生じる。だからヴァージャは皇帝と対話をすることで、倒すよりも和解……協力関係を築こうってことか。ちょっと前までなら絶対無理だと思ったけど、今の皇帝なら普通に話が通じそうな気はする。
ヴァージャが皇帝に片手を差し出すと、皇帝は――しばらく複雑な面持ちで黙り込んだ後、顔を背けながらも静かにその手を取った。なに、照れてんの? あの皇帝にそんな一面あるんだ?
その瞬間、ついさっきまでは張り詰めていた空気が和らぐのがわかった。みんなの様子を見てみると、誰も彼もがホッとしたような表情を浮かべている。皇帝に復讐するんだと燃えていたフィリアまで。
……取り敢えず、よかった。オレの力が何にどう作用したのかは依然としてわからないままだけど、この雰囲気ならこれ以上戦わなくて済みそうだ。
「――リーヴェ!!」
和やかな雰囲気にホッと安堵を洩らしたのも束の間、不意に切羽詰まったような声が背中に届いて、思わずそちらを振り返った。すると、今まさに階下から上がってきただろうティラが――左肩を押さえて立っていた。肩口からは血がダラダラと流れ出ていて、顔色も悪い。咄嗟に駆け寄ろうとしたところで、ティラが再び叫んだ。
「マックが! マックがさっきの気味の悪い武器を……!」
「……!?」
彼女の後方を窺ってみたけど、どうやらティラを追いかけてきてるなんてことはなさそうだった。
だとすれば……みんなと一緒に慌てて周囲を見回すと、デカい穴が空いてすっかり風通しのよくなった壁の先――隣の円柱型の建物の中にマックの姿を見つけた。その手には大型の弓を携え、ドス黒いオーラに包まれた矢をつがえてある。その存在に気付くのと、マックがその矢を放つのはほぼ同時のこと。弓から放たれた矢の狙いは――
「ヴァージャ!!」
咄嗟に声を上げたものの、いくらヴァージャだって突然すぎることに回避が間に合いそうにない。マックが放った矢は猛烈な速度で差し迫り、無情にもヴァージャの左腕に突き刺さった。
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