165 / 172
最終章:想いの力
最後の賭け
しおりを挟む「はははははッ! 馬鹿が、油断しやがったな!」
「あははっ! やりましたわ、マック様! とっても素敵です!」
マックは自分の放った矢が見事にヴァージャの腕に突き刺さったのを見るなり、声を立てて笑う。その後ろでは、リスティがうっとりした様子でマックの背中に飛びつくのが見えた。
あの野郎ども……ロクでもないことばっかり考えやがる! せっかく、もう戦わないでいいと思ったのに!
マックはリスティを背中に張りつかせたまま、自分の足元に風の魔術を放つとその力を利用してぶわりと宙を飛び、隣の塔から謁見の間へと降り立った。
「さあさあさあ! 神だろうと何だろうと、これで派手に弱っちまっただろ? あの時の雪辱、この場で晴らさせてもらうぜ! 神も、腑抜けた皇帝も俺が下す。そうすりゃ世界中に新皇帝誕生を報せてやれるなぁ!」
「ヴァージャ様、わたくしをお傍に置いてくだされば、このようなことはしませんでしたのに……あなた様がお悪いんですのよ、あんなふうにわたくしを傷つけたから」
こうしてる今も、皇帝が展開した術の効果は続いてる。空には依然として、この場の状況が映し出されていた。つまり、世界中の至るところでオレたちの現在の様子が見えてるわけだ。もしマックがヴァージャと皇帝を倒しでもしたら、マックのやつが新しい皇帝……ってことになっちまうのか? 冗談じゃないぞ。
リスティは……あんなふうにヴァージャにフラれたから、マックの側について復讐しようってのか。フラれたから手の平を返すって、そんなん愛情じゃないだろ。
マックとリスティを見据えて臨戦態勢をとるみんなの様子を後目に、オレはヴァージャの元へと向かった。ティラの怪我も気になるけど、まずはこっちが先だ。いくら神さまでもカースの影響は受けるって言ってたし、早いとこあの黒いドロドロしたものを吹っ飛ばして――
『みょ、みょおおおぉ~~!!』
「……ブリュンヒルデ!?」
傍まで駆け寄ろうとしたところで、ブリュンヒルデの悲痛な叫びが聞こえた。慌ててそちらを見てみれば、人三人を乗せてもまだまだ余裕だったはずのデカい獅子の身体が見る見るうちに縮んでいく。そうして、初めて見た時のあの小さい子猫の姿になってしまった。
それを見るなり、胸がざわめくのを感じた。
次にヴァージャを見ると、当のヴァージャは片手の平で顔面を覆い、低く呻いている。指の隙間から微かに見えた眸は――いつもの穏やかな黄金色とは違い、血のような真っ赤な色をしていた。
「――ヴァージャ!!」
直後、ヴァージャの身は赤い光に包まれたかと思いきや、いつかも見た巨大な、あまりにも巨大過ぎる竜の姿へと変貌を遂げ、そのまま城の屋根さえもぶち破って天高く飛び上がってしまった。
それと同時に下から突き上げるような大地の揺れを感じて、城全体が大きく揺れる。さっきまで青々としていた空は不気味な赤紫色へと変わり、まるで世界そのものが悲鳴を上げてるみたいだった。
「ヴァ、ヴァージャさん! どうしちゃったんですか!?」
「ヴァージャさんが竜に……! でも、ヘルムバラドの時とは様子が……」
フィリアやエルの声に意識を引き戻すと、慌てて空を見上げる。でも、ヴァージャは既に飛び去った後らしく、その姿は確認できなかった。
『――これがうっかりヴァージャ様に向けられていたら危なかったよ』
そこで、さっき地下で博士が口にした一言が脳裏を過ぎった。
マックが放った矢は、思わず目を背けたくなるほどのドス黒いオーラを纏っていた。間違いなくあれも、ニザーが研究して造り出したものだ。つまり、カースの力を凝縮したもの――どれほどの怨嗟が練り込まれていたのか、あの一撃でヴァージャの力は出会った頃と変わらないくらいまで弱ってしまったんだろう。ブリュンヒルデが子猫の姿になっちまったのが証拠だ。
ヘルムバラドの時も、反帝国組織のアジトに行った時も、ヴァージャは自分の意思で竜化した。でも、今回は違う。極限まで力が弱まったせいで、理性を保てなくなってるんだ。空の異変も大地の揺れも、力が弱まったことで世界を維持できなくなってるわけで……。
――調停者の役目を持つあの気性難のヤバい武器が、ヴァージャが暴れ狂うほどに弱った今の状態を……見逃してくれるわけがなかった。
ヴァージャの手から抜け落ちただろう森羅万象は、黄金色の力強い輝きを纏って宙に浮かび上がる。小刻みに震えて光を大きく膨れ上がらせていくその様は、破裂しそうになっている爆弾のようだった。
「はは……ッ、ははははッ! なんだ、何が神だよ! こりゃ傑作だ、あの時スターブルに現れたバケモノは、あの野郎だったわけか! おい、無能野郎! あんなバケモノを神だなんだと崇めるなんて、頭おかしいんじゃねえのか!?」
「……っ! バケモノなもんか! 仮に今のヴァージャがバケモノに見えるんだとしたら、神をあんなふうに狂わせるのはオレたち人間だ! お前のせいで世界がぶっ壊れようとしてるんだぞ!」
「マジかよ!? ぎゃはははは! そいつぁイイ! この俺様より強いやつなんかいてたまるか! そんなクソみてえな世界はなァ、ぶち壊れちまえばいいんだよ!」
マックのその嘲りと愚弄には、黙ってなんていられなかった。この野郎のせいでヴァージャがあんなことになっちまったのに、まだ……まだ言うか!
マックのやつはもう駄目だ、ヴァージャが憎すぎて完全に頭がイッてやがる。リスティは死ぬ覚悟なんてできていないらしく、その後ろでオロオロしてるけど、今更狼狽えたって遅いんだよ!
「リーヴェ、あれ……!」
「ヤバいんじゃ、ないか……!?」
サクラとディーアの声がすぐ近くで聞こえるけど、返事をするだけの余裕さえない。
せっかく……せっかく丸く収まりそうだったのに、ここで……全部終わりなのかよ。また文明が吹き飛んで、ヴァージャはまた一人でイチから世界を見守っていくんだろうか。あいつ、また独りぼっちになっちまうじゃないか……。
破裂する――そう思った直後、暴発しかけた森羅万象に真っ赤な魔法陣がいくつも重なった。それらは森羅万象の力を半ば無理矢理に抑え込み、ギリギリのところで破裂を食い止めた。
「リーヴェ、何やってるんだ!」
それと同時に飛んできた檄に反射的に振り返ると、そこにはサンセール団長に肩を借りて辛うじて立つグリモア博士がいた。森羅万象の力を抑え込んだのは、十中八九この人だろう。でも、その表情にはいつもの余裕なんか欠片もなくて苦しそうだった。
「きみにしかできないことがあるだろう! 早くヴァージャ様を!」
「で、でも、どうやって……」
オレだってできることならヴァージャを追いかけたいけど、空なんて飛べないし、どこに行ったかさえ……。
そんな時、すっかり子猫になったブリュンヒルデがオレの足にしがみついてきた。
『リーヴェしゃま! わたくしに、わたくしにほんのすこしのお情けを!』
……そうか、オレの力でブリュンヒルデが一時的にでも飛べるようになれば、ヴァージャを追いかけられる。こいつなら眷属だし、その居場所だってわかるはずだ。
「よしきた! ヴァージャを追っかけるぞ!」
『はいぃ! どこまでもお供しましゅ!』
ブリュンヒルデの小さな身を両手で抱き上げると、静かに目を伏せる。
――まだだ、まだ終わってない。このまま終わらせてたまるか!
0
あなたにおすすめの小説
異世界で8歳児になった僕は半獣さん達と仲良くスローライフを目ざします
み馬下諒
BL
志望校に合格した春、桜の樹の下で意識を失った主人公・斗馬 亮介(とうま りょうすけ)は、気がついたとき、異世界で8歳児の姿にもどっていた。
わけもわからず放心していると、いきなり巨大な黒蛇に襲われるが、水の精霊〈ミュオン・リヒテル・リノアース〉と、半獣属の大熊〈ハイロ〉があらわれて……!?
これは、異世界へ転移した8歳児が、しゃべる動物たちとスローライフ?を目ざす、ファンタジーBLです。
おとなサイド(半獣×精霊)のカプありにつき、R15にしておきました。
※ 造語、出産描写あり。前置き長め。第21話に登場人物紹介を載せました。
★お試し読みは第1部(第22〜27話あたり)がオススメです。物語の傾向がわかりやすいかと思います★
★第11回BL小説大賞エントリー作品★最終結果2773作品中/414位★応援ありがとうございました★
【WEB版】監視が厳しすぎた嫁入り生活から解放されました~冷徹無慈悲と呼ばれた隻眼の伯爵様と呪いの首輪~【BL・オメガバース】
古森きり
BL
【書籍化決定しました!】
詳細が決まりましたら改めてお知らせにあがります!
たくさんの閲覧、お気に入り、しおり、感想ありがとうございました!
アルファポリス様の規約に従い発売日にURL登録に変更、こちらは引き下げ削除させていただきます。
政略結婚で嫁いだ先は、女狂いの伯爵家。
男のΩである僕には一切興味を示さず、しかし不貞をさせまいと常に監視される生活。
自分ではどうすることもできない生活に疲れ果てて諦めた時、夫の不正が暴かれて失脚した。
行く当てがなくなった僕を保護してくれたのは、元夫が口を開けば罵っていた政敵ヘルムート・カウフマン。
冷徹無慈悲と呼び声高い彼だが、共に食事を摂ってくれたりやりたいことを応援してくれたり、決して冷たいだけの人ではなさそうで――。
カクヨムに書き溜め。
小説家になろう、アルファポリス、BLoveにそのうち掲載します。
【完結済】虚な森の主と、世界から逃げた僕〜転生したら甘すぎる独占欲に囚われました〜
キノア9g
BL
「貴族の僕が異世界で出会ったのは、愛が重すぎる“森の主”でした。」
平凡なサラリーマンだった蓮は、気づけばひ弱で美しい貴族の青年として異世界に転生していた。しかし、待ち受けていたのは窮屈な貴族社会と、政略結婚という重すぎる現実。
そんな日常から逃げ出すように迷い込んだ「禁忌の森」で、蓮が出会ったのは──全てが虚ろで無感情な“森の主”ゼルフィードだった。
彼の周囲は生命を吸い尽くし、あらゆるものを枯らすという。だけど、蓮だけはなぜかゼルフィードの影響を受けない、唯一の存在。
「お前だけが、俺の世界に色をくれた」
蓮の存在が、ゼルフィードにとってかけがえのない「特異点」だと気づいた瞬間、無感情だった主の瞳に、激しいまでの独占欲と溺愛が宿る。
甘く、そしてどこまでも深い溺愛に包まれる、異世界ファンタジー
ワケありくんの愛され転生
鬼塚ベジータ
BL
彼は”勇敢な魂"として、彼が望むままに男同士の恋愛が当たり前の世界に転生させてもらえることになった。しかし彼が宿った体は、婚活をバリバリにしていた平凡なベータの伯爵家の次男。さらにお見合いの直前に転生してしまい、やけに顔のいい執事に連れられて3人の男(イケメン)と顔合わせをさせられた。見合いは辞退してイケメン同士の恋愛を拝もうと思っていたのだが、なぜかそれが上手くいかず……。
アルファ4人とオメガ1人に愛される、かなり変わった世界から来た彼のお話。
※オメガバース設定です。
十二年付き合った彼氏を人気清純派アイドルに盗られて絶望してたら、幼馴染のポンコツ御曹司に溺愛されたので、奴らを見返してやりたいと思います
塔原 槇
BL
会社員、兎山俊太郎(とやま しゅんたろう)はある日、「やっぱり女の子が好きだわ」と言われ別れを切り出される。彼氏の売れないバンドマン、熊井雄介(くまい ゆうすけ)は人気上昇中の清純派アイドル、桃澤久留美(ももざわ くるみ)と付き合うのだと言う。ショックの中で俊太郎が出社すると、幼馴染の有栖川麗音(ありすがわ れおん)が中途採用で入社してきて……?
ちっちゃな婚約者に婚約破棄されたので気が触れた振りをして近衛騎士に告白してみた
風
BL
第3王子の俺(5歳)を振ったのは同じく5歳の隣国のお姫様。
「だって、お義兄様の方がずっと素敵なんですもの!」
俺は彼女を応援しつつ、ここぞとばかりに片思いの相手、近衛騎士のナハトに告白するのだった……。
不幸体質っすけど、大好きなボス達とずっと一緒にいられるよう頑張るっす!
タッター
BL
ボスは悲しく一人閉じ込められていた俺を助け、たくさんの仲間達に出会わせてくれた俺の大切な人だ。
自分だけでなく、他者にまでその不幸を撒き散らすような体質を持つ厄病神な俺を、みんな側に置いてくれて仲間だと笑顔を向けてくれる。とても毎日が楽しい。ずっとずっとみんなと一緒にいたい。
――だから俺はそれ以上を求めない。不幸は幸せが好きだから。この幸せが崩れてしまわないためにも。
そうやって俺は今日も仲間達――家族達の、そして大好きなボスの役に立てるように――
「頑張るっす!! ……から置いてかないで下さいっす!! 寂しいっすよ!!」
「無理。邪魔」
「ガーン!」
とした日常の中で俺達は美少年君を助けた。
「……その子、生きてるっすか?」
「……ああ」
◆◆◆
溺愛攻め
×
明るいが不幸体質を持つが故に想いを受け入れることが怖く、役に立てなければ捨てられるかもと内心怯えている受け
伯爵令息アルロの魔法学園生活
あさざきゆずき
BL
ハーフエルフのアルロは、人間とエルフの両方から嫌われている。だから、アルロは魔法学園へ入学しても孤独だった。そんなとき、口は悪いけれど妙に優しい優等生が現れた。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる