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最終章:想いの力
世界が終わるまで
しおりを挟む大地は休むことなく唸るような轟音を立て、赤紫色に染まった空には雨なんか降る気配もないのに頻りに稲光が走る。その様が、まるで空に亀裂が入っているかのようで非常に不気味だった。
ブリュンヒルデは辛うじて飛べる姿に戻り、現在オレを背中に乗せて猛スピードで空を滑空している。今は一時的にある程度の力が戻ってるけど、やっぱりブリュンヒルデはヴァージャの眷属なわけだから、そのヴァージャの力が弱ってる以上、グレイスの力であってもほんのわずかな時間しか効果がないらしい。いつまた子猫の姿に戻ってしまうかはわからないそうだ。恐ろしい。
「ど、どうなってんだ、この空は……」
『世界の崩壊までもう時間がないのです、急がなければ……!』
ああ、そりゃあな。この不気味な空と地鳴りを繰り返す大地の様子から、いかにも「世界の滅亡」って雰囲気は感じる。むしろそれ以外に考えられることが何もないくらいだ。
オレがヴァージャと初めて会った時もあいつは限界近くまで弱ってたけど、こんな状態にはなってなかった。……ってことは、今はあの時よりもずっと悪い状態ってわけか。
猛烈な速度で飛ぶブリュンヒルデの背中から落ちないようにしっかりとしがみつきながら、グリモア博士の言葉を思い返す。
――森羅万象の力は博士が抑え込んでくれたけど、あの気性難の武器がそれで大人しくなってくれるわけもなく。暴発しかけたあの力を抑え込んでおけるのは、長くても十分から十五分が限界とのこと。つまり、その短い時間の間にヴァージャを元に戻せなければ、どっちみちオレたちは死ぬわけだ。
世界が崩壊して死ぬか、それよりも先に森羅万象の力で文明が吹き飛んで死ぬか……どっちにしろ、失敗したら待ってるのは「死」だけ。それならとにかく、できることをやるしかない。
『――! 見つけました、あそこです!』
ブリュンヒルデの声に意識を引き戻すと、前方に確かに巨大な影が見えた。こちらとほとんど変わらない速度で空を滑空するそれは、間違いなく――竜化したヴァージャだった。その全身は不気味な赤い輝きに包まれていて、なんとなく恐ろしい印象を受ける。
ブリュンヒルデがぐんぐんと速度を上げることで距離を縮めて隣に並ぶと、そこでヴァージャはオレたちに気付いたらしく、真っ赤な目を輝かせてこちらを睨みつけた。その目には――いつもの穏やかさも優しさも微塵も感じられない、まるで魔物か何かみたいだ。
「ヴァージャ! 落ち着け!」
『ヴァージャ様! どうか正気にお戻りくださいぃ~~!』
「くそッ、どうすりゃ……! ブリュンヒルデ、取り敢えずあれだ! あの矢を吹き飛ばせ!」
『了解ですうぅ!』
風の音に消されないよう声を張り上げてみるけど、果たしてヴァージャに聞こえているのかどうか。巨大化したことで目を凝らさないとよく見えないけど、ヴァージャの左腕には、依然としてマックが放った矢が突き刺さったままだった。元に戻したくても、あんなもんがぶっ刺さってたらグレイスの力だろうと何だろうと効果が半減しちまいそうだ。
指示を出すと、ブリュンヒルデは大口を開けて光り輝く光線を吐き出した。猛スピードで飛んでるせいで前方から絶えず受ける風の抵抗にも負けないそれは、見事にヴァージャの左腕に突き刺さっていた矢を直撃して思い切り吹き飛ばす。よーしよしよし、お前は本当によくできた猫だ!
けど、喜んだのも束の間――光線が当たってしまったのか、それとも目障りだったのか、ヴァージャは鼓膜を突き破りそうなほどの咆哮を上げた。直接攻撃なんてされてないのに、咆哮ひとつでブリュンヒルデの身は吹き飛ばされ、危うく背中から落っこちるところだった。思わぬ衝撃を受けたことで脳が揺れたみたいに頭がくらくらする。まるで殴り飛ばされたような衝撃だ。
『リ、リーヴェ様! ご無事ですか~~!?』
「あ、ああ、なんとか……」
直後、遥か下方に見える地上の大地にまるで大陸を二分するかのような大きな亀裂が走るのが見えた。遠くに見える海は荒れ狂い始め、木々は次々に折り重なるように倒れていく。空は燃えるように真っ赤に染まり、大気が不気味な振動を始めた。……もう時間がない。世界も、森羅万象も、それにブリュンヒルデの力も。
「……もう一回、もう一回近付いてくれ」
『はい! お任せください!』
今のヴァージャは完全に理性を失ってて、まるで魔物みたいな目をしてる。
でも、オレはちゃんと知ってるんだ。あいつが本当はどんなやつかって。フィリアも、エルも、ディーアにサクラも、博士や団長だって。みんなヴァージャが優しい神さまだって知ってるんだ。皇帝のことだって敵として叩き払わず、むしろ協力を願うくらい、あいつは人間に対してどこまでも優しい。
そのヴァージャは人間次第で、神にも悪魔にもなっちまう。優しいはずの神さまを狂わせるのは、いつの時代でも『人間』なんだ――!
ブリュンヒルデが、改めてヴァージャの隣を並ぶようにして飛ぶ。その巨大な身は依然として不気味な赤い光に包まれていて、さっきと全然変化がないように見えた。今もその全身は心の中に至るまで、カースたちの怨念に支配されてるんだろう。
……そう考えると、段々腹が立ってきた。他にどう言えばいいかもわからないし、どうすればヴァージャを元に戻せるかもわからないけど、どうせこれが最後になるなら好きなこと言ったっていいだろ。
オレは上手く言葉にできないくらいヴァージャに感謝してるし、ヴァージャがいてくれたから自分を好きになることだって、自信を持つことだってできた。いつも助けてくれて、守ってくれて、選択に迷った時はいつだって必ず後ろで支えてくれた。
そんなやつを好きになるのは当たり前だろ、他にどう表現すればいいかもわからないけど、好きなんだよ。それなのに――
「ヴァージャ! あんたのこと何も知らないようなカース連中の怨念より、オレの愛情の方が軽いってのかよ!!」
『リ、リーヴェ様……』
「どんだけあんたのこと好きだと思ってんだ!!」
だってそうだろう、こうしてる今も元に戻らないで暴れ狂ってるんだから。オレがぶつけるグレイスの力よりも、カースの力の方が強いみたいじゃないか。納得いかない、全ッ然納得いかない!
一度口にしたらタガが外れたみたいに、止まらなくなった。改めて口を開くものの、その直後――不意に身体がガクンと大きく落ちるような錯覚に陥る。それまで身体を支えていたものがなくなり、遥か下方にはひび割れた大地が見えた。
さっきまでオレの下にはブリュンヒルデの身体があったはず。それがなくなったってことは……。
『リ、リーヴェしゃま……じ、時間切れですううぅ~~!』
「うわッ……! 嘘だろ……!?」
世界が壊れるか、森羅万象の力が発動するか、ブリュンヒルデが元に戻るか――どれもこれもわずかな時間しかないものだったけど、一番余裕がなかったのはブリュンヒルデの力だったらしい。
再び子猫の姿に戻ったブリュンヒルデと共に、そのまま落ちるしかなかった。
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