167 / 172
最終章:想いの力
出逢えてよかった
しおりを挟む咄嗟に手を伸ばしてブリュンヒルデの身を抱きかかえることだけはできたけど、逆に言えばそれ以外にできることが何もなかった。
かなり高いところを飛んでたから地上に激突するまではそれなりにあるものの、これまた逆に言うとそれだけ重力加速度がかかるわけだから、地上に叩きつけられたら間違っても助からない。
頭から真っ逆さまに地上に向かって落ちていく最中、辺りに視線だけを向けてヴァージャの姿を探す。けど、既に飛び去った後なのか、あの巨大な姿はどこにも見えなかった。
抱き締めたブリュンヒルデからは頻りに謝罪が向けられるものの、お前が謝ることないんだよ。お前は何も悪くないんだ、限界まで精いっぱい頑張ってくれたじゃないか。
かなりの速度で近付く大地には、次々に大小様々な亀裂が走る。空は怒り狂うかの如く頻りに稲光を発生させ、最期の時を告げてるみたいだ。
そこで頭に浮かんできたのは、オレがヴァージャを追っかける直前に見たフィリアたちの不安そうな表情だった。みんな心配そうで、フィリアなんて今にも泣き出してしまいそうで。今頃、みんなどうしてるだろうか。やっぱり不安で震えてるかな。
……いや、他の連中はわからないけど、フィリアたちがそう簡単に世界の崩壊を受け入れて諦めるとはあまり考えられない。あいつらは、滅亡が目前に迫った今でも、心から折れるなんてことはないんじゃないか。
ああ、駄目だったなぁ、って。そうやって手放しに諦めることはできるし、少し前までのオレだったら早々にそうやって諦めてただろうけど。
『――お前が信じてくれるのなら問題ない』
……ヴァージャがそう、言ったんだもんな。
ヴァージャと出逢って旅に出て、オレはすっかり諦めが悪くなっちまったらしい。今のオレにできることは、最後のその瞬間まで――あいつを信じることだけだ。フィリアたちだって、きっとそうしてる。オレが諦めてどうするんだ。
この世界が消えるまで、意識が吹っ飛ぶまで、ヴァージャを信じる。それで結局駄目で死んだら、その時に初めて諦めてやるよ。この世界と意識があるうちは、絶対に諦めてなんてやるもんか!
「人間と友達でいたいんだろ、ヴァージャ! 戻ってこい!!」
ヴァージャに聞こえてるかどうかもわからないけど、声を上げずにはいられなかった。
落ちる速度が速すぎて、うっかり気を抜いたら意識を持っていかれそうだ。ここはどの辺りだろう、左手側に海が見えるってことはル・ポール村の近くかな。海が荒れ狂ってるように見えたけど、ヘルムバラドは――マティーナたちは無事だろうか。頭の中に、この旅の中で出会った人たちの顔が次々に浮かんでは消えていく。
――そんな時だった。
それまで大小様々に大地に走っていた亀裂がじわじわと消えていき、時間でも巻き戻しているかのように落ち着き始める。さすがに倒れた木々までは元に戻ることはなかったけど、空も不気味な色合いから徐々に青味を取り戻していった。
次に、落下する速度が少しずつ緩やかなものになり始めた。辺りに目を向けてみれば、飛び去ったと思っていたヴァージャが相変わらず巨竜の姿で滑空し、猛烈なスピードでこちら目掛けて飛んでくる。このまま突進されたら確実に死ぬだろうけど、ヴァージャが……あいつがそんなことするわけもなく。
オレとブリュンヒルデは、無事にヴァージャのその背中に落ちることができた。荒々しいなんてもんじゃないけど、死んだり怪我するよりはずっとマシだろう。
慌ててヴァージャの様子を窺ってみるけど、背中から辛うじて見えた目は未だ赤い。でも、黄金色になったりまた赤に染まったりと、ギリギリのラインでヴァージャも戦ってるみたいだった。
「……ヴァージャ、ごめんな。今も昔も、神さまを苦しめるのはいつも人間だったな。でも、あんたはそんな人間を嫌いにならずに、ずっと好きでいてくれたんだ。今度はオレたち人間が、あんたのその想いに応える番なんだ」
今はまだオレたちだけでも、これから時間をかけて築いていけばいい。人間と神の、簡単に揺らぐことのない友情を。そのためには――ヴァージャのことを何も知らないまま作られた怨念は邪魔だ!
腰裏に据え付けたままの錫の剣を手に取り、刀身を寝かせてヴァージャの背中にあてると、瞬く間に光が広がってその巨体を包み込んだ。
* * *
錫の剣から発せられた光はヴァージャの身を蝕んでいたカースの怨念を取り払い、デカい巨体はすぐにいつもの人型へと落ち着いた。
そして現在――近くにあった湖の傍に降り立って、休んでいるというわけだ。
「……無茶を、するものだ……」
ヴァージャは人型に戻れたけど、その顔色はすこぶる悪い。さすがに目の色はいつもの黄金色に戻ったものの、完全に戻ったはずの力はまた随分と不安定なものになってしまったらしい。それでも、森羅万象の力はちゃんと抑え込めたようだけど。あれがまだ暴れようとしてるなら、もうとっくにこの地上にある文明は吹き飛んでるはずだ。それくらいの時間は既に経過してる。
ヴァージャは近くの岩に背中を預けて凭れかかりながら、呻くように呟いた。力がまた不安定になったせいか、それともオレたちを拾うために全速力で飛んだせいか、随分と疲れているようだ。
「仕方ないだろ、無茶でも苦茶でもやらないと全部終わってたんだから」
『そうでございます、ブリュンヒルデはリーヴェ様の深い愛に大変感銘を受けました』
子猫の状態から成猫くらいの姿にちょこっと成長したブリュンヒルデは、オレの隣に座り込んで何やら目をキラキラと輝かせていた。そういうことは言わないでいいんだよ、今更言われると妙に恥ずかしくなるだろ。すると、ヴァージャはそこで薄らと笑った。
「……どれだけ好きだと思っている、か……ふむ」
「やめろやめろ、蒸し返すのはデリカシーってモンがないぞ」
「蒸し返すどころか、お前が好きに述べただけで私はまだ何も言っていない。言い逃げこそデリカシーに欠けるのではないか」
「ゴネるとこばっか人間っぽくなりやがって、この野郎」
そんな言葉の応酬を、ブリュンヒルデはオレとヴァージャとを交互に見遣りながら見守っているようだった。何とかなったんだって実感はまだ全然湧かないけど、おかしいくらいに腹の底から笑いが込み上げてくる。今頃、帝都ではみんなも安心してることだろう。
「リーヴェ」
「なんだよ」
「またお前に助けられたな、感謝する。お前と出逢えて……本当によかった」
ついさっきまではみみっちい駄々こねてたくせに、いきなりそんなこと言ってくるもんだから、急に照れくさくなってきた。
「出逢えてよかった」も「助けられた」も、どっちもこっちの台詞なんだよ。そう言っても、こいつは笑うんだろうけど。
空を見上げると、すっかり青々とした色合いに戻り、稲光はもうどこにも見えなくなっていた。
0
あなたにおすすめの小説
異世界で8歳児になった僕は半獣さん達と仲良くスローライフを目ざします
み馬下諒
BL
志望校に合格した春、桜の樹の下で意識を失った主人公・斗馬 亮介(とうま りょうすけ)は、気がついたとき、異世界で8歳児の姿にもどっていた。
わけもわからず放心していると、いきなり巨大な黒蛇に襲われるが、水の精霊〈ミュオン・リヒテル・リノアース〉と、半獣属の大熊〈ハイロ〉があらわれて……!?
これは、異世界へ転移した8歳児が、しゃべる動物たちとスローライフ?を目ざす、ファンタジーBLです。
おとなサイド(半獣×精霊)のカプありにつき、R15にしておきました。
※ 造語、出産描写あり。前置き長め。第21話に登場人物紹介を載せました。
★お試し読みは第1部(第22〜27話あたり)がオススメです。物語の傾向がわかりやすいかと思います★
★第11回BL小説大賞エントリー作品★最終結果2773作品中/414位★応援ありがとうございました★
【WEB版】監視が厳しすぎた嫁入り生活から解放されました~冷徹無慈悲と呼ばれた隻眼の伯爵様と呪いの首輪~【BL・オメガバース】
古森きり
BL
【書籍化決定しました!】
詳細が決まりましたら改めてお知らせにあがります!
たくさんの閲覧、お気に入り、しおり、感想ありがとうございました!
アルファポリス様の規約に従い発売日にURL登録に変更、こちらは引き下げ削除させていただきます。
政略結婚で嫁いだ先は、女狂いの伯爵家。
男のΩである僕には一切興味を示さず、しかし不貞をさせまいと常に監視される生活。
自分ではどうすることもできない生活に疲れ果てて諦めた時、夫の不正が暴かれて失脚した。
行く当てがなくなった僕を保護してくれたのは、元夫が口を開けば罵っていた政敵ヘルムート・カウフマン。
冷徹無慈悲と呼び声高い彼だが、共に食事を摂ってくれたりやりたいことを応援してくれたり、決して冷たいだけの人ではなさそうで――。
カクヨムに書き溜め。
小説家になろう、アルファポリス、BLoveにそのうち掲載します。
ワケありくんの愛され転生
鬼塚ベジータ
BL
彼は”勇敢な魂"として、彼が望むままに男同士の恋愛が当たり前の世界に転生させてもらえることになった。しかし彼が宿った体は、婚活をバリバリにしていた平凡なベータの伯爵家の次男。さらにお見合いの直前に転生してしまい、やけに顔のいい執事に連れられて3人の男(イケメン)と顔合わせをさせられた。見合いは辞退してイケメン同士の恋愛を拝もうと思っていたのだが、なぜかそれが上手くいかず……。
アルファ4人とオメガ1人に愛される、かなり変わった世界から来た彼のお話。
※オメガバース設定です。
ちっちゃな婚約者に婚約破棄されたので気が触れた振りをして近衛騎士に告白してみた
風
BL
第3王子の俺(5歳)を振ったのは同じく5歳の隣国のお姫様。
「だって、お義兄様の方がずっと素敵なんですもの!」
俺は彼女を応援しつつ、ここぞとばかりに片思いの相手、近衛騎士のナハトに告白するのだった……。
不幸体質っすけど、大好きなボス達とずっと一緒にいられるよう頑張るっす!
タッター
BL
ボスは悲しく一人閉じ込められていた俺を助け、たくさんの仲間達に出会わせてくれた俺の大切な人だ。
自分だけでなく、他者にまでその不幸を撒き散らすような体質を持つ厄病神な俺を、みんな側に置いてくれて仲間だと笑顔を向けてくれる。とても毎日が楽しい。ずっとずっとみんなと一緒にいたい。
――だから俺はそれ以上を求めない。不幸は幸せが好きだから。この幸せが崩れてしまわないためにも。
そうやって俺は今日も仲間達――家族達の、そして大好きなボスの役に立てるように――
「頑張るっす!! ……から置いてかないで下さいっす!! 寂しいっすよ!!」
「無理。邪魔」
「ガーン!」
とした日常の中で俺達は美少年君を助けた。
「……その子、生きてるっすか?」
「……ああ」
◆◆◆
溺愛攻め
×
明るいが不幸体質を持つが故に想いを受け入れることが怖く、役に立てなければ捨てられるかもと内心怯えている受け
【蒼き月の輪舞】 モブにいきなりモテ期がきました。そもそもコレ、BLゲームじゃなかったよな?!
黒木 鳴
BL
「これが人生に三回訪れるモテ期とかいうものなのか……?そもそもコレ、BLゲームじゃなかったよな?!そして俺はモブっ!!」アクションゲームの世界に転生した主人公ラファエル。ゲームのキャラでもない彼は清く正しいモブ人生を謳歌していた。なのにうっかりゲームキャラのイケメン様方とお近づきになってしまい……。実は有能な無自覚系お色気包容主人公が年下イケメンに懐かれ、最強隊長には迫られ、しかも王子や戦闘部隊の面々にスカウトされます。受け、攻め、人材としても色んな意味で突然のモテ期を迎えたラファエル。生態系トップのイケメン様たちに狙われたモブの運命は……?!固定CPは主人公×年下侯爵子息。くっついてからは甘めの溺愛。
僕を惑わせるのは素直な君
秋元智也
BL
父と妹、そして兄の家族3人で暮らして来た。
なんの不自由もない。
5年前に病気で母親を亡くしてから家事一切は兄の歩夢が
全てやって居た。
そこへいきなり父親からも唐突なカミングアウト。
「俺、再婚しようと思うんだけど……」
この言葉に驚きと迷い、そして一縷の不安が過ぎる。
だが、好きになってしまったになら仕方がない。
反対する事なく母親になる人と会う事に……。
そこには兄になる青年がついていて…。
いきなりの兄の存在に戸惑いながらも興味もあった。
だが、兄の心の声がどうにもおかしくて。
自然と聞こえて来てしまう本音に戸惑うながら惹かれて
いってしまうが……。
それは兄弟で、そして家族で……同性な訳で……。
何もかも不幸にする恋愛などお互い苦しみしかなく……。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる