170 / 172
◆epilogue◆
ヘルムバラドとヴァールハイト
しおりを挟む青い空に白い雲、オマケに季節は夏ときた。
海岸沿いにはまさに「イモ洗い」と称すに相応しいほどの人の姿が見える。水着美女も多いんだろうけど、生憎と今のオレのコンディションじゃ目の保養のためだけにあの人の波に揉まれる勇気はない。
「随分と疲れているようだな」
人で賑わう街中を歩く最中、傍らからヴァージャの声がかかる。
「これからは帝国に行くの月イチくらいにしない? それ以上空くとフィリアのマシンガントークが手に負えないレベルになるからさぁ……もう寝ようって言ってんのに止まらないの、あのお嬢様ほんと会うたび会うたび色々な部分が成長してやがる」
「ふ……お前を兄のように慕っているのだろう、可愛らしいものじゃないか」
他人事だと思いやがって、この野郎。……まあ、好かれて嫌な気にもならないし、確かに可愛いんだけどさ。
文句を言ってもどうせ効かないし、それ以上は何も言わずにヴァージャと並んで街の中を歩く。辺りには、けたたましい悲鳴や歓声が休みなく響いていた。
それもそのはず――今日足を運んだのは、あの夢の国ヘルムバラドだ。ここは毎日のようにアトラクションが動き続け、訪れる人たちにこれまで通り楽しい夢を見せ続けている。
* * *
――オレとヴァージャはあの戦いの後、ミトラたちが待つスターブルに戻った。
オレにとって母でもあって姉でもあるミトラに「おかえりなさい」って笑顔で出迎えられた時は、ちょっと泣きそうになってしまった。旅をしてる間は懐かしむことはあっても全然平気だったのに、もしかしたらもう二度と会えなかった可能性もあったんだと――彼女と対面した時に、ようやく世界が滅亡の危機に瀕した実感が湧いた。
無事でよかった、本当に。世界も、ヴァージャも、みんなも。
オレたちはこの半年間、世界の各地を巡って破損したあちこちを確認している。ヴァールハイトの執務室で直すのが早いんだろうけど、ちゃんと現地に赴いて修復したいんだそうだ。自分が暴れたのが原因なのだから、って。……ヴァージャがやりたくてやったわけじゃないのになぁ。
ひび割れた大地は、小さいものならヴァージャが正気に戻った時に修復されたけど、大陸を二分するんじゃないかってくらいに走った大きな亀裂までは完全に戻ることはなく、あちこちボロボロの状態だ。倒れた木々だって綺麗にしなきゃならないし。
その合間に、相談したいことがあるからと皇帝やサンセール団長に帝国まで呼ばれたりもするから、わりと多忙を極めている。
「リーヴェ様、ヴァージャ様、よくぞお越しくださいました」
それで今日は、このヘルムバラドの様子を見に来たわけだけど――今日も今日とて着ぐるみたちを左右に引き連れながら、マティーナが屋敷の出入り口で笑顔で迎えてくれた。この着ぐるみたちは相変わらず同じ顔をしてるから、やっぱり圧を与えてくる。いや、見た目は可愛いんだけどさ。
「ディーア……いや、ノクスはどうしている。たまには戻ってくるのか?」
「ふふ、お兄様は相変わらずです。ほとんど戻ってきません。でも、手紙を送ってくれるようになりました。今日はどこに行ったとか、今はどこにいるとか、次はどこに向かうとか、まるで日記みたいに書いて送ってくれるんですよ」
ヴァージャとマティーナのやり取りを聞いて、半年前に一度みんなでこのヘルムバラドに来た時のことを思い出した。
ディーアがマティーナの兄のノクスだと知った時に教えておけばよかったんだけど、すっかり忘れてたんだよなぁ、マティーナの目のこと。昔から盲目だった妹が久しぶりに会ったら目が見えるようになっていたものだから、あの時のディーアの反応はそれはそれは見事なものだった。何が起きたのかわからないとばかりに絶句して、挙動不審になってヴァージャに縋りついていたのは――今でも鮮明に思い出せる。
事情を話した後に出た第一声は「なんで言ってくれなかったんですか!?」だった。そりゃそうだ、悪かったよ。
マティーナの目はすっかり光を取り戻し、こうしている今もオレとヴァージャの姿をハッキリとその目に映している。
妹の目が見えなかった頃は、手紙を書くのも気が引けてたんだろうなぁ。ディーアがどんな顔して手紙を書いてるのか、想像するだけでなんか微笑ましい。
「そう言えば、ヴァールハイトは?」
「今は大人気の水族館になっていますよ、連日大盛況です」
世界が崩壊する一歩手前までヴァージャの力が弱ったことで、ヴァールハイトはものの見事に墜落した。もし地上に落ちていたらと思うとゾッとするけど、幸い……と言ってもいいのかどうか、落ちた先がヘルムバラドの近くの海だったため、地上に被害が出ることはなかった。
それでも、あんな塊が勢いよく落ちてきたんだから大津波が起きたことは想像に難くない。それなのに、このヘルムバラドは何の被害も受けることもなく今も普通に存在し続けている。
それというのも、いざという時のために、このネイ島にはしっかりとした防衛機能が備わっているらしい。有事の際には島全体をドーム型の頑丈な結界と防壁で包み、海中に潜水することもできるとのこと。それもやっぱりグリモア博士の仕業なんだろうけど、今回はそのお陰で事なきを得たわけだ。
「神さまの城が、今や水族館……ね。はは……いいのか?」
「執務室や書庫は切り離してある、問題ないだろう」
「水族館には動き回るようなアトラクションは一切ありません、ヴァージャ様もきっと気に入ってくださると思います! この後、デートなどいかがですか?」
ほんとに? 自分の城が水族館になってていいの?
なんて考えるオレに、聞き捨てならない追撃をぶち込んできたのは当然マティーナだ。少しばかり表情を引き攣らせながら彼女を見遣ると、当のマティーナは対照的に目と表情をキラキラと輝かせている。眩しいくらいだ。
ほんと、迂闊だったよなぁ。まさかあんな緊急時でも皇帝の術が解けないで世界中に見られてるなんて思わなかったよ。お陰で「神さま」っていう存在が良くも悪くも世界中の人たちに知れ渡ったんだけどさ。
「実は、お二人の深い愛に感動しまして、来年からは挙式も取り扱うことにしたんです! 全面的にバックアップさせて頂きますので、式を挙げられる際はぜひこのヘルムバラドで!」
「挙げるか?」
「やだよ」
ヘルムバラドがどんどん発展していくのは嬉しいし、それに貢献できるんだとしたら光栄なことだけど、さすがに式は無理だ。ヴァージャも悪ノリするな。
0
あなたにおすすめの小説
【WEB版】監視が厳しすぎた嫁入り生活から解放されました~冷徹無慈悲と呼ばれた隻眼の伯爵様と呪いの首輪~【BL・オメガバース】
古森きり
BL
【書籍化決定しました!】
詳細が決まりましたら改めてお知らせにあがります!
たくさんの閲覧、お気に入り、しおり、感想ありがとうございました!
アルファポリス様の規約に従い発売日にURL登録に変更、こちらは引き下げ削除させていただきます。
政略結婚で嫁いだ先は、女狂いの伯爵家。
男のΩである僕には一切興味を示さず、しかし不貞をさせまいと常に監視される生活。
自分ではどうすることもできない生活に疲れ果てて諦めた時、夫の不正が暴かれて失脚した。
行く当てがなくなった僕を保護してくれたのは、元夫が口を開けば罵っていた政敵ヘルムート・カウフマン。
冷徹無慈悲と呼び声高い彼だが、共に食事を摂ってくれたりやりたいことを応援してくれたり、決して冷たいだけの人ではなさそうで――。
カクヨムに書き溜め。
小説家になろう、アルファポリス、BLoveにそのうち掲載します。
【完結】テルの異世界転換紀?!転がり落ちたら世界が変わっていた。
カヨワイさつき
BL
小学生の頃両親が蒸発、その後親戚中をたらいまわしにされ住むところも失った田辺輝(たなべ てる)は毎日切り詰めた生活をしていた。複数のバイトしていたある日、コスプレ?した男と出会った。
異世界ファンタジー、そしてちょっぴりすれ違いの恋愛。
ドワーフ族に助けられ家族として過ごす"テル"。本当の両親は……。
そして、コスプレと思っていた男性は……。
【完結済】虚な森の主と、世界から逃げた僕〜転生したら甘すぎる独占欲に囚われました〜
キノア9g
BL
「貴族の僕が異世界で出会ったのは、愛が重すぎる“森の主”でした。」
平凡なサラリーマンだった蓮は、気づけばひ弱で美しい貴族の青年として異世界に転生していた。しかし、待ち受けていたのは窮屈な貴族社会と、政略結婚という重すぎる現実。
そんな日常から逃げ出すように迷い込んだ「禁忌の森」で、蓮が出会ったのは──全てが虚ろで無感情な“森の主”ゼルフィードだった。
彼の周囲は生命を吸い尽くし、あらゆるものを枯らすという。だけど、蓮だけはなぜかゼルフィードの影響を受けない、唯一の存在。
「お前だけが、俺の世界に色をくれた」
蓮の存在が、ゼルフィードにとってかけがえのない「特異点」だと気づいた瞬間、無感情だった主の瞳に、激しいまでの独占欲と溺愛が宿る。
甘く、そしてどこまでも深い溺愛に包まれる、異世界ファンタジー
ワケありくんの愛され転生
鬼塚ベジータ
BL
彼は”勇敢な魂"として、彼が望むままに男同士の恋愛が当たり前の世界に転生させてもらえることになった。しかし彼が宿った体は、婚活をバリバリにしていた平凡なベータの伯爵家の次男。さらにお見合いの直前に転生してしまい、やけに顔のいい執事に連れられて3人の男(イケメン)と顔合わせをさせられた。見合いは辞退してイケメン同士の恋愛を拝もうと思っていたのだが、なぜかそれが上手くいかず……。
アルファ4人とオメガ1人に愛される、かなり変わった世界から来た彼のお話。
※オメガバース設定です。
十二年付き合った彼氏を人気清純派アイドルに盗られて絶望してたら、幼馴染のポンコツ御曹司に溺愛されたので、奴らを見返してやりたいと思います
塔原 槇
BL
会社員、兎山俊太郎(とやま しゅんたろう)はある日、「やっぱり女の子が好きだわ」と言われ別れを切り出される。彼氏の売れないバンドマン、熊井雄介(くまい ゆうすけ)は人気上昇中の清純派アイドル、桃澤久留美(ももざわ くるみ)と付き合うのだと言う。ショックの中で俊太郎が出社すると、幼馴染の有栖川麗音(ありすがわ れおん)が中途採用で入社してきて……?
ちっちゃな婚約者に婚約破棄されたので気が触れた振りをして近衛騎士に告白してみた
風
BL
第3王子の俺(5歳)を振ったのは同じく5歳の隣国のお姫様。
「だって、お義兄様の方がずっと素敵なんですもの!」
俺は彼女を応援しつつ、ここぞとばかりに片思いの相手、近衛騎士のナハトに告白するのだった……。
不幸体質っすけど、大好きなボス達とずっと一緒にいられるよう頑張るっす!
タッター
BL
ボスは悲しく一人閉じ込められていた俺を助け、たくさんの仲間達に出会わせてくれた俺の大切な人だ。
自分だけでなく、他者にまでその不幸を撒き散らすような体質を持つ厄病神な俺を、みんな側に置いてくれて仲間だと笑顔を向けてくれる。とても毎日が楽しい。ずっとずっとみんなと一緒にいたい。
――だから俺はそれ以上を求めない。不幸は幸せが好きだから。この幸せが崩れてしまわないためにも。
そうやって俺は今日も仲間達――家族達の、そして大好きなボスの役に立てるように――
「頑張るっす!! ……から置いてかないで下さいっす!! 寂しいっすよ!!」
「無理。邪魔」
「ガーン!」
とした日常の中で俺達は美少年君を助けた。
「……その子、生きてるっすか?」
「……ああ」
◆◆◆
溺愛攻め
×
明るいが不幸体質を持つが故に想いを受け入れることが怖く、役に立てなければ捨てられるかもと内心怯えている受け
伯爵令息アルロの魔法学園生活
あさざきゆずき
BL
ハーフエルフのアルロは、人間とエルフの両方から嫌われている。だから、アルロは魔法学園へ入学しても孤独だった。そんなとき、口は悪いけれど妙に優しい優等生が現れた。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる