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共通ルート
2話 常連客
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「お待たせいたしました。ご注文のペスカトーレ・ビアンコでございます」
「ありがとう~」
それまで気だるそうにスマホをいじっていたお姉さんは、俺が彼女の注文した料理を持ってきたことを確認すると俺の目を見てにっこりと笑ってくれた。
ヤバ、今のドキッとした。
「ご注文の品は以上でよろしいでしょうか」
「はい♪」
平静を装ってマニュアル通りのセリフを言う俺の姿を楽しそうに見つめてくる彼女。
「……ごゆっくりどうぞ」
……ヤバっ! 今、彼女に見惚れちゃって一瞬ボーっとしてしまった。ダメだ俺、日々症状が悪化している。
彼女に見惚れていた時の俺の視線、もしかしたら割とキモかったかもしれない。気をつけなきゃ。というかさっさと仕事に戻ろう。名残惜しいけど。
今、ちょっとした視線と短い会話だけで俺をドロドロに溶かしてきた素敵なお姉さんは、俺のバイト先の常連客だった。
うちの店がよほど気に入ってくれているようで、ディナーの時間帯にバイトを入れているとかなりの確率で来店してくれる。
そして俺がバイトをしているところは地元の人しか知らない穴場のイタリアンレストランで、全部でテーブルが八卓しかない小さい店だから、基本的に同時間帯に働くバイトは一人だけ。
つまり、俺がバイトをしている間に彼女が来店してくれたら、確実に俺が彼女の接客を担当することになる。
……もうね、最高の職場としか言いようがないよね。そこまで忙しくもないし、他のバイトをしたことがないから比較はできないけど変な客も少ない方だと思うし、店長も優しい人だし、まかないもおいしいし、何よりも最高の常連客がいるし。
大学卒業まで続けよう、このバイト。というか人生初のバイト先がこんなにも素晴らしい職場だなんて、きっと俺の普段の行いがよっぽど良かったんだと思う。
なんとか彼女から視線を外して仕事に戻ったものの、たまたま今、彼女以外のお客さんがいない状況だから少し手が空いてしまった。厨房にいる店長の様子を見てみたけど店長も暇そうにしている。
よし、特に手伝うこともなさそうだな。ちょうど良い。少しボーっとしながらあの日のことを思い出してみよう。
「あっ、えっ、うわああー!」
「……きゃ!?」
「あっ! や、ヤバ……! も、申し訳ございません! すみません! 本当にごめんなさい! ヤバ、ど、どうしよう……。店長! 店長!!」
「どうした!?」
それは、飲食店バイトの初心者にありがちなイベントだった。運んでいたものをうっかりこぼしてしまうというやつね。
でも俺の場合は「こぼしたもの」と「こぼした場所」が考えられる最悪のパターンだった。鮮明な赤のブラッドオレンジジュースを、白っぽい色のお客さんのスカートに派手にぶっかけてしまったからね。
慌てて思いつく範囲のあらゆる謝罪の言葉を次々と口にしながら店長を呼んだんだけど、うちの店の店長って本人が「店長」と呼ばれたがっているからそう呼んでるけど実はオーナーシェフで、調理中は呼ばれたからってすぐに持ち場を離れられる訳ではないんだよね。
ちょうどその時も調理中だったのか、店長は俺のところに来てはくれず、厨房内から大声で「どうした!?」と返事をするだけだった。
ますますパニックに陥ってしまう俺。その時、俺を救ってくれたのは、なんと俺にジュースをかけられたお客さんだった。
「大丈夫だから落ち着いて? とりあえずおしぼりか何か持ってきてもらっていいですか」
「……あっ、はっ、はい!!」
彼女は新人店員に迷惑をかけられたことに対して怒ることもなく、また嫌味を言うこともなく、逆にどちらかというと穏やかな表情で慌てふためいている俺を落ち着かせようとまでしてくれた。
その後、駆け付けてくれた店長と一緒に平謝りして、店長からお客さんにクリーニング代を支払う、万が一綺麗にシミが消えないなら全額弁償するとの提案があったんだけど……。
彼女は「いつも美味しい食事をさせてもらってるし、大丈夫ですよ」と言って笑って許してくれた。最終的には店長がどうしてもと言ってクリーニング代を強引に渡したみたいだけど。
そして飲食店の店員に迷惑をかけられても全く嫌な顔をせずに許してくれた優しさやその言動から滲み出ている「大人の余裕」に感銘を受けた俺は、その日から彼女のことが気になりはじめ……。
気が付いたら毎日彼女がお店に来てくれるのを心待ちにしていて、彼女に会えるからという理由でバイト自体を楽しみにしている自分がいた。
見たか。これが童貞よ。女性にちょっと優しくされたらすぐに好きになってしまう。
でもまあ、純粋に相手の「外見」に一目惚れした初恋の時とは違い、どちらかというと彼女の「内面」が好きになったきっかけだという点では少しは成長したと思う。
……とはいっても常連客の彼女、めちゃくちゃ美人だから「内面に惹かれた」という言葉にはあまり説得力がないかもしれないけど。
「ありがとう~」
それまで気だるそうにスマホをいじっていたお姉さんは、俺が彼女の注文した料理を持ってきたことを確認すると俺の目を見てにっこりと笑ってくれた。
ヤバ、今のドキッとした。
「ご注文の品は以上でよろしいでしょうか」
「はい♪」
平静を装ってマニュアル通りのセリフを言う俺の姿を楽しそうに見つめてくる彼女。
「……ごゆっくりどうぞ」
……ヤバっ! 今、彼女に見惚れちゃって一瞬ボーっとしてしまった。ダメだ俺、日々症状が悪化している。
彼女に見惚れていた時の俺の視線、もしかしたら割とキモかったかもしれない。気をつけなきゃ。というかさっさと仕事に戻ろう。名残惜しいけど。
今、ちょっとした視線と短い会話だけで俺をドロドロに溶かしてきた素敵なお姉さんは、俺のバイト先の常連客だった。
うちの店がよほど気に入ってくれているようで、ディナーの時間帯にバイトを入れているとかなりの確率で来店してくれる。
そして俺がバイトをしているところは地元の人しか知らない穴場のイタリアンレストランで、全部でテーブルが八卓しかない小さい店だから、基本的に同時間帯に働くバイトは一人だけ。
つまり、俺がバイトをしている間に彼女が来店してくれたら、確実に俺が彼女の接客を担当することになる。
……もうね、最高の職場としか言いようがないよね。そこまで忙しくもないし、他のバイトをしたことがないから比較はできないけど変な客も少ない方だと思うし、店長も優しい人だし、まかないもおいしいし、何よりも最高の常連客がいるし。
大学卒業まで続けよう、このバイト。というか人生初のバイト先がこんなにも素晴らしい職場だなんて、きっと俺の普段の行いがよっぽど良かったんだと思う。
なんとか彼女から視線を外して仕事に戻ったものの、たまたま今、彼女以外のお客さんがいない状況だから少し手が空いてしまった。厨房にいる店長の様子を見てみたけど店長も暇そうにしている。
よし、特に手伝うこともなさそうだな。ちょうど良い。少しボーっとしながらあの日のことを思い出してみよう。
「あっ、えっ、うわああー!」
「……きゃ!?」
「あっ! や、ヤバ……! も、申し訳ございません! すみません! 本当にごめんなさい! ヤバ、ど、どうしよう……。店長! 店長!!」
「どうした!?」
それは、飲食店バイトの初心者にありがちなイベントだった。運んでいたものをうっかりこぼしてしまうというやつね。
でも俺の場合は「こぼしたもの」と「こぼした場所」が考えられる最悪のパターンだった。鮮明な赤のブラッドオレンジジュースを、白っぽい色のお客さんのスカートに派手にぶっかけてしまったからね。
慌てて思いつく範囲のあらゆる謝罪の言葉を次々と口にしながら店長を呼んだんだけど、うちの店の店長って本人が「店長」と呼ばれたがっているからそう呼んでるけど実はオーナーシェフで、調理中は呼ばれたからってすぐに持ち場を離れられる訳ではないんだよね。
ちょうどその時も調理中だったのか、店長は俺のところに来てはくれず、厨房内から大声で「どうした!?」と返事をするだけだった。
ますますパニックに陥ってしまう俺。その時、俺を救ってくれたのは、なんと俺にジュースをかけられたお客さんだった。
「大丈夫だから落ち着いて? とりあえずおしぼりか何か持ってきてもらっていいですか」
「……あっ、はっ、はい!!」
彼女は新人店員に迷惑をかけられたことに対して怒ることもなく、また嫌味を言うこともなく、逆にどちらかというと穏やかな表情で慌てふためいている俺を落ち着かせようとまでしてくれた。
その後、駆け付けてくれた店長と一緒に平謝りして、店長からお客さんにクリーニング代を支払う、万が一綺麗にシミが消えないなら全額弁償するとの提案があったんだけど……。
彼女は「いつも美味しい食事をさせてもらってるし、大丈夫ですよ」と言って笑って許してくれた。最終的には店長がどうしてもと言ってクリーニング代を強引に渡したみたいだけど。
そして飲食店の店員に迷惑をかけられても全く嫌な顔をせずに許してくれた優しさやその言動から滲み出ている「大人の余裕」に感銘を受けた俺は、その日から彼女のことが気になりはじめ……。
気が付いたら毎日彼女がお店に来てくれるのを心待ちにしていて、彼女に会えるからという理由でバイト自体を楽しみにしている自分がいた。
見たか。これが童貞よ。女性にちょっと優しくされたらすぐに好きになってしまう。
でもまあ、純粋に相手の「外見」に一目惚れした初恋の時とは違い、どちらかというと彼女の「内面」が好きになったきっかけだという点では少しは成長したと思う。
……とはいっても常連客の彼女、めちゃくちゃ美人だから「内面に惹かれた」という言葉にはあまり説得力がないかもしれないけど。
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