王女の夢見た世界への旅路

ライ

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第13章 2度目の学園生活

104 追憶の旅路-不器用な人

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 グラビスの言葉になんて不器用な人なのだろうと思った。元々不器用だとは思っていたが、ここまで来ると筋金入りだ。
 ラティアーナの頃も女王になった時に娘だと思っていたと聞かされた。
 けれど、あの時は私の魔力が低く王族として相応しくないから距離をとっていたのだと考えていた。状況から考えても彼の本心を推測できるはずもなく、言ってくれなければ分かるはずもない。

「あなたは言葉が足らなすぎる……」

 まさか、女王になってから多少は距離を詰めて親子として接していたつもりだったのに、30年経ってから父の本当の想いを知るとは考えてもみなかった。

「王族として言質を取られないためには仕方のないことだ。少なくとも王でいる間は本心など話すものではない」

 私も人のことは言えない気がするけれど、グラビスの全てを抱え込む性格に段々と怒りが湧いてきた。
 せめて国王を退位した後は本音を語ってくれても良かったはずだ。母とのことだって真実を話してくれても良かったはずだ。
 まだ彼らには全てを伝えるつもりではなかったけれど、言っておかなければ気が済まない。

「だとしても信頼できる相手……それこそ家族などには伝えても良かったでしょう?」

「……後から伝えたところで言い訳にしかならん。無駄に苦しめてしまうだけだ」

「真実が幸せなものかは分からないけれど、知らないまま過ごすのは虚しいだけだと思います。少なくとも前に進むためには知らなくてはならないもの」

 真実は人の数だけ存在する。それを知った人がどのような感情を抱くのか、真実の内容や受け取った人によって異なるものだろう。
 けれど、それが苦しかったとしても知らないままでは決別することはできない。前に進むこともできずに停滞したままになってしまう。

「お前に何が分かる……」

「残された人の想いも、残して逝ってしまった人の想いも知っているわ」

 幼く記憶が朧気だったとしても悲しさや寂しさは現在も色濃く残っている。悪魔との戦いで相打ちを覚悟した時の恐怖や嫌悪感も忘れることはないだろう。
 理解はできなくても身をもって知っている。

「ティアラ様が亡くなったのはバルトロスのせいで、ラティアーナが亡くなったのは悪魔のせい。誰かが悪いわけでも、あなたのせいでもない」

 私の言葉にグラビスが息をのみ、目だけが大きく見開かれた。

「少なくともラティアーナは大切な人たちに生きていて欲しかった。その中には、当然父のあなたも含まれているわ。彼女のためを思うのなら前を向いて生きてほしい。今を生きる家族や大切な人たち……彼女が愛したエルペルト王国を守るために力を尽くしてほしい」

「お前は……まさか」
「今の私はただのティアです。それでは失礼しますね」

 私はグラビスの縋るような声を遮るようにして退室の挨拶をした。
 せっかく再会したのだから親子として接したい思いもあるが、どうせなら楽しい会話を楽しみたい。
 少なくとも今ではないだろう。

「……次は楽しい時間を期待してますね。お父様」

 部屋を出る直前、聞こえるかどうか分からないくらい小さな声で呟いた。
 扉が閉まる少しの間に見えた彼の表情は少しだけ柔らかくなっていた気がした。



 グラビスはティアを見送った後、大きく息を吐いて椅子に身体を預けた。
 感情がぐちゃぐちゃに絡みあっているが、少なくとも負の感情はそれほど多くない。
 久しぶりに晴れた空を見上げたような気分だった。

「すっきりした顔をしてますね」

「レティシア……お前は最初からこうなると考えていたのか?」

 この城の領主の間の隣には隠し部屋が存在する。
 本来は護衛が隠れるための場所だが、今回のような使い方をすれば話を盗み聞くことも可能だった。
 レティシアからの珍しいお願いだったこともあって許可していたが、ティアのことを知っていたのだろうかと怪訝な表情で問いかける。

「コルネリアスの……王太子の妃となる可能性がある相手ですよ。そもそもグラビスだって調べていたでしょう?」

「だが、私の調べでは優秀な平民としか判断できなかった……まさかラティアーナの生まれ変わりだとは想像すらしていなかった」

 ティアの情報を収集してもおかしなところはなかった。
 他国の出身ということで警戒こそしていたものの入国してから怪しい動きは見せていない。
 王立学園の様子を見ても優秀ではあるが、平民として学ぶことができる知識と所作にしては優秀だという話だ。

「ラティアーナは一度見れば大抵の物事は模倣できます。元々、お忍びで街を歩いてましたし、意図的に所作のレベルを下げることも他人の振る舞いを参考にして馴染むことも難しくないでしょう。それに監視に気付いたうえで動いている節には覚えがありましたから」

 レティシアがティアの立ち回りには心当たりがあると告げるとグラビスは苦い顔をした。

「心配しなくても何もしませんよ。負けを認めたあの日から、わたくしは彼女の味方になったのですから」

 レティシアがラティアーナを敵視していたのは王位継承争いで一番の障害になるとの直感があったからだ。
 当時は王宮や城で様々な工作を行い、一度だけ警告目的で闇稼業の人間に襲わせたこともあった。
 けれど、ラティアーナが王位につくことが決まった時に味方になると決めている。一度取り決めた約束は、王侯貴族の誇りにかけて破ることはない。

「だが確信があったわけではないのだろう?」

「もちろん集めた情報だけでは可能性がある程度にしか考えていませんでした。けれど、今日彼女のことを目にして確信しました。あの子は、かつてわたくしが一番警戒していたラティアーナその人だと」

「……皮肉なものだな。守るために距離をとった私ではなく、勝つために注意深く見ていたレティシアが見抜いたわけか」

「これから見ていけば良いではありませんか?あの子の、ティアの味方になるのでしょう?」

「あの二人であれば今の王宮や貴族相手でも問題ないだろう。王族としての器も何もかもが私より上だ。もちろん味方にもなるし助力も惜しまないつもりだ……今更かもしれないがな」

 グラビスはレティシアの問いに頷くと久しく見せていなかった笑みを浮かべた。
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