王女の夢見た世界への旅路

ライ

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第11章 壊れかけのラメルシェル

19 戦い明けの小憩

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 ドルバイド帝国との衝突があった翌日。

 ラメルシェル王国の西部戦線では慌しい時間が過ぎていた。
 コルキアスが放った雷の雨は、都市結界によって防いだが、維持するための魔力が尽きかけたことで結界は既に解除されている。
 帝国軍が撤退した今、結界がなくても元々の防衛体制に戻るだけのはずだったが、いくつかの問題が発生していた。

 まず砦の警備も兵士の数が大きく減り負傷者が多く出たことだ。
 一つの街でもあるこの場所を守るためには四方の門だけでなく壁にも見張りが必要だが、一日をローテーションするには動ける人数が足りない。

 さらには負傷者の治療ができていないことだ。
 ただでさえ少ない治癒魔術士が減り補給できたポーションなどの薬品類も底をついてしまった。
 それでもなんとか一命を取りとめることはできたが完全回復させるのは難しくなっている。

 その上、ドルバイド帝国軍に打撃を与えていても先日の部隊はあくまで先遣隊。
 数日以内に本隊による大攻勢があると考えられていて戦線内は暗い空気が流れていた。



 そして、その日の昼下がり頃。
 紫陽はティアが寝ている部屋を訪れるところだった。
 まだ意識が戻ってないかもしれないが念のためと思い扉を軽くノックする。すると「はい」と少し元気のなさそうなアイラの声が聞こえてきた。

「入りますね」

「紫陽さん……」

 部屋の中に入るとベッドの上ではティアが寝ていて、そのすぐ近くにはアイラが座っている。
 ティアの様子を窺うとまだ意識は戻っていないようだった。少し息を荒くしていて顔も赤くなっており大分辛そうに見える。

「アイラさんはもう起きて大丈夫なのですか?」

「おかげさまで治療を受けることができましたから……」

 アイラはもう完治しているから大丈夫だと紫陽に告げる。
 だが、大丈夫だと告げるその表情はどこか暗いものだった。

「ティアさんは?」

「怪我はないですけど……魔力と体力の消耗で体が相当弱っているみたいです」

 今日の朝のアイラの意識が戻った後。
 ティアとアイラの二人は念のため、治癒を得意とする魔術士と医療の心得がある者に診てもらっていた。
 結果としてはティアは怪我などの外傷はなく、アイラも完治しているとのことだ。
 しかし、ティアについては体の生命活動自体が弱まっているらしく治癒魔術や薬では効果がないとも言っていた。
 アイラは朝の出来事を思い出しながらティアの状況を説明する。

「そう、ですか……」

 ティアの容体が思ったよりも悪いことを聞いた紫陽は悔しそうに手を握る。
 そのまま、何も言葉にすることができず二人して無言の静寂な時間が流れる。

 紫陽も理解はしていたのだ。アリーナを通してティアの体を初めて見たその時から無茶ができないことを。
 けれど、島からの脱出から今まで大きな戦いを繰り返しても元気そうな様子を見せていて、周りにいる皆を引っ張って戦いに赴く強い姿を見て、どこかなんとかしてくれると思ってしまっていた。
 ティアであれば、どんな困難な状況でも覆してくれると期待を押しつけてしまっていたのだ。

「紫陽。そんなに思い詰めることはないわ」

 突如、何もいない空間が声が聞こえてきて紫陽とアイラははっと振り向く。二人の視線の先には魔力の光が集まって徐々に人型の輝きを見せていた。

「ティアとの繋がりを持ってからそれほど経っていないけれど。彼女から感じる心には、押し付けられたというものはないわよ」

「プレアデス様……」

 それは実体化して誰からも認識できるようになったプレアデスだった。紫陽とアイラに「こうして姿を見せるのは久しぶりね」と微笑みを向ける。

「ティアは懐に入れた人を、大切な人のためなら無茶をする子よ。でもそれは偽善的なものじゃなくて、あくまでティア本人の願いのためだから」

 仮契約であってもティアとプレアデスの間には魂同士の繋がりがある。普段は念話のように意図的に念じなければ伝わったりはしないが、時折感情が昂ったり眠ったりしていると思いや夢の残滓が流れてくることがあった。

 プレアデスから見てティアは大切な人を失うことを何よりも恐れている。そして自身が大切だと思っている人からの情を何よりも欲しているのだと察していた。

「まぁ安心しなさい。今回ティアが寝込んでいるのは元々弱い体が消耗に耐えられなかっただけだから。休めば良くなるわ」

 魂自体がどうにかなったわけではないと告げると紫陽とアイラは共に安堵したように「良かった……」と呟いた。肩の力も抜けたようで少しだけ表情に明るさが戻る。

 すると、プレアデスが「ん?」とどこか遠くを見てから光の粒子となって空気中に溶けていく。精霊の実体化を解いたのだろうなと考えているところにコンコンとノックする音が響いた。

「アルケーノだ……今入ってもいいか?」

「お父様?私は構いませんが……」

 アイラが紫陽に確認するような視線を向けてきたので「私も大丈夫です」と答えた。
 少ししてゆっくりと扉が開きアルケーノが遠慮がちに部屋の中に入ってくる。

「紫陽殿。今回は色々と助かった……先の防衛や物資もそうだが、アイラのことも助けてくれてありがとう。本当ならお礼をしたいところだが……今は返すことができそうにない。いつかこの状況が落ち着いたら返させてもらう」

「お礼ならティアさんにでも。島でずっと一緒にいたのは彼女ですし……どちらかといえば私や黒羽の方が助けてもらったと思ってます」

 紫陽もこの短い日数とはいえ深い付き合いをしてきた。アイラのことも友人とも思っているが、だからこそ助け合うのは当たり前だと考えている。
 そもそも捕まってくれた状態をティアやアイラたちが助けてくれたのだ。どちらかといえばお礼を言うのは紫陽や黒羽の方だろう。

「ティア殿が目覚めた後にまた伺わせてもらう……それと、済まないのだがこれからのことで話をしたい。できればティア殿が目覚めてからの方が良いのだがあまり時間もなくてな。明日にでも黒羽殿とも合わせて良いだろうか?」

「構いません。私も話したいと思ってましたし」

「ありがとう。それからアイラ……これから一緒に行きたい場所があるのだが、今いいだろうか?」

「良いですよ」

 アルケーノはアイラの返事にどこかホッとした様子を見せて「ではいこうか……紫陽殿もこれにて失礼する」と告げた。紫陽に簡単に会釈をするとアイラを伴って部屋を出て行った。

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