王女の夢見た世界への旅路

ライ

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第11章 壊れかけのラメルシェル

29 ルドルフ・シャッハ

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 一方で黒羽とルドルフの戦いは熾烈を極めていた。

 黒羽が刀を主体とした接近戦で挑むのに対し、ルドルフも薙刀と体術を主体にした近接戦で受け止める。
 ティアとコルキアスのような広範囲に及ぶ派手な魔術戦とは打って変わって力と力、武器と武器をぶつけ合う静かな戦いを繰り広げていた。

「ほう……コルキアスが倒されたか。我が相手したほうが良かったのかもしれんな」

 ティアが最後に放った巨大魔力弾による砲撃を見たルドルフは意外そうに呟く。

「はぁはぁ……安心するといい。すぐに同じ思いをさせてやる」

「いや無理だな。お前では我に勝てん。その程度で破られるほど青龍の名は安くない」

 黒羽は刀を突き出すと「瞬閃」と呟いた。次の瞬間には刀の切っ先がルドルフの喉元に現れるがその前に薙刀によって薙ぎ払われて刀の軌道がずれる。

「っ……爆炎」

 黒羽とルドルフの間に業火が巻き起こる。炎は球状に圧縮された直後、大爆発を起こした。

 爆炎は下級ではあるが射程が短い代わりに威力の高いこの技は、消費魔力の少なさもあって万能な霊術でもある。

 炎と衝撃がルドルフを包み込み一帯が煙に覆われた。しかし煙が晴れると無傷の状態で佇んでいる。

「全く効かないか……」

 爆発の衝撃を利用して距離を取った黒羽は悔しそうに唇をかみ締める。

「力も強く速度もある。魔術も速度、威力ともに申し分ないだろう。だが我々を相手にするには足りんな」

 黒羽も幼い頃から鍛錬していたこともあって個々の技術だけ見ればルドルフに勝てないまでも並び立つことくらいはできる。
 しかし19歳という若さと環境が相俟って実戦経験はあまりなかった。それこそ、ほとんどが魔物との実戦で対人戦は稽古や試合形式のものばかりだ。
 その経験の差がこの戦いにおいては顕著な差となる。

 ルドルフは薙刀の扱いが異常に上手だった。どのように斬りこんでもいなされて返す刀を瞬時に向かってくる。
 たとえ、それを忍んだとしても脚蹴りを主体とした二撃目が存在していて、黒羽も何度も蹴り飛ばされていた。

 霊術を挟んでも速度や力で押しても読まれたような動きで隙がない反撃をしてくるそんな男だった。
 しかも、魔術による攻撃を一度も使っていないのだから質が悪い。

「だとしても、このまま敗れるわけにはいかない」

「だが結果は変わらん。コルキアスを倒した少女はすぐには動けないだろう。後ろの少女も支援としては優秀だが我を直接相手するには力不足だ」

 現状でルドルフと戦うことができるのは黒羽のみだろう。
 ティアは近くで膝をつき肩で息をしていて直ぐに参戦はできそうにない。そして紫陽は様々な意味で参戦できない。
 そもそもルドルフのほうが強いが黒羽を無視して紫陽を狙えるほど実力差があるわけじゃなかった。だからこそ後方で距離をとっている紫陽は安全な場所から霊術による支援ができているわけだ。
 しかし、距離がある状態で攻撃系の霊術を使っても効果はあまりない。となれば距離を詰めることは必然になるのだが、ルドルフの間合いであれば黒羽と紫陽の二人を同時に相手にして倒される危険性もあった。

 そして、紫陽の役目は支援だけではない。

「悔しいがこのまま戦い続けても十中八九敗れるだろう。できれば手の内を暴いておきたかったが……」

 黒羽は一瞬だけ視線を外して後ろにいる紫陽を見やった。
 黒羽の位置を察した紫陽は言葉を口にすることなく首を縦に振る。

「……なにをするつもりだ?」

 黒羽と紫陽の無言の合図を感じ取ったルドルフは怪訝な表情で二人を見やる。

「フリーダ完全同調。荒れ狂え、暴風刃!」

 黒羽の答えは精霊フリーダとの完全同調。瞬間的に増大した魔力を放ち、暴風を圧縮して創り出した無数の刃を刀に纏わせる。

「むっ!?」

 そして、黒羽は全力で駆け抜けて距離を詰めるとルドルフに対して刀を振り下ろした。
 ルドルフは薙刀で受け止めるが急に上がった速度と力の前に受け流すことができないかった。驚きの声を上げて目を見開いたまま真正面から受け止める。
 だが、ここにきて初めて黒羽とルドルフの鍔競り合いが発生した。

「アリーナ。同調、憑依……全解放!」

 紫陽は自身の精霊と同調させると同時に精霊を身体に宿す。さらに、ティアと同じように精霊の力を解放し膨大な魔力が吹き荒れた。

「むっ!?魔力だけじゃない……なにをした!?」

「あれが私たちの切り札。悪いがこのまま大人しくしていてもらう!」

 ルドルフも危険を感じたようだが黒羽が妨害を許さない。
 黒羽とルドルフが刀と薙刀を交えて動きを止めている間に紫陽が桜陽を地面に刺して口を開く。

「桜陽。咲き狂いなさい!」

 地面に刺さった桜陽の刀身を基点に地面がひび割れていく。
 中から紅い光が浮かび上がって周囲を照らすと紅色の魔力が上へと伸びだした。それは巨大な樹木のように成長していく。

「あの紅い樹は……魔力を吸っているのか!?」

 紅い大樹は地面に根を張り空へと枝を伸ばしていく。そして、大地や大気中に存在する魔力を吸収し紫陽やアリーナの魔力を養分として花を咲かせていく。

 その光景を見たルドルフは顔を引き攣らせて「大海」と呟いた。

「っ!?」

 ルドルフと鍔競り合いをしていた黒羽は慌てて後ろに下がる。ほぼ同時に、ルドルフの足元から水柱が噴きあがった。
 更にルドルフを中心に半径10メートルくらいを円を描くように、いくつもの水柱が出現する。

「お前もコルキアスとの戦いで見たのなら知っているだろう?我々の武具には伝説の獣が使われていると。我が扱う青龍は自然と生命を象徴すると言われている。当然、この薙刀も同じだ」

 顕現した水は聖なる光を帯びてルドルフの周囲を包み込むように広がり始める。巨大な水の柱だったものは水の塊から水滴へと代わり、次第に霧へと変化していった。

「だが此方のほうが早い!紫陽様!」

「桜陽。散華!」

 紫陽の言葉と同時に紅い大樹は紅い粒子となって戦場を舞い踊る。
 それらの大半がルドルフの元に降り注ぐと霧とぶつかり合った。

 戦場一帯が二つの混ざり合った膨大な魔力に包み込まれ紅い光に照らされる。
 次いで、とてつもなく大きな衝撃が駆け巡り、大地を揺らした。
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