王女の夢見た世界への旅路

ライ

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第13章 2度目の学園生活

42 レイガード侯爵との問答

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「おお、コルネリアス殿下、カトレア男爵夫人!ご無事でしたか」

 森へ脱出した私たちを迎えてくれたのは紋章が付いている鎧を身につけた人たちだった。そこには、いくつかの結界やテントが建てられていて魔物が侵入できない陣地のような場所になっていた。
 その中にいる外套を纏った1番偉そうな人は、私たちの姿を見つけると大きな声を上げて駆け寄ってくる。

「レイガード侯爵。2人を救出することができた。先に外に出た者たちはどちらに?」

「彼らでしたら、あちらのテントで保護しております。それにしても、こちらが援軍を再編成する前にお戻りになられるとは流石は王太子殿下とカトレア男爵夫人ですなぁ」

 レイガード侯爵は軽薄そうな笑みを浮かべていた。敵意こそ感じないものの何を考えているか分からない印象だ。

「しかし、アスカルテ公爵令嬢。親しい仲とはいえ王太子殿下を危険に晒すなど貴族としてあるまじき行為ではないですかな?」

「……そうですね。想定外の事態が起きたとはいえ弁明のしようもありません。ですが、優秀な調査団が調べ尽くしたはずの階層で、あのような危険な罠があるなど予想もしていなかったのですよ」

「それがですね……数日前までは何もなかったはずなのですよ。ですが、王立学園の演習のために入り口の警備を緩めていましたからな。何者かが仕組んだ可能性も否定できません。もっとも罠が元々仕掛けられていて、何らかの条件によって作動した可能性もありますけどね」

 アスカルテがレイガード侯爵の追及に対して、言外にレイガード侯爵の責任だと指摘する。だが彼は調査団に一切非はないと言って私の方に顔を向けた。

「そう言う意味では王立学園の生徒に諜報員がいたという可能性もあるのではありませんか?平民は貴族と違い身元が保証されませんからな。住民登録さえ済ますことができれば生徒として学園に入り込むこともできるでしょう?」

「……ティアがそうだとでも?」

 コルネリアスは私を庇うかのように、レイガード侯爵との間に立ち塞がって反論する。
 だが、レイガード侯爵はわざとらしく首を大きく横に振るだけだった。

「まさか。私は別に誰とは言っておりませんよ。あくまで可能性の話をしただけですから。ただ聞いた話では、とある平民の女が殿下にご執心とかいう噂も耳にしますからな。所詮は噂とはいえ信じてしまう者はいるかもしれませんし、未来の王妃とも名高いアスカルテ様を蹴落としたいと考える者がいる可能性もありますでしょう?」

「可能性の話をすればキリがないだろう。他国の諜報や裏切りが身分に関係ないことはレイガード侯爵もよく知っているはずだ。それに私とアスカルテは幼いころから親しくしているそれだけだ。少なくとも現時点では誰とも婚約関係にはない」

「失礼しました。私も噂を信じているわけではありませんが、隙を見せれば足元を掬われますからな。杞憂だったようで何よりです」

 レイガード侯爵は笑みを浮かべたまま一礼すると、陣地の奥へと消えていった。
 それを見送って姿が見えなくなったことを確認したコルネリアスは、大きく息を吐いて憂鬱そうに口を開く。

「全く……喰えない奴だ。一体何を考えているのか……」

「いざという時はわたくしが対応しますので安心してください。王立学園は国王陛下直轄の学園……どのような貴族であっても干渉できませんから」

 カトレアはそう言って他の人たちが保護されているというテントに向かっていった。去り際に私に視線を向けてきたところを見ると何か話があるらしい。
 誰にも気付かれないように静かに頷くとカトレアは満足そうな表情で笑みを浮かべていた。

「わたくしの方でもレイガード侯爵の動向を探っておきますわ」

「ああ。頼む」

 レジーナはそう言ってカトレアの後を追っていった。
 彼女が調べてくれるなら少しは安心できそうだ。

「それにしても……レイガード侯爵家とは仲が悪いのですか?」

 レイガード侯爵領は王都の南側と隣接している中規模の領地だ。領地の広さだけで見れば他の侯爵領と比べると小さいが、王都の南側の交通の要所として機能しているだけでなく豊饒な土地を生かして農産物の生産も多く貴族としての力は強いだろう。
 歴史書によれば100年くらい前に当時の国王の弟が戦争で戦果を上げたことで褒賞として侯爵位と領地を授かったらしく、遠縁にはなるが王家の血筋にもあたる。
 コルネリアスとも遠い血縁関係に当たるわけで、私が国王だった頃は比較的友好的だったはずだ。
 私が知らない間に何があったのだろうかと尋ねてみると、コルネリアスは少し迷いを見せてから口を開く。

「レイガード侯爵家はイグニス侯爵家との仲を深めている。恐らくは次期国王にメルキアス……私の異母弟を推したいのだろうな」

 どういう事情があったのかまでは知らないがイグニス侯爵家のメリッサが側妃となったことは聞いている。

「っ!?メルキアス様のことは……」

「お披露目前といっても隠しているわけではない。話しても問題ないだろう……この先次第では無関係ではいられなくなる」

「……決めたのですか?」

 アスカルテはコルネリアスの言葉を確認するかのように問いかける。
 私には意味が分からないが2人の間では通じ合っているらしい。その事に私だけが仲間外れにされているような気がして、少しだけ嫌だという感情が湧き上がってきた。

「ああ。この数日たくさん悩んだが……私は私の気持ちに正直になろうと思う。ティア!」

「な、なに?」

 急に名前を呼ばれたことに思わず声が裏返ってしまった。
 けれど、彼は気にした素振りを見せずに言葉を続ける。

「私は王太子だ。エスペルト王国の国王の長子にして、王位継承権第一位でもある」

 もちろん知っている。今更言われなくても、何を当たり前のことをと、つい怪訝な視線を向けてしまう。

「レイガード侯爵のことでも分かると思うが貴族社会は……いや、その入口でもある王立学園でさえも様々な思惑が混ざり合っている混沌とした場所だ」

 ラティアーナの記憶を持つ私はよく知っている。かつて王女として国王として、そういった老獪な貴族たちとやり合ってきたのだから。

「私の近くにいれば否応にも巻き込まれるだろう。だから距離を取るべきだとも考えていた。だが、せっかく友人になれたのだ。遠慮したくはない」

 コルネリアスは真剣な眼で私を見つめてくる。であれば、私も本心で答えるしかないだろう。

「私も遠慮はしてほしくないです。もちろん公の場ではきちんと接しますが、私的な時や学園の中くらいでは友人として接したいです」

「では私のことは呼び捨てにして砕けた口調で話してほしい。ティアとアスカルテが気軽に話しているのが羨ましいんだ」

「わかりま……こほん。分かった。これからもよろしくね、コルネリアス」

 私とコルネリアスが微笑み合うと隣にいたアスカルテが満足そうに頷いていた。
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