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第13章 2度目の学園生活
56 八方塞がり
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「っ……」
それは慣れているはずの私でも思わず声が漏れそうになるほどの痛みだった。短剣に刺されただけで傷は浅いというのに、今まで受けてきたどの攻撃よりも痛みを感じるのは普通ではない。
「ティア!?」
「サチ。動くなといったでしょう。貴方が下手な動きを見せれば、この者をすぐに殺さなくてはならなくなる。それは望まないのでしょう?」
少し遠くではサチが思わずといった表情でかけようとしたが、男の声にびくっと身体を震わせると、その場に立ち止まる。
「私は大丈夫だから……サチ、待っててね」
咳き込んで口から血を溢しながらもサチに向けて笑顔を向ける。
すると、男は意外そうな声音で呟いた。
「意識を保つだけでなく崩れ落ちないのは流石ですね。ですが、いつまで余裕を保てるか……気になりますねぇ」
「ぐっ……」
フードを被った男は短剣を引き抜くと私のことを全力で蹴り飛ばした。男の手と床を赤く染めながら転がるように吹き飛ばされると全身がとても熱く感じる。もはや、身体のどこが痛いのか分からなくなるほどだ。
「けほっ……一体何をしぐっ……」
傷口を手で抑えながら顔を上げるとフードを被った男は私を踏みつけながらも機嫌が良さそうに説明をしてくれた。
「私も教えられただけで詳しく知らないのですが、短剣に塗った薬は感覚を鋭くするものらしいです。本来は希薄して拷問用の薬や媚薬として用いるようですがね。さて、幼い貴方では少々物足りませんが、お楽しみの時間といきましょうか?貴族が平民相手に遊んで捨てたように見せるには、陵辱してから死なないギリギリまで痛めつけ、王立学園の生徒たちに知らしめてから奴隷として売り必要がありますから……ねぇ?」
「っ……」
男はそう言うと馬乗りになって私の胸に手を伸ばしてきて、ゆっくりと撫でまわしてくる。
全身を駆け巡る感覚と嫌悪感を我慢して、伸ばしてきた手を払おうと腕をパシッっと叩いた。すると途中で男のフードに手が引っ掛かったようで、男の素顔が露わになる。
フードの下から現れたのは、額や頬に古傷がある傭兵のような壮年の男性だった。
「おや。可愛らしい抵抗ですね」
「けほっ……」
男は素顔が晒されたことを気にも止めていないようで私の首元にもう片方の手を伸ばしてくる。
私は両手で首を掴んできた手を抑えるが首を絞める力は緩まずに咳き込んでしまい涙が浮かんでくる。
「おっと……危うく殺してしまうところでした。ですが貴重な魔術具を汚すのは良くありませんね」
どうやら魔術具の腕輪が私の血で赤く汚れたことが気に食わないようだ。
血というのは魔力が豊富に含まれているもの。魔力を流して起動する系統で魔力認証がない魔術具にとっては誤作動を起こす可能性が少なからずある。貴重な魔術具を劣化させたくないというのもあるのだろう。
そのことに思わず笑みを浮かべると男は怪訝な表情で「何がおかしいのです?」と問いかけてくる。
「……その程度で使えなくなる程度の魔術具だったら王立学園の結界を超えられない。サチとユウの大切な人は安全だということでしょう?」
「甘いですね。彼の大切な人は学園内にいますし王立学園の外にも仲間はいます。魔術通信でなくとも連絡をとる手段はあるのですよ。それに王立学園の結界は次期に瓦解します。それまでの間、私は貴方で遊ぶだけです」
「……絶対に痛い目にあわせてあげるわ」
「その気概がいつまで続くか楽しみですね」
男は私の首元から手を離すと両手で私の制服を掴んできた。
私が男のことを睨みつける中、部屋の中にはビリっと布が破れるような音が響いた。
一方でサチは友人が襲われている様子を前にただ立ちすくんで見ていることしかできなかった。
商家出身であるサチは生まれながらにして貴族には及ばなくとも平民の中では多いくらいの魔力を持っている。
王立学園でもBクラスという上位の成績を修めていてティアのような例外を除けば平民の中では優秀とあいっても過言ではない。
だが魔術を学んだのは両親の知り合いから初歩的なことを教わったくらいで、本格的に学びだしたのは王立学園に入学してからとなる。それまで魔術の実践経験もなく武術の心得もなく、人間はもちろんのこと魔物との戦闘経験はない。
そのため授業で練習したとはいえ前衛で守ってくれて魔術の発動まで時間稼ぎをしてくれる人がいなければ実戦では心許なかった。
この場で、たとえ全てを捨ててティアを助けようとしても魔術が発動する前に周りにいる敵に妨害されてしまう。ティアを救うどころか逆に状況を悪化させてしまう可能性のほうが高いくらいだ。
そもそもの話、一月前にサチの目の前に男たちが現れた時点で家族と自身の命の手綱を握られている。以降は常に動向を監視されている状態で相談を始めとした下手な動きを見せることができないでいた。
サチ自身が失敗して自身の身が危険に晒されても、最悪の場合は命を落とすことになったとしても、自身のせいだとしてサチは割り切ることができるだろう。けれど、サチのせいで家族や友人が命を落とすのだけは許すことができなかった。
相手の言うことを聞いても反発したとしてもサチ自身だけでなく大切な者たちが危険に晒される。まさに八方塞がりとなっていて身動きがとれなくなっていた。
「ティア……」
サチの口から音にもならないほどの小さな声が零れ落ちる。友人であるティアが手を出されそうになっていても何もできないことに涙がポロポロと溢れて膝から崩れ落ちた。
そうしているうちに男はティアの制服を破り捨てて、その更に奥へ手を伸ばそうとしていた。
それは慣れているはずの私でも思わず声が漏れそうになるほどの痛みだった。短剣に刺されただけで傷は浅いというのに、今まで受けてきたどの攻撃よりも痛みを感じるのは普通ではない。
「ティア!?」
「サチ。動くなといったでしょう。貴方が下手な動きを見せれば、この者をすぐに殺さなくてはならなくなる。それは望まないのでしょう?」
少し遠くではサチが思わずといった表情でかけようとしたが、男の声にびくっと身体を震わせると、その場に立ち止まる。
「私は大丈夫だから……サチ、待っててね」
咳き込んで口から血を溢しながらもサチに向けて笑顔を向ける。
すると、男は意外そうな声音で呟いた。
「意識を保つだけでなく崩れ落ちないのは流石ですね。ですが、いつまで余裕を保てるか……気になりますねぇ」
「ぐっ……」
フードを被った男は短剣を引き抜くと私のことを全力で蹴り飛ばした。男の手と床を赤く染めながら転がるように吹き飛ばされると全身がとても熱く感じる。もはや、身体のどこが痛いのか分からなくなるほどだ。
「けほっ……一体何をしぐっ……」
傷口を手で抑えながら顔を上げるとフードを被った男は私を踏みつけながらも機嫌が良さそうに説明をしてくれた。
「私も教えられただけで詳しく知らないのですが、短剣に塗った薬は感覚を鋭くするものらしいです。本来は希薄して拷問用の薬や媚薬として用いるようですがね。さて、幼い貴方では少々物足りませんが、お楽しみの時間といきましょうか?貴族が平民相手に遊んで捨てたように見せるには、陵辱してから死なないギリギリまで痛めつけ、王立学園の生徒たちに知らしめてから奴隷として売り必要がありますから……ねぇ?」
「っ……」
男はそう言うと馬乗りになって私の胸に手を伸ばしてきて、ゆっくりと撫でまわしてくる。
全身を駆け巡る感覚と嫌悪感を我慢して、伸ばしてきた手を払おうと腕をパシッっと叩いた。すると途中で男のフードに手が引っ掛かったようで、男の素顔が露わになる。
フードの下から現れたのは、額や頬に古傷がある傭兵のような壮年の男性だった。
「おや。可愛らしい抵抗ですね」
「けほっ……」
男は素顔が晒されたことを気にも止めていないようで私の首元にもう片方の手を伸ばしてくる。
私は両手で首を掴んできた手を抑えるが首を絞める力は緩まずに咳き込んでしまい涙が浮かんでくる。
「おっと……危うく殺してしまうところでした。ですが貴重な魔術具を汚すのは良くありませんね」
どうやら魔術具の腕輪が私の血で赤く汚れたことが気に食わないようだ。
血というのは魔力が豊富に含まれているもの。魔力を流して起動する系統で魔力認証がない魔術具にとっては誤作動を起こす可能性が少なからずある。貴重な魔術具を劣化させたくないというのもあるのだろう。
そのことに思わず笑みを浮かべると男は怪訝な表情で「何がおかしいのです?」と問いかけてくる。
「……その程度で使えなくなる程度の魔術具だったら王立学園の結界を超えられない。サチとユウの大切な人は安全だということでしょう?」
「甘いですね。彼の大切な人は学園内にいますし王立学園の外にも仲間はいます。魔術通信でなくとも連絡をとる手段はあるのですよ。それに王立学園の結界は次期に瓦解します。それまでの間、私は貴方で遊ぶだけです」
「……絶対に痛い目にあわせてあげるわ」
「その気概がいつまで続くか楽しみですね」
男は私の首元から手を離すと両手で私の制服を掴んできた。
私が男のことを睨みつける中、部屋の中にはビリっと布が破れるような音が響いた。
一方でサチは友人が襲われている様子を前にただ立ちすくんで見ていることしかできなかった。
商家出身であるサチは生まれながらにして貴族には及ばなくとも平民の中では多いくらいの魔力を持っている。
王立学園でもBクラスという上位の成績を修めていてティアのような例外を除けば平民の中では優秀とあいっても過言ではない。
だが魔術を学んだのは両親の知り合いから初歩的なことを教わったくらいで、本格的に学びだしたのは王立学園に入学してからとなる。それまで魔術の実践経験もなく武術の心得もなく、人間はもちろんのこと魔物との戦闘経験はない。
そのため授業で練習したとはいえ前衛で守ってくれて魔術の発動まで時間稼ぎをしてくれる人がいなければ実戦では心許なかった。
この場で、たとえ全てを捨ててティアを助けようとしても魔術が発動する前に周りにいる敵に妨害されてしまう。ティアを救うどころか逆に状況を悪化させてしまう可能性のほうが高いくらいだ。
そもそもの話、一月前にサチの目の前に男たちが現れた時点で家族と自身の命の手綱を握られている。以降は常に動向を監視されている状態で相談を始めとした下手な動きを見せることができないでいた。
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相手の言うことを聞いても反発したとしてもサチ自身だけでなく大切な者たちが危険に晒される。まさに八方塞がりとなっていて身動きがとれなくなっていた。
「ティア……」
サチの口から音にもならないほどの小さな声が零れ落ちる。友人であるティアが手を出されそうになっていても何もできないことに涙がポロポロと溢れて膝から崩れ落ちた。
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