Wild Frontier

beck

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序章

存在の理由

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 初回の授業こそいきなり上級者向けのお題でかなりびっくりもしたが、講師である杉崎先生の専門は元々理論物理学で、その最先端の研究内容が超弦ちょうげん理論というものだった。

 超弦理論によると、この世界は高次元のブレーンのようなものに覆われており、我々が存在しているこの宇宙はその膜の上に乗っている三次元の水玉のようなものなのだという。

 ただその辺の話はあくまで講師紹介に伴う自身の専門分野についての解説であって、授業内容自体は物理学発展の元になった基本的なもの……場合によっては数学に分類されるような知識を、現実世界での利用例と一緒に解説するといった授業内容だった。

 個人的にはその壮大な宇宙論についてもかなり興味があったのだが、あくまで他学科向けの授業であるため内容については高校のおさらいレベルに抑えているらしい。


 第二希望だった学生が多かったのか授業の度に出席者は減っていき、教室の最前列に檜原さん、二~三列目に俺が座り、真ん中から後ろのほうには日替わりで数人が座っている、というような配置でほぼ固定となっていた。
 とは言っても先生の講義自体は非常に丁寧で、数学や物理学の知識が現実世界のどの部分で生かされているのかを解説してくれていたのもあり、脳が拒絶する事は全く無かった。

 救急車の音で有名なドップラー効果が系外惑星探査に役立ってる話とか、カーナビや地図アプリでお世話になっているGPSが実は相対性理論で有名なウラシマ効果の対策をしているという話など。

 とにかく興味深い話題が多くて、数学や物理をしっかり理解したらそこには面白い世界が広がっているんだろうなぁと感じさせるものばかりだった。


 そんなある日の授業の事だった。


 その日の授業内容は今でも強烈に覚えている。
 いつものように為になる話とその解説をいくつかしてくれた後、先生はおもむろに


「異世界があるとしたら、皆さんは信じますか?」


と皆に語りかけた。
 普段面白い話をしてくれる先生なので、今回も学生が興味を持ちそうな話を掴みにして授業を進めるのだなと最初は思っていたのだが、話の内容は次第に物理とはあまり関係無いと思われる方向に進んでいった。

 先生は「あくまで理論上の話なので、夢物語だと思って聞いてくださいね」と笑いながら前置きをし、次のように語ったのだ。


・多次元宇宙論はほぼ証明されていること
・つまり我々が生きる、この三次元宇宙とは別の三次元宇宙が無数に存在する事
・ただし我々の三次元宇宙から別の三次元宇宙への物理的干渉は理論的に不可能


 なるほど。

 結局の所パラレルワールドは存在するものの、そこに行く事は無理だって事を伝えたかったわけだ。

 万有引力が発見された頃の物理学は、観測された事象から理論を導き出すものだった。つまり実際に起きている事象を説明するために考え出されたものだ。
 しかし現在の最先端物理学では、この世界では観測し得ない事象を理論や計算によって仮説化し、科学技術が後から追いついて観測するという事のほうが多くなってきているのだ。

 例えば有名なものではヒッグス粒子がある。
 これも理論上その存在が予言され、実際にその粒子が観測されたのは50年近くも後になってからだった。

 つまり理論的には色々な事が分かってきても、それを確認・実現するための技術力はまだまだ発展途上にあり証明する事が出来ない。
 優秀な理論物理学者達はさぞ歯がゆい思いを抱えている事だろう。

 そんな事を考えていた俺に、先生はさらに別アプローチの、とても興味深い話を続ける。


・確率的に限りなく0に近いが、自分と同じ組成の生命体は無数に存在する。
・それは我々がいるこの三次元宇宙かも知れないし、隣の三次元宇宙かもしれない。


 ただの確率論の話だと解釈していた俺に、さらに驚きの言葉が続いた。


・物理的な干渉は無理であっても、精神は次元を超えて干渉する。
・同じ組成を持った生命体同士は、無意識下で情報を共有する。
・共有された情報は、既視感に似た形で知覚される。


え?……うそだろ?


に似た形で知覚される』って……



「……という学説を唱えている学者さんも居ます」


 なんだ、そういうオチだったか。
 理論的に裏付けがあるのかと思ったら、最後はオカルトチックな話題って。
 ああ、そういう展開のTV番組とかYoutube動画とかよくあるよな。信じるか信じないかは、ドーン!みたいな。
 そんなある種のツッコミのような感想を持ちながら、俺は話の途中で出てきた「既視感」という言葉を反芻はんすうしていた。それは誰にでも起こる事だが、俺自身に起きているそれは間違いなく他の人のものとは違う。

 いや、まさかなと思って先生の表情を伺うと、特に笑う様子もなく淡々と話を進めていた。むしろ授業開始時よりも真剣な眼差しだ。結構有名な学説なのだろうか?
 ふと斜め前に目を向けると、そこには少し考え込むような表情の檜原さんが座っていた。


「というわけで今日の授業はここまで!」


 そんな事を考えていた俺の気持ちをスルーするように授業は突然終わり、その直後にチャイムが鳴った。


 気になる話ではあったのだが、結局その詳細を聞くことなく俺は帰宅した。

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