Wild Frontier

beck

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第三章

渇水の町

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 一時は緩めていた追手への警戒感。
 俺達一行は目的地であるトレバーに近付くにつれ、その警戒感を強めていった。
 トレバーは現在、悪評高い領主であるザウロー家が仮統治する町だからである。

 ただ道中にあった小さな集落で集めた情報によると、ザウロー家からの使者は数か月に一度くらいしかやって来ないと言う。
 彼らの目的が、単に収税だけだからだそうだ。

 こちらとしては都合の良い情報だったが、町が危機的な状況になっている時に収税にしか関心が無いとは、本当に救いようが無い領主らしい。


 そんな情報を仕入れながらも慎重に町へと向かっていたのだが、結局何事も起きずに目的地のトレバーへ到着した。

「俺はてっきり町に近付くにつれ草木が減り、岩肌が露出しているような風景を想像していたのだが」
「ヒース様、それは砂漠周辺の風景ですよね。この辺りは降水量自体はそれほど少ないわけじゃないですし、普通に農業とかも行われているらしいです」

 ニーヴが自分の知識と、ダンケルドで聞いた情報を元に説明してくれる。

「ニーヴは町の事情とか結構詳しいんだな」
「一応トーラシア国内の主要都市については一通り勉強しました。トレバーはオリーブが有名なのですが、他にも果樹園とかも多くある町と聞いています」
「くだもの! たべたいですー!」

 プリムがすぐ食べ物の話題に走るのは、どうやら通常営業らしい。
 もし売っているなら、みんなで食べよう。

「そうか。ほどほどの降水がありながら、なぜ渇水で困っているんだろう……」
「町の内情までは、私にもちょっとわからないですね……」

 町に入ると確かに人影が全くない。
 ただし、ゴーストタウンという雰囲気でもなかった。
 人が全く居なくなった町の寂れ方は、こんなものでは無いからだ。

 辺りを見回していると、とある家の玄関付近にうずくまる老人を目にした。
 微かに身動きはしているが力が入らないのか、立ち上がれないでいる。
 どうやらベァナも気付いていたらしい。

「ヒースさん、おばあちゃんが!」

 そう言って馬車を降り、走り出すベァナ。
 彼女は女性をそっと抱き起こした。

「大丈夫ですか?」
「……シアちゃんかい? ……ごめんね……大事なお水が空に……それで……」

 意識が朦朧としているのか、うわごとのように小さな声で呟く。

「安心してください。今差し上げますので」

 すぐに背嚢の中から皮製の水袋を取り出す。
 ベァナがそれを受け取り、女性の口に少しずつ流していく。
 幸いな事に、水を飲み込むだけの元気は残っていたようだ。

 暫くすると大分回復してきたのか、倒れていた女性が礼を述べる。

「すまないねぇ、知人かと思って人違いをしてしまって。どこのどなたか存じませんが、本当にありがとねぇ」

 そう話すお年寄りの視線は、誰とも合っていなかった。
 おそらく視力が著しく低く、ほとんど見えていないのだろう。

「もし目がお悪いようでしたら、私たちで家の中までお連れしますが、家の中に入っても宜しいですか」
「何から何までほんとうにありがとう、お願い出来ますかねぇ。取るものなんて何にもない家ですので、そんなお気遣いなんて要りませんよ」

 ベァナと俺でお年寄りの手を取り、彼女の家へお邪魔する。

「セレナ、申し訳無いが娘二人と馬車の番を頼む」
「承知した」




    ◆  ◇  ◇




 女性はタバサと言い、ここで一人暮らしをしているそうだ。

「以前は息子夫婦と孫と一緒に暮らしていたんですがねぇ。税が払えず労働力として仮領主のヘイデン・ザウローに連れていかれてしまって」
「なんてひどい……」
「でも町の住民はみんな家族みたいなものでね。みんな良くしてくれるから、それでもなんとか生きては来られたけど……」

 タバサの目から大粒の涙がこぼれた。
 ベァナは彼女を安心させようとして、優しく手を握る。

 周りが助けてくれたとしても、いつも近くに誰かが居てくれるわけではない。
 年老いた身にはどんなにつらく、寂しい日々であったろう。


 しかし……
 目の不自由な老人を置き去りにして、家族を連れていってしまう。
 もはや人間の所業ではない。


 俺の心に、沸々と怒りが沸きあがるのを感じた。


 暫くするとタバサは落ち着いたようで、町の歴史について語ってくれた。

 程度な降雨と水はけの良い土地で、良質の果物が育つ地である事。
 しかし、いくら掘っても地下水が出ない事。
 前領主であるウェーバー家の先祖が、飲料用のため池を作ってくれた事。
 その後町の収益安定化の為に、ウェーバー家主導でオリーブ栽培が始まった事。
 ウェーバー家は自分でもオリーブ園を所持していて、自分の農園の収量が少ない年は町全体の税率も下げてくれていた事。
 昔から住んでいた住人からは、圧倒的な支持があった事。


 タバサの話を聞き、一つ思い当たる事があった。
 それは、このトレバーの立地に関する事だ。

 しかし今はまだあくまで仮説の状態である。
 それについては、また後で確かめれば良いだろう。


 とにかくタバサの言葉からすると、領主と住民は良い関係だったらしい。
 しかしそんなに人気のあったウェーバー家は、結果的に領主を辞した。

「私が聞いた話によると、前領主は自ら領主をお辞めになられたようですが」
「一部の住人がヘイデンの妄言もうげんを信じてしまってねぇ」
「妄言、ですか」
「前領主のマティウスさんはすぐに渇水対策をしてくれていたんです。でも一向に効果が上がらないのを見て、費用を横領してるんじゃないかとか、中にはウェーバー家自体が呪われているんじゃないかなんて声が出てきて」
「呪い──そんなもの、この世に存在するのですか?」
「もちろん大嘘ですよ。確かにマティウスさんの母君はこの地方の出身では無かったけど、とても良い人だったの。昔からの住人でそんな事言う人なんて誰もいないわ。言っていたのは移住したての一部の住民達と、あとはヘイデンが雇っていた乱暴な人たちだけね」
「人を雇ってまでそんな事をするとは……それで、その文句を言っていた人たちは?」
「ザウロー家に管理が渡って最初は喜んでたのだけれど……状況が更に悪化したので、結局ほとんど全員が町を出て行ったの。あんなに大騒ぎしていたのに、こんな簡単に出ていくなんて……」

 散々文句を言うだけ言って、思い通りにならないと放り出す。
 無責任な人間というのは時代や場所を問わず、どこでも存在するらしい。

「大体の状況はわかりました。ありがとうございます」

 話を一通り聞いた後、ふと思い出した。
 そもそも俺達がこのご婦人と話をするきっかけになったのは……

「タバサさん。そう言えばお水が、と言っておられましたが」
「いつも気を付けていたのだけど、残り少ない水瓶をうっかり倒してしまって」
「それでご近所さんを呼ぼうとしていたのですね」
「シアちゃんは全然近所では無いのですけれどね。いつもお水を分けてくれる優しい娘さんなの」

 部屋の中を見回すと、それらしい水瓶があった。
 中を見ると──確かにほとんど空の状態だ。

「なるほど、これはお困りですよね。ちょっと待っていてください」

 ベァナには暫く部屋に残ってもらい、すぐに馬車に戻った。


「ニーヴ、ちょっと仕事を頼みたい」
「え、私ですか?」
「ああ。君で無いと出来ない仕事なんだ」
「私でないと出来ない仕事?」

 そんなものがあるのかと、疑問に思うニーヴ。




「水をね、出して欲しいんだ」




    ◇  ◆  ◇




「まさか水魔法を使える娘さんまでいらっしゃったなんて!」

 仲間の中で水魔法を使えるのは『現状』ニーヴだけだ。
 俺もベァナも過去には使えていたはずではあるが、今はロック状態である。

 当のニーヴも自分の魔法で人助けが出来たのが誇らしいようだ。
 感無量と言った面持ちだった。

 老婦人が虚空を見つめながら話を続ける。

「あの、助けて頂いた上に厚かましいお願いなのですが、シアちゃんを助けていただけませんか」
「助ける、と言いますと?」
「村の溜め池に水が無くなった後、働ける者はほとんどヘイデンに連れて行かれてしまって。残った住人達は水の確保をシアちゃんだけに頼っているのです」

 わざわざ町に溜め池を作るという事は、源流が遠くにあるという事だ。
 水は生きるために必須なものだが、運ぶとなると大変な重労働になる。

 しかし魔法であれば、必要な場所で生み出せる。

「シアさんという方が、魔法で水を配っているわけですか」
「ええ。この町で水魔法を使えるのはシアちゃんだけです。彼女は本当に責任感の強い娘で文句の一つも言わないのですが、たった一人でみんなに水を配るなんて……」

 町に何人残っているのかはわからないが、町の景観がそれほど寂れていない事を考えると、まだ相当数残っているはずだ。
 その水源を一手に引き受けるなど……

 下手をすればマナ枯渇に陥って、魔法が使えなくなってしまう。
 そうなってしまったら──トレバーは間違いなくゴーストタウンへ直行だ。

「ヒース様。そのシアさんという方、放っておけないです!」

 声を上げたのはニーヴだ。
 同じ水を扱う魔法使いとして、この状況を見過ごせないのだろう。

「ああ、俺も同じ思いだ。タバサさん、そのシアさんという方はどちらに?」
「今は魔法協会に身を寄せていると聞いています」
「魔法協会──」

 俺にとって今最も気になる組織の名を、思わぬところで耳にする。


 偶然なのか。
 神のいたずらなのか。


「わかりました。まずはシアさんという方にお会いしようと思います」
「おばあちゃん。また来ますからね」

 ベァナがタバサの手を取って安心させる。
 こんな対応を自然に出来るのも、彼女の慈愛の精神によるものだろう。


 俺はその時、彼女のような存在こそ『神』と呼ばれるべきだと本気で思った。
 肝心な時に手を差し伸べてくれない神など、居ても全く意味が無い。



「ありがとう……ありがとう」



 老婦人の目に再び涙が浮かぶ。
 そして彼女は目の前の女神の手を握り、何度も何度も頷くのだった。



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