53 / 77
異世界の環境改革
研究者の仮説
しおりを挟む
「エミリさまーー!!やっと戻ってきた!!」
「僕たち、見捨てられたのかと思いましたよ!!!」
「聞いてくださいよ、最近しょうもない嘆願書ばっかり持ち込むやつが増えてきて、あとそれから――」
エミリとエネルが調査と部族の諍いを収め、渓谷から魔王城へ帰還すると同時に、執務室勤務の魔族たちが雪崩のように押しかけてきた。
待ち構えていたかのように群がり、愚痴と報告をわめき散らす。
「……帰ってきて早々に何なんですか皆さん。で、あいつは?魔王は何をしているんですか?」
問いかけると、魔族たちは顔を見合わせて妙に気まずそうにし、やがて一人が答える。
「えっと……魔王様は今、“お友達”との交流にお忙しいので……」
「……お友達?あの魔王に崇拝者はいるでしょうけど、“友達”なんていたんですか?」
辛辣なエミリの言葉に、魔族たちは特に否定もせず、そそくさと彼女を執務室の方へ誘導する。
――その途中。
談話室の扉が開いており、中から聞き覚えのある声が飛び出してきた。
「見て見てー!こうやって全部の指から別々の魔法を出せるんだよ!」
「えっ!?す、すごい!!」
「で、こうすると全部混ざって……よくわからないけど、なんかすごいのが出る!」
「すごーい!わからないけどすごーい!!」
エミリは頑丈そうな扉の陰からそっと覗き込み、思わず額を押さえた。
そこには、楽しそうに実演している魔王ゼアと、言語能力が急降下したトランベル町の魔素研究者――トリスタンの姿があった。
「……ゴホン」
わざとらしく咳払いすると、二人が同時にこちらを振り返る。
「おかえりー。待ちくたびれたよ?」
ゼアは呑気にくつろいだまま手を振った。
エミリは口元を笑みに保ちながらも、こめかみに青筋を浮かべて問いただす。
「ゼア。……仕事はどうしたんですか?私がいない間、ちゃんとやってましたよね?」
「ん?仕事なんてあったかな?誰も何も言ってなかったよ? あ!でもね、みんなから届いた数値はちゃんとトリスタンに渡したよ!」
「そう……ありがとう」
エミリは、魔王を甘やかす周囲の魔族たちを思い出し、怒りを飲み込むように深呼吸した。
「で、各地から送られてきた数値は揃ったんですか? トリスタンさん、進捗は?」
問われたトリスタンは、徹夜明けを隠しもしない髪の乱れのまま、興奮を抑えきれない表情で答えた。
「全部並べて地図に落とし込んだら、すごく面白いことが見えてきたんですよ! 僕なりに仮説を立ててみたので、後でぜひ説明させてください!」
執務室に移ると、トリスタンは待ちきれないとばかりに大きな羊皮紙を机いっぱいに広げた。
乱れた髪に寝不足の影、それでも瞳はぎらぎらと輝き、指先で地図の一点を叩く。
「ここなんです! 一番魔素の数値が低いのは、人間領に最も近い国境沿いの一帯なんですよ」
「……国境?」
エミリが眉をひそめる。
「はい。境界線に近づくと急激に値が下がり、そこから離れるにつれて少しずつ通常の数値に戻っていく。まるで人間領に近づくほど“魔素が吸い取られている”ように見えるんです」
エネルが小さく舌打ちした。
「……やっぱり人間どもが何か仕掛けてるってことか」
「それがですね、仕掛けというより……僕の仮説なんですけど」
トリスタンは羊皮紙を叩きながら、わずかに興奮を抑えた口調に切り替える。
「原因は“魔石”じゃないかと」
「魔石……」
エネルの声が低く響く。
「魔石はね、本来なら魔素の貯蓄庫なんです」
トリスタンは早口で説明を重ねる。
「魔族や魔獣が死ぬと魔素が放たれ、それが大地に染み込み、巡り巡ってまた魔族の魔力へと還る。その循環の副産物が魔石。でも人間が掘り出して魔術の燃料に使ってしまえば、本来の流れに関係のない存在が魔素を無理やり消費することになる。
だから人間領に近いほど魔素が薄くなってるんじゃないかと」
エミリは言葉を失い、唇をかみしめた。
人間の“生き延びるための行為”が、結果として魔族の根幹を揺るがしている。
「……つまり、人間は魔法を持たない代わりに、魔石を使うことで魔族から力を奪ってるってことか」
エネルの声には苦さが滲む。
「奪うつもりじゃなくても、結果的にはそうなってるのよね」
エミリは静かに頷いた。
「ふぅん。なるほどねぇ」
ゼアは相変わらず飄々と笑みを浮かべ、頬杖をついた。
「じゃあ人間が魔石を使えば使うほど、魔族はじわじわ弱くなる……ってわけか」
トリスタンが顔をこわばらせる。
「これはあくまでも僕の推測です。でも……もし人間に知られたら厄介ですよ。魔石を何としてでも獲りに来るでしょうから」
ゼアは呆然とするエミリを横目に、肩をすくめた。
「……でも面白いねー。魔法を持たないはずの人間が、魔石を通して間接的に“魔族を縛る力”を手にしてる。偶然か、それとも必然か」
「偶然にしては……都合が悪すぎる」
エミリは深く息を吐き、図を睨みつけた。
「僕たち、見捨てられたのかと思いましたよ!!!」
「聞いてくださいよ、最近しょうもない嘆願書ばっかり持ち込むやつが増えてきて、あとそれから――」
エミリとエネルが調査と部族の諍いを収め、渓谷から魔王城へ帰還すると同時に、執務室勤務の魔族たちが雪崩のように押しかけてきた。
待ち構えていたかのように群がり、愚痴と報告をわめき散らす。
「……帰ってきて早々に何なんですか皆さん。で、あいつは?魔王は何をしているんですか?」
問いかけると、魔族たちは顔を見合わせて妙に気まずそうにし、やがて一人が答える。
「えっと……魔王様は今、“お友達”との交流にお忙しいので……」
「……お友達?あの魔王に崇拝者はいるでしょうけど、“友達”なんていたんですか?」
辛辣なエミリの言葉に、魔族たちは特に否定もせず、そそくさと彼女を執務室の方へ誘導する。
――その途中。
談話室の扉が開いており、中から聞き覚えのある声が飛び出してきた。
「見て見てー!こうやって全部の指から別々の魔法を出せるんだよ!」
「えっ!?す、すごい!!」
「で、こうすると全部混ざって……よくわからないけど、なんかすごいのが出る!」
「すごーい!わからないけどすごーい!!」
エミリは頑丈そうな扉の陰からそっと覗き込み、思わず額を押さえた。
そこには、楽しそうに実演している魔王ゼアと、言語能力が急降下したトランベル町の魔素研究者――トリスタンの姿があった。
「……ゴホン」
わざとらしく咳払いすると、二人が同時にこちらを振り返る。
「おかえりー。待ちくたびれたよ?」
ゼアは呑気にくつろいだまま手を振った。
エミリは口元を笑みに保ちながらも、こめかみに青筋を浮かべて問いただす。
「ゼア。……仕事はどうしたんですか?私がいない間、ちゃんとやってましたよね?」
「ん?仕事なんてあったかな?誰も何も言ってなかったよ? あ!でもね、みんなから届いた数値はちゃんとトリスタンに渡したよ!」
「そう……ありがとう」
エミリは、魔王を甘やかす周囲の魔族たちを思い出し、怒りを飲み込むように深呼吸した。
「で、各地から送られてきた数値は揃ったんですか? トリスタンさん、進捗は?」
問われたトリスタンは、徹夜明けを隠しもしない髪の乱れのまま、興奮を抑えきれない表情で答えた。
「全部並べて地図に落とし込んだら、すごく面白いことが見えてきたんですよ! 僕なりに仮説を立ててみたので、後でぜひ説明させてください!」
執務室に移ると、トリスタンは待ちきれないとばかりに大きな羊皮紙を机いっぱいに広げた。
乱れた髪に寝不足の影、それでも瞳はぎらぎらと輝き、指先で地図の一点を叩く。
「ここなんです! 一番魔素の数値が低いのは、人間領に最も近い国境沿いの一帯なんですよ」
「……国境?」
エミリが眉をひそめる。
「はい。境界線に近づくと急激に値が下がり、そこから離れるにつれて少しずつ通常の数値に戻っていく。まるで人間領に近づくほど“魔素が吸い取られている”ように見えるんです」
エネルが小さく舌打ちした。
「……やっぱり人間どもが何か仕掛けてるってことか」
「それがですね、仕掛けというより……僕の仮説なんですけど」
トリスタンは羊皮紙を叩きながら、わずかに興奮を抑えた口調に切り替える。
「原因は“魔石”じゃないかと」
「魔石……」
エネルの声が低く響く。
「魔石はね、本来なら魔素の貯蓄庫なんです」
トリスタンは早口で説明を重ねる。
「魔族や魔獣が死ぬと魔素が放たれ、それが大地に染み込み、巡り巡ってまた魔族の魔力へと還る。その循環の副産物が魔石。でも人間が掘り出して魔術の燃料に使ってしまえば、本来の流れに関係のない存在が魔素を無理やり消費することになる。
だから人間領に近いほど魔素が薄くなってるんじゃないかと」
エミリは言葉を失い、唇をかみしめた。
人間の“生き延びるための行為”が、結果として魔族の根幹を揺るがしている。
「……つまり、人間は魔法を持たない代わりに、魔石を使うことで魔族から力を奪ってるってことか」
エネルの声には苦さが滲む。
「奪うつもりじゃなくても、結果的にはそうなってるのよね」
エミリは静かに頷いた。
「ふぅん。なるほどねぇ」
ゼアは相変わらず飄々と笑みを浮かべ、頬杖をついた。
「じゃあ人間が魔石を使えば使うほど、魔族はじわじわ弱くなる……ってわけか」
トリスタンが顔をこわばらせる。
「これはあくまでも僕の推測です。でも……もし人間に知られたら厄介ですよ。魔石を何としてでも獲りに来るでしょうから」
ゼアは呆然とするエミリを横目に、肩をすくめた。
「……でも面白いねー。魔法を持たないはずの人間が、魔石を通して間接的に“魔族を縛る力”を手にしてる。偶然か、それとも必然か」
「偶然にしては……都合が悪すぎる」
エミリは深く息を吐き、図を睨みつけた。
33
あなたにおすすめの小説
乙女ゲームの悪役令嬢の兄の婚約者に転生しましたが傷物になったので退場を希望します!
ユウ
恋愛
平凡な伯爵令嬢のリネットは優しい婚約者と妹と穏やかで幸福な日々を送っていた。
相手は公爵家の嫡男であり第一王子殿下の側近で覚えもめでたく社交界の憧れの漆黒の騎士と呼ばれる貴族令息だった。
結婚式前夜、婚約者の妹に会いに学園に向かったが、そこで事件が起きる。
現在学園で騒動を起こしている第二王子とその友人達に勘違いから暴行を受け階段から落ちてしまう…
その時に前世の記憶を取り戻すのだった…
「悪役令嬢の兄の婚約者って…」
なんとも微妙なポジション。
しかも結婚前夜で傷物になる失態を犯してしまったリネットは婚約解消を望むのだが、悪役令嬢の義妹が王子に婚約破棄を突きつける事件に発展してしまう。
【完結】転生7年!ぼっち脱出して王宮ライフ満喫してたら王国の動乱に巻き込まれた少女戦記 〜愛でたいアイカは救国の姫になる
三矢さくら
ファンタジー
【完結しました】異世界からの召喚に応じて6歳児に転生したアイカは、護ってくれる結界に逆に閉じ込められた結果、山奥でサバイバル生活を始める。
こんなはずじゃなかった!
異世界の山奥で過ごすこと7年。ようやく結界が解けて、山を下りたアイカは王都ヴィアナで【天衣無縫の無頼姫】の異名をとる第3王女リティアと出会う。
珍しい物好きの王女に気に入られたアイカは、なんと侍女に取り立てられて王宮に!
やっと始まった異世界生活は、美男美女ぞろいの王宮生活!
右を見ても左を見ても「愛でたい」美人に美少女! 美男子に美少年ばかり!
アイカとリティア、まだまだ幼い侍女と王女が数奇な運命をたどる異世界王宮ファンタジー戦記。
虚弱体質?の脇役令嬢に転生したので、食事療法を始めました
たくわん
恋愛
「跡継ぎを産めない貴女とは結婚できない」婚約者である公爵嫡男アレクシスから、冷酷に告げられた婚約破棄。その場で新しい婚約者まで紹介される屈辱。病弱な侯爵令嬢セラフィーナは、社交界の哀れみと嘲笑の的となった。
一級魔法使いになれなかったので特級厨師になりました
しおしお
恋愛
魔法学院次席卒業のシャーリー・ドットは、
「一級魔法使いになれなかった」という理由だけで婚約破棄された。
――だが本当の理由は、ただの“うっかり”。
試験会場を間違え、隣の建物で行われていた
特級厨師試験に合格してしまったのだ。
気づけばシャーリーは、王宮からスカウトされるほどの
“超一流料理人”となり、国王の胃袋をがっちり掴む存在に。
一方、学院首席で一級魔法使いとなった
ナターシャ・キンスキーは、大活躍しているはずなのに――
「なんで料理で一番になってるのよ!?
あの女、魔法より料理の方が強くない!?」
すれ違い、逃げ回り、勘違いし続けるナターシャと、
天然すぎて誤解が絶えないシャーリー。
そんな二人が、魔王軍の襲撃、国家危機、王宮騒動を通じて、
少しずつ距離を縮めていく。
魔法で国を守る最強魔術師。
料理で国を救う特級厨師。
――これは、“敵でもライバルでもない二人”が、
ようやく互いを認め、本当の友情を築いていく物語。
すれ違いコメディ×料理魔法×ダブルヒロイン友情譚!
笑って、癒されて、最後は心が温かくなる王宮ラノベ、開幕です。
【長編・完結】私、12歳で死んだ。赤ちゃん還り?水魔法で救済じゃなくて、給水しますよー。
BBやっこ
ファンタジー
死因の毒殺は、意外とは言い切れない。だって貴族の後継者扱いだったから。けど、私はこの家の子ではないかもしれない。そこをつけいられて、親族と名乗る人達に好き勝手されていた。
辺境の地で魔物からの脅威に領地を守りながら、過ごした12年間。その生が終わった筈だったけど…雨。その日に辺境伯が連れて来た赤ん坊。「セリュートとでも名付けておけ」暫定後継者になった瞬間にいた、私は赤ちゃん??
私が、もう一度自分の人生を歩み始める物語。給水係と呼ばれる水魔法でお悩み解決?
【書籍化&コミカライズ】死に役はごめんなので好きにさせてもらいます【2/20取り下げ予定】
橋本彩里(Ayari)
恋愛
【書籍化&コミカライズ企画進行中】
フェリシアは幼馴染で婚約者のデュークのことが好きで健気に尽くしてきた。
前世の記憶が蘇り、物語冒頭で死ぬ役目の主人公たちのただの盛り上げ要員であると知ったフェリシアは、死んでたまるかと物語のヒーロー枠であるデュークへの恋心を捨てることを決意する。
愛を返されない、いつか違う人とくっつく予定の婚約者なんてごめんだ。しかも自分は死に役。
フェリシアはデューク中心の生活をやめ、なんなら婚約破棄を目指して自分のために好きなことをしようと決める。
どうせ何をしていても気にしないだろうとデュークと距離を置こうとするが……
第二部に合わせて、『これからの私たち』以降修正しております。
たくさんのいいね、エール、感想、誤字報告をありがとうございます!
皆様の応援のおかげで書籍化&コミカライズ決定しました✨
詳細は近況ボードにて。
2026.1.20追記
【完結】パパ、私は犯人じゃないよ ~処刑予定の私、冷徹公爵(パパ)に溺愛されるまで~
チャビューヘ
ファンタジー
※タイトル変更しました。
「掃除(処分)しろ」と私を捨てた冷徹な父。生き残るために「心を無」にして媚びを売ったら。
「……お前の声だけが、うるさくない」
心の声が聞こえるパパと、それを知らずに生存戦略を練る娘の物語。
-----
感想送っていただいている皆様へ
たくさんの嬉しい言葉や厳しい意見も届いており一つ一つがすごく嬉しいのと頑張ろうと感じています。ご意見を元に修正必要な部分は随時更新していきます。
成長のため感想欄を閉じませんが公開はする予定ありません。ですが必ず全て目を通しています。拙作にお時間を頂きありがとうございます。これからもよろしくお願いします。
王宮侍女は穴に落ちる
斑猫
恋愛
婚約破棄されたうえ養家を追い出された
アニエスは王宮で運良く職を得る。
呪われた王女と呼ばれるエリザベ―ト付き
の侍女として。
忙しく働く毎日にやりがいを感じていた。
ところが、ある日ちょっとした諍いから
突き飛ばされて怪しい穴に落ちてしまう。
ちょっと、とぼけた主人公が足フェチな
俺様系騎士団長にいじめ……いや、溺愛され
るお話です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる