66 / 75
【最終章】異世界改革
王都の異変
しおりを挟む
「ちょっと下に降りて、何が起こっているのか確認しましょう」
エミリの言葉を合図に、エネルは手綱を軽く引く。
ドラーグが金色の羽をゆっくりとはためかせ、ゆるやかに高度を下げて森の奥へと舞い降りた。
木々の間に身を隠すように着地すると、二人はその巨体を残し、人々の列へと足を向けた。
近づいてみると、行列の人々は皆、泥にまみれ疲労と不安をその顔に刻んでいた。
手を引く親子、荷を背負った老人、泣きじゃくる子ども。
誰もが焦りを隠せず、エミリの呼びかけにも足を止めようとしない。
その中で、木陰に腰を下ろし、ひとり息を整えている老人が目に入った。
エミリは静かに近づき、しゃがみこんで声をかける。
「何があったのですか? たくさんの方が避難されていますが……」
老人はゆっくりと顔を上げ、虚ろな目でエミリを見た。
唇が乾き、声はかすれている。
「……わしらは、王都から逃げてきた者だ」
「王都から?」
驚いたエミリの声に、老人はうなずいた。
王都まではまだ距離がある。それを徒歩で来たというなら、すでに数日は経過しているはずだ。
「……王城が、急に赤黒い霧に包まれたのだ。誰も理由がわからん……魔族が攻め入ったという噂が広まってな。城下は混乱して、皆……逃げ出したのだ」
エミリはすぐにエネルの方を見る。
エネルは眉をひそめ、肩をすくめてみせた。
「俺たちじゃないな」
「……ええ、わかってます」
だが、それが逆に不安を募らせた。
魔族の仕業でないなら、赤黒い霧はもしかすると—
エミリの背中を、冷たい汗がつうっと流れ落ちる。
もしそれが、王自身がなにか魔術を使っているのだとしたら、王都で何か取り返しのつかないことが起きている。
「魔族領に兵を差し向けてきたばかりだし、一体何が……」
自分でも信じられないように呟く。
王都を守るはずの王が、なぜ赤黒い霧を発生させるのか。
エネルは腕を組み、低くうなる。
「……もし人間の王が大魔石を使ってなにか魔術を発動させているなら相当まずいな。それに人間どもは、俺たちの仕業だと信じきっているだろう」
「まさか……自分たちの王がそんなことをするなんて、誰も思わないものね」
避難していく人々の列は、どこまでも続いていた。その光景を見つめながら、エミリは唇をかみしめる。
「……先に進みましょう。王都で何が起こっているのか、確かめないと」
エネルは頷き、静かにドラーグの方へ視線を向けた。
******
数刻ののち、王都にたどり着いたエミリは、目の前に広がる光景に思わず息をのんだ。
――思っていたのと、まるで違う。
王都と聞いてエミリが思い描いていたのは、きらびやかな城と活気ある街並み。
行き交う人々の笑い声、市場の呼び込み、香ばしい屋台の匂い――そんな賑やかで人の温もりに満ちた場所を想像していた。
異世界に来てからというもの、魔族の小さな村から始まり、魔王城とナフレアの往復ばかりだった。
だからこそ、人間亮の王都に来ることを少しばかり楽しみにしていたのだ。
だが、実際に目にした王都はあまりに静かで、まるで廃墟のようだった。
王城は赤黒い霧に覆われ、まるで巨大な瘴気の塊のように不気味な雰囲気を醸し出している。
街路に人影はほとんどなく、開いている店も見当たらない。
残っているわずかな住民たちは不安げに荷をまとめ、どこかへ逃げ出そうとしていた。
「……これが、王都……?」
隣で霧を見つめていたエネルが、腕を組みながら低く呟く。
「……あの霧、魔素だな。けど魔族の仕業じゃない。人間の王が何かをやらかしたんだろう」
エミリはその言葉を聞きながら、霧に覆われた王城を見上げた。
どこか現実離れした光景に、背筋がぞくりとする。
「これじゃまるで、小説に出てくる魔王城そのものじゃない……」
皮肉にも、この世界に実在する魔王城は鬱蒼とした森の奥にありながら、木漏れ日が差し込む穏やかな場所だった。
どちらかといえば、御伽話に出てくるお姫様が暮らす城のような――光と静けさに満ちた場所。
その一方で、今目の前にある人間の王の城は、まるで闇そのものに飲み込まれたように沈黙している。
恐れられるべき魔王の姿が、皮肉にも人間側に現れていた。
エミリの言葉を合図に、エネルは手綱を軽く引く。
ドラーグが金色の羽をゆっくりとはためかせ、ゆるやかに高度を下げて森の奥へと舞い降りた。
木々の間に身を隠すように着地すると、二人はその巨体を残し、人々の列へと足を向けた。
近づいてみると、行列の人々は皆、泥にまみれ疲労と不安をその顔に刻んでいた。
手を引く親子、荷を背負った老人、泣きじゃくる子ども。
誰もが焦りを隠せず、エミリの呼びかけにも足を止めようとしない。
その中で、木陰に腰を下ろし、ひとり息を整えている老人が目に入った。
エミリは静かに近づき、しゃがみこんで声をかける。
「何があったのですか? たくさんの方が避難されていますが……」
老人はゆっくりと顔を上げ、虚ろな目でエミリを見た。
唇が乾き、声はかすれている。
「……わしらは、王都から逃げてきた者だ」
「王都から?」
驚いたエミリの声に、老人はうなずいた。
王都まではまだ距離がある。それを徒歩で来たというなら、すでに数日は経過しているはずだ。
「……王城が、急に赤黒い霧に包まれたのだ。誰も理由がわからん……魔族が攻め入ったという噂が広まってな。城下は混乱して、皆……逃げ出したのだ」
エミリはすぐにエネルの方を見る。
エネルは眉をひそめ、肩をすくめてみせた。
「俺たちじゃないな」
「……ええ、わかってます」
だが、それが逆に不安を募らせた。
魔族の仕業でないなら、赤黒い霧はもしかすると—
エミリの背中を、冷たい汗がつうっと流れ落ちる。
もしそれが、王自身がなにか魔術を使っているのだとしたら、王都で何か取り返しのつかないことが起きている。
「魔族領に兵を差し向けてきたばかりだし、一体何が……」
自分でも信じられないように呟く。
王都を守るはずの王が、なぜ赤黒い霧を発生させるのか。
エネルは腕を組み、低くうなる。
「……もし人間の王が大魔石を使ってなにか魔術を発動させているなら相当まずいな。それに人間どもは、俺たちの仕業だと信じきっているだろう」
「まさか……自分たちの王がそんなことをするなんて、誰も思わないものね」
避難していく人々の列は、どこまでも続いていた。その光景を見つめながら、エミリは唇をかみしめる。
「……先に進みましょう。王都で何が起こっているのか、確かめないと」
エネルは頷き、静かにドラーグの方へ視線を向けた。
******
数刻ののち、王都にたどり着いたエミリは、目の前に広がる光景に思わず息をのんだ。
――思っていたのと、まるで違う。
王都と聞いてエミリが思い描いていたのは、きらびやかな城と活気ある街並み。
行き交う人々の笑い声、市場の呼び込み、香ばしい屋台の匂い――そんな賑やかで人の温もりに満ちた場所を想像していた。
異世界に来てからというもの、魔族の小さな村から始まり、魔王城とナフレアの往復ばかりだった。
だからこそ、人間亮の王都に来ることを少しばかり楽しみにしていたのだ。
だが、実際に目にした王都はあまりに静かで、まるで廃墟のようだった。
王城は赤黒い霧に覆われ、まるで巨大な瘴気の塊のように不気味な雰囲気を醸し出している。
街路に人影はほとんどなく、開いている店も見当たらない。
残っているわずかな住民たちは不安げに荷をまとめ、どこかへ逃げ出そうとしていた。
「……これが、王都……?」
隣で霧を見つめていたエネルが、腕を組みながら低く呟く。
「……あの霧、魔素だな。けど魔族の仕業じゃない。人間の王が何かをやらかしたんだろう」
エミリはその言葉を聞きながら、霧に覆われた王城を見上げた。
どこか現実離れした光景に、背筋がぞくりとする。
「これじゃまるで、小説に出てくる魔王城そのものじゃない……」
皮肉にも、この世界に実在する魔王城は鬱蒼とした森の奥にありながら、木漏れ日が差し込む穏やかな場所だった。
どちらかといえば、御伽話に出てくるお姫様が暮らす城のような――光と静けさに満ちた場所。
その一方で、今目の前にある人間の王の城は、まるで闇そのものに飲み込まれたように沈黙している。
恐れられるべき魔王の姿が、皮肉にも人間側に現れていた。
0
あなたにおすすめの小説
生贄公爵と蛇の王
荒瀬ヤヒロ
ファンタジー
妹に婚約者を奪われ、歳の離れた女好きに嫁がされそうになったことに反発し家を捨てたレイチェル。彼女が向かったのは「蛇に呪われた公爵」が住む離宮だった。
「お願いします、私と結婚してください!」
「はあ?」
幼い頃に蛇に呪われたと言われ「生贄公爵」と呼ばれて人目に触れないように離宮で暮らしていた青年ヴェンディグ。
そこへ飛び込んできた侯爵令嬢にいきなり求婚され、成り行きで婚約することに。
しかし、「蛇に呪われた生贄公爵」には、誰も知らない秘密があった。
薄幸ヒロインが倍返しの指輪を手に入れました
佐崎咲
ファンタジー
義母と義妹に虐げられてきた伯爵家の長女スフィーナ。
ある日、亡くなった実母の遺品である指輪を見つけた。
それからというもの、義母にお茶をぶちまけられたら、今度は倍量のスープが義母に浴びせられる。
義妹に食事をとられると、義妹は強い空腹を感じ食べても満足できなくなる、というような倍返しが起きた。
指輪が入れられていた木箱には、実母が書いた紙きれが共に入っていた。
どうやら母は異世界から転移してきたものらしい。
異世界でも強く生きていけるようにと、女神の加護が宿った指輪を賜ったというのだ。
かくしてスフィーナは義母と義妹に意図せず倍返ししつつ、やがて母の死の真相と、父の長い間をかけた企みを知っていく。
(※黒幕については推理的な要素はありませんと小声で言っておきます)
魔晶石ハンター ~ 転生チート少女の数奇な職業活動の軌跡
サクラ近衛将監
ファンタジー
女神様のミスで事故死したOLの大滝留美は、地球世界での転生が難しいために、神々の伝手により異世界アスレオールに転生し、シルヴィ・デルトンとして生を受けるが、前世の記憶は11歳の成人の儀まで封印され、その儀式の最中に前世の記憶ととともに職業を神から告げられた。
シルヴィの与えられた職業は魔晶石採掘師と魔晶石加工師の二つだったが、シルヴィはその職業を知らなかった。
シルヴィの将来や如何に?
毎週木曜日午後10時に投稿予定です。
【本編完結】転生隠者の転生記録———怠惰?冒険?魔法?全ては、その心の赴くままに……
ひらえす
ファンタジー
後にリッカと名乗る者は、それなりに生きて、たぶん一度死んだ。そして、その人生の苦難の8割程度が、神の不手際による物だと告げられる。
そんな前世の反動なのか、本人的には怠惰でマイペースな異世界ライフを満喫するはず……が、しかし。自分に素直になって暮らしていこうとする主人公のズレっぷり故に引き起こされたり掘り起こされたり巻き込まれていったり、時には外から眺めてみたり…の物語になりつつあります。
※小説家になろう様、アルファポリス様、カクヨム様でほぼ同時投稿しています。
※残酷描写は保険です。
※誤字脱字多いと思います。教えてくださると助かります。
モブで可哀相? いえ、幸せです!
みけの
ファンタジー
私のお姉さんは“恋愛ゲームのヒロイン”で、私はゲームの中で“モブ”だそうだ。
“あんたはモブで可哀相”。
お姉さんはそう、思ってくれているけど……私、可哀相なの?
転生『悪役』公爵令嬢はやり直し人生で楽隠居を目指す
RINFAM
ファンタジー
なんの罰ゲームだ、これ!!!!
あああああ!!!
本当ならあと数年で年金ライフが送れたはずなのに!!
そのために国民年金の他に利率のいい個人年金も掛け、さらに少ない給料の中からちまちまと老後の生活費を貯めてきたと言うのに!!!!
一銭も貰えないまま人生終わるだなんて、あんまりです神様仏様あああ!!
かくなる上はこのやり直し転生人生で、前世以上に楽して暮らせる隠居生活を手に入れなければ。
年金受給前に死んでしまった『心は常に18歳』な享年62歳の初老女『成瀬裕子』はある日突然死しファンタジー世界で公爵令嬢に転生!!しかし、数年後に待っていた年金生活を夢見ていた彼女は、やり直し人生で再び若いままでの楽隠居生活を目指すことに。
4コマ漫画版もあります。
【長編・完結】私、12歳で死んだ。赤ちゃん還り?水魔法で救済じゃなくて、給水しますよー。
BBやっこ
ファンタジー
死因の毒殺は、意外とは言い切れない。だって貴族の後継者扱いだったから。けど、私はこの家の子ではないかもしれない。そこをつけいられて、親族と名乗る人達に好き勝手されていた。
辺境の地で魔物からの脅威に領地を守りながら、過ごした12年間。その生が終わった筈だったけど…雨。その日に辺境伯が連れて来た赤ん坊。「セリュートとでも名付けておけ」暫定後継者になった瞬間にいた、私は赤ちゃん??
私が、もう一度自分の人生を歩み始める物語。給水係と呼ばれる水魔法でお悩み解決?
生まれ変わりも楽じゃない ~生まれ変わっても私はわたし~
こひな
恋愛
市川みのり 31歳。
成り行きで、なぜかバリバリのキャリアウーマンをやっていた私。
彼氏なし・趣味は食べることと読書という仕事以外は引きこもり気味な私が、とばっちりで異世界転生。
貴族令嬢となり、四苦八苦しつつ異世界を生き抜くお話です。
※いつも読んで頂きありがとうございます。誤字脱字のご指摘ありがとうございます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる