海外在住だったので、異世界転移なんてなんともありません

ソニエッタ

文字の大きさ
6 / 75
異世界恋愛改革

始まりの一日の終わり

しおりを挟む
「えーと、何か話してみてください。はい、どうぞ」



怯えて誰も近づこうとしない村人たちに代わって、エミリが代表として“青年B”に声をかけることになった。緊張と戸惑いが入り混じった空気のなか、青年の口が開く。



「……あ、言葉がわかる…俺の言ってること、伝わってるか?」

「おお、成功ですね!村長さん、さすがです。尊敬度がググッと上がりました。魔法が使えない者にとって、こういうのは憧れますよ」



エミリには、どういう理屈で“言語が通じた”のか皆目見当もつかない。翻訳魔法だとか、神の加護だとか、そういう話は一旦棚上げにするしかなかった。

だいたい彼女は子どもの頃から、「宇宙の外には何があるのか」とか、「死んだ後にはどこに行くのか」とか、そういうどうにもならないことを考えては脳のキャパをオーバーさせていた。そして二十九歳になった今もなお、答えは出ていない。

(考えるだけ無駄か…宇宙の外も、魔法も)

などと、思考がまた脱線し始めたときだった。



「……だ、大丈夫か?」

「あ、すみません。思考が宇宙の彼方まで行ってました」

「う、うちゅう?なんだそれは?翻訳がうまくいってないのか?」

「いや、わしにもわからん言葉じゃな……エミリ様は時折、神のお言葉をお使いになられるからのう」



「おきになさらす。では話を戻しましょう」



軽く一礼して、エミリは表情を引き締めた。



「言葉が通じるようになったことですし、まずは自己紹介いたします。私は森沢エミリ。つい数時間前にこの世界へ移転してきました。あなたと同じ分類かはわかりませんが、一応、人間です」



びっくりするくらい村の雰囲気に馴染んで貫禄もでてきているが、エミリはまだ来て数時間なのだ。


「エミリ殿、先ほどは助けていただいて感謝する。俺の名はエルヴィン。怪我をしていたのはアレイス・フィオレルという」

「……エルさんとお呼びしても?」



エミリの脳は、すでにカタカナ致死量を超えていた。つまり、もうこれ以上名前が覚えられないということだ。
聞いたそばから苗字はどこかへ飛んでいくし、正直いま村長の名前すらおぼろげである。エミリの処理能力は完全に限界を迎えていた。

留学中も「ソフィー」だか「ソフィア」だか、「ダニエル」だか「ダニエレ」だか、名前はいつも賭けだった。苗字なんて、最初から聞かなかったことにしていた。


「好きなように呼んでくれて構わない。……それにしても、我が国でも異世界から人を召喚して“魔王討伐”を計画しているが、まさか魔族側でも同じことをやっていたとはな」


「よくある展開ですね。……でも、私の場合は誰に召喚されたんでしょう?たしか“神託で現れる”ってだけでしたよね?村長さんが召喚したわけじゃないですよね?」


「そうじゃのう。神託によれば“光とともに現れる者を迎え入れよ”と魔王様から伝えられただけじゃ。そしたら、本当に光とともにエミリ様が来られたんじゃ」


納得したような、してないような。だが、ここまで生き延びたのは事実なので、いったん保留にする。



「それで、エルさんたちはなぜ森に?怪我までして」



エミリの問いに、エルヴィンはふと顔を伏せた。



「……俺とアレイスは、追っ手から逃げていた。アレイスが攻撃を受けて、一か八かでこの“魔の森”に入ったんだ。ここは魔族領だ。普通の人間は、恐れて入ろうとしない」


理由はまだ語られない。けれど、彼らは何かを背負っている。

それだけは、エミリにもわかった。



「……まあ、人生いろいろありますよね?今日はもう十分に疲れたでしょう。ゆっくり休んでください」



一拍置いて、続けようとしたところで詰まった。


「また明日……その、もうお一人の……えーと…………お連れの方と、色々教えてください」


誤魔化したつもりだが、自分でもごまかしきれていないことはわかっていた。



それでも、青年はまっすぐに言葉を返してくれた。


「ありがとう…デラン殿も村に受け入れてくれて感謝する。魔族のことを思い違いしていたのかもしれない、俺たち人間とそうかわらないのに…」



その言葉に、エミリは小さく笑った。

理解し合うには、まだ時間がかかるかもしれない。けれど、始まりとしては悪くない。



こうして――エミリの異世界移転一日目の幕は静かに下りた。













しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

キャンピングカーで走ってるだけで異世界が平和になるそうです~万物生成系チートスキルを添えて~

サメのおでこ
ファンタジー
手違いだったのだ。もしくは事故。 ヒトと魔族が今日もドンパチやっている世界。行方不明の勇者を捜す使命を帯びて……訂正、押しつけられて召喚された俺は、スキル≪物質変換≫の使い手だ。 木を鉄に、紙を鋼に、雪をオムライスに――あらゆる物質を望むがままに変換してのけるこのスキルは、しかし何故か召喚師から「役立たずのド三流」と罵られる。その挙げ句、人界の果てへと魔法で追放される有り様。 そんな俺は、≪物質変換≫でもって生き延びるための武器を生み出そうとして――キャンピングカーを創ってしまう。 もう一度言う。 手違いだったのだ。もしくは事故。 出来てしまったキャンピングカーで、渋々出発する俺。だが、実はこの平和なクルマには俺自身も知らない途方もない力が隠されていた! そんな俺とキャンピングカーに、ある願いを託す人々が現れて―― ※本作は他サイトでも掲載しています

【長編・完結】私、12歳で死んだ。赤ちゃん還り?水魔法で救済じゃなくて、給水しますよー。

BBやっこ
ファンタジー
死因の毒殺は、意外とは言い切れない。だって貴族の後継者扱いだったから。けど、私はこの家の子ではないかもしれない。そこをつけいられて、親族と名乗る人達に好き勝手されていた。 辺境の地で魔物からの脅威に領地を守りながら、過ごした12年間。その生が終わった筈だったけど…雨。その日に辺境伯が連れて来た赤ん坊。「セリュートとでも名付けておけ」暫定後継者になった瞬間にいた、私は赤ちゃん?? 私が、もう一度自分の人生を歩み始める物語。給水係と呼ばれる水魔法でお悩み解決?

【本編完結】転生隠者の転生記録———怠惰?冒険?魔法?全ては、その心の赴くままに……

ひらえす
ファンタジー
後にリッカと名乗る者は、それなりに生きて、たぶん一度死んだ。そして、その人生の苦難の8割程度が、神の不手際による物だと告げられる。  そんな前世の反動なのか、本人的には怠惰でマイペースな異世界ライフを満喫するはず……が、しかし。自分に素直になって暮らしていこうとする主人公のズレっぷり故に引き起こされたり掘り起こされたり巻き込まれていったり、時には外から眺めてみたり…の物語になりつつあります。 ※小説家になろう様、アルファポリス様、カクヨム様でほぼ同時投稿しています。 ※残酷描写は保険です。 ※誤字脱字多いと思います。教えてくださると助かります。

魔晶石ハンター ~ 転生チート少女の数奇な職業活動の軌跡

サクラ近衛将監
ファンタジー
 女神様のミスで事故死したOLの大滝留美は、地球世界での転生が難しいために、神々の伝手により異世界アスレオールに転生し、シルヴィ・デルトンとして生を受けるが、前世の記憶は11歳の成人の儀まで封印され、その儀式の最中に前世の記憶ととともに職業を神から告げられた。  シルヴィの与えられた職業は魔晶石採掘師と魔晶石加工師の二つだったが、シルヴィはその職業を知らなかった。  シルヴィの将来や如何に?  毎週木曜日午後10時に投稿予定です。

無能だと捨てられた第七王女、前世の『カウンセラー』知識で人の心を読み解き、言葉だけで最強の騎士団を作り上げる

☆ほしい
ファンタジー
エルミート王国の第七王女リリアーナは、王族でありながら魔力を持たない『無能』として生まれ、北の塔に長年幽閉されていた。 ある日、高熱で生死の境をさまよった彼女は、前世で臨床心理士(カウンセラー)だった記憶を取り戻す。 時を同じくして、リリアーナは厄介払いのように、魔物の跋扈する極寒の地を治める『氷の辺境伯』アシュトン・グレイウォールに嫁がされることが決定する。 死地へ送られるも同然の状況だったが、リリアーナは絶望しなかった。 彼女には、前世で培った心理学の知識と言葉の力があったからだ。 心を閉ざした辺境伯、戦争のトラウマに苦しむ騎士たち、貧困にあえぐ領民。 リリアーナは彼らの声に耳を傾け、その知識を駆使して一人ひとりの心を丁寧に癒していく。 やがて彼女の言葉は、ならず者集団と揶揄された騎士団を鉄の結束を誇る最強の部隊へと変え、痩せた辺境の地を着実に豊かな場所へと改革していくのだった。

記憶喪失となった転生少女は神から貰った『料理道』で異世界ライフを満喫したい

犬社護
ファンタジー
11歳・小学5年生の唯は交通事故に遭い、気がついたら何処かの部屋にいて、目の前には黒留袖を着た女性-鈴がいた。ここが死後の世界と知りショックを受けるものの、現世に未練があることを訴えると、鈴から異世界へ転生することを薦められる。理由を知った唯は転生を承諾するも、手続き中に『記憶の覚醒が11歳の誕生日、その後すぐにとある事件に巻き込まれ、数日中に死亡する』という事実が発覚する。 異世界の神も気の毒に思い、死なないルートを探すも、事件後の覚醒となってしまい、その影響で記憶喪失、取得スキルと魔法の喪失、ステータス能力値がほぼゼロ、覚醒場所は樹海の中という最底辺からのスタート。これに同情した鈴と神は、唯に統括型スキル【料理道[極み]】と善行ポイントを与え、異世界へと送り出す。 持ち前の明るく前向きな性格の唯は、このスキルでフェンリルを救ったことをキッカケに、様々な人々と出会っていくが、皆は彼女の料理だけでなく、調理時のスキルの使い方に驚くばかり。この料理道で皆を振り回していくものの、次第に愛される存在になっていく。 これは、ちょっぴり恋に鈍感で天然な唯と、もふもふ従魔や仲間たちとの異世界のんびり物語。

生贄公爵と蛇の王

荒瀬ヤヒロ
ファンタジー
 妹に婚約者を奪われ、歳の離れた女好きに嫁がされそうになったことに反発し家を捨てたレイチェル。彼女が向かったのは「蛇に呪われた公爵」が住む離宮だった。 「お願いします、私と結婚してください!」 「はあ?」  幼い頃に蛇に呪われたと言われ「生贄公爵」と呼ばれて人目に触れないように離宮で暮らしていた青年ヴェンディグ。  そこへ飛び込んできた侯爵令嬢にいきなり求婚され、成り行きで婚約することに。  しかし、「蛇に呪われた生贄公爵」には、誰も知らない秘密があった。

3歳で捨てられた件

玲羅
恋愛
前世の記憶を持つ者が1000人に1人は居る時代。 それゆえに変わった子供扱いをされ、疎まれて捨てられた少女、キャプシーヌ。拾ったのは宰相を務めるフェルナー侯爵。 キャプシーヌの運命が再度変わったのは貴族学院入学後だった。

処理中です...