13 / 75
異世界恋愛改革
恋愛伝染病作戦
しおりを挟む
参加希望者は予想をはるかに上回り、くじ引きの結果、男性五人・女性五人の計十人が選ばれた。
準備のため、詳細は後日伝えることにして、若者たちはそれぞれの村へと帰っていった。
「それで、エミリ殿は次に何を考えているの?」
アレイスが首を傾げると、エミリはニヤリと笑みを浮かべて、目の前にいたピリカ、村長、エネル、アレイス、エルヴィンたち――通称“チームエミリ”へと向き直った。
「私の世界では、恋人同士が“これからの人生を一緒に生きよう”と決めると、結婚という契約を結ぶのです。そして、その契約をみんなに祝ってもらうために“結婚式”というお披露目会を開きます」
「お披露目会……で、それが今回の作戦とどう繋がるんですか?」
ピリカが不思議そうに眉を寄せると、エミリは胸を張って言った。
「その結婚式には友人や親戚、同僚が呼ばれます。幸せそうな二人を見て、彼らは思うんです。“ああ、私も恋人が欲しい”“結婚したい”って」
「そんなもんか?」
エネルがピンとこない様子で肩をすくめた。
「赤の他人の幸せならそこまで心は動きません。でも、知っている人だったら話は別です。その心理的効果を、私は利用します」
エミリの声が、少しだけ力を帯びた。
「今回選ばれた男女には、一定期間共同生活をしてもらいます。そして、劇でやったような恋愛シチュエーションを自然に起こしてもらうんです。その様子を、彼らの村の若者たちに“見せつける”。そうすれば、“自分もやってみたい”って思うはず!」
「……それは、生き恥じゃないか?」
エネルのツッコミは、当然のようにエミリに無視された。
「ところで、魔族の皆さん。目の前の出来事をそのまま記録できる魔法、あったりします?」
「わしができるぞ」
村長が手を挙げると、エミリは大きくうなずいた。
「よかった。実はそれ前提で考えてたので、なかったら詰んでました。では村長、若者たちの共同生活の様子を毎日記録して、それを各村に届け、日に一度“鑑賞する時間”を設けてください」
「わ、わかったが……本当に上手くいくのかのう?」
「大丈夫です。今回の劇で、手応えがありましたから」
そう言ってエミリは、ふっと微笑む。
「実はこの“男女共同生活”も、私の世界の受け売りなんです。娯楽としても、ちゃんと成立しています。恋愛模様って、それだけで人の心を揺らすんですよ。たとえ台本があろうが、なかろうがね」
エミリには、よくある異世界主人公のようなチート能力はない。
女神の加護もなければ、万能知識で村を救える頭脳もない。
だけど――
長年、毎月欠かさず払い続けた某映像系サブスクの恩恵は、確かに残っている。
そう、エンターテイメントの知識なら、誰にも負けない自信がある。
誰が誰を好きになって、どうすれ違って、どう修羅場って、どう仲直りしたのか。
ときに笑い、ときに泣き、ときに画面越しに手を握りたくなるほどの恋のかたちを何百通りも見てきた。
だからこそ、彼女にはわかる。
これは――
絶対に、上手くいく。
エミリの目に、迷いはなかった。
その熱を受けて、“チームエミリ”の面々も、次第に空気にのまれていく。
なんかよくわからないけれど、やってみるか——そんな気持ちが、じわじわと。
「それでですね、アレイスさん、エルヴィンさん。お二人には、ある重要な任務をお願いしたいのです」
「俺たちが? いや、俺たちは魔族と違って魔法も使えないし、戦えるわけでも——」
「私も……特に役に立てそうな能力は……ないと思うんですけど……?」
ふたりが顔を見合わせながら首をかしげると、エミリはにこりと笑った。
穏やかな笑顔。けれどその裏に、妙に抗いがたい“何か”があった。
「魔族の若者たちは、恋愛についてはまだ赤子のようなものです。何もわからず、手探りで関係を築こうとする姿を見るのも、それはそれで味がありますが……」
エミリの声がふわりと落ち着く。
それと同時に、どこか遠くから冷たい風が吹いた気がした。
「彼らには導き手が必要です。困った時、背中を押してくれる人。つまり——恋愛のプロであるお二人には、アドバイザーとして動いてほしいのです」
「恋愛のぷろ?」
「あ……あどば……?」
「そこは流していただいて結構です。要は相談役です」
アレイスとエルヴィンは釈然としないまま視線を交わした。
が、もう断れる空気ではなかった。
「さて。そうと決まれば、私は脚本を練ってきます。村長、若者たちが共同生活を送れる家をひとつ、用意しておいてください。アレイスさんとエルヴィンさんは……村人たちにわかるように、イチャイチャでもしておいてください。ピリカさんとエネルさんは……まあ、適当に! じゃ、解散で!」
そう言い残すと、エミリは軽やかに踵を返し、ぱたぱたと小走りにその場を去っていった。
背中からは、妙に楽しげな気配が漂っている。
しばしの静寂。
「……なんか、こう……」
「うん。俺も……言葉にはできないが、エミリ殿って、すごいな」
「意味は……よくわかんないですけど。でも、こう……妙な説得力があるというか……押し切られるというか……」
「うむ。エミリ殿が“いける”って言うなら、なんかもう……いける気がしてくるから不思議だ」
誰ともなくつぶやいたその言葉に、一同がゆっくりと頷いた。
風が吹いた。
ほんの少しだけ、未来が動いた気がした。
準備のため、詳細は後日伝えることにして、若者たちはそれぞれの村へと帰っていった。
「それで、エミリ殿は次に何を考えているの?」
アレイスが首を傾げると、エミリはニヤリと笑みを浮かべて、目の前にいたピリカ、村長、エネル、アレイス、エルヴィンたち――通称“チームエミリ”へと向き直った。
「私の世界では、恋人同士が“これからの人生を一緒に生きよう”と決めると、結婚という契約を結ぶのです。そして、その契約をみんなに祝ってもらうために“結婚式”というお披露目会を開きます」
「お披露目会……で、それが今回の作戦とどう繋がるんですか?」
ピリカが不思議そうに眉を寄せると、エミリは胸を張って言った。
「その結婚式には友人や親戚、同僚が呼ばれます。幸せそうな二人を見て、彼らは思うんです。“ああ、私も恋人が欲しい”“結婚したい”って」
「そんなもんか?」
エネルがピンとこない様子で肩をすくめた。
「赤の他人の幸せならそこまで心は動きません。でも、知っている人だったら話は別です。その心理的効果を、私は利用します」
エミリの声が、少しだけ力を帯びた。
「今回選ばれた男女には、一定期間共同生活をしてもらいます。そして、劇でやったような恋愛シチュエーションを自然に起こしてもらうんです。その様子を、彼らの村の若者たちに“見せつける”。そうすれば、“自分もやってみたい”って思うはず!」
「……それは、生き恥じゃないか?」
エネルのツッコミは、当然のようにエミリに無視された。
「ところで、魔族の皆さん。目の前の出来事をそのまま記録できる魔法、あったりします?」
「わしができるぞ」
村長が手を挙げると、エミリは大きくうなずいた。
「よかった。実はそれ前提で考えてたので、なかったら詰んでました。では村長、若者たちの共同生活の様子を毎日記録して、それを各村に届け、日に一度“鑑賞する時間”を設けてください」
「わ、わかったが……本当に上手くいくのかのう?」
「大丈夫です。今回の劇で、手応えがありましたから」
そう言ってエミリは、ふっと微笑む。
「実はこの“男女共同生活”も、私の世界の受け売りなんです。娯楽としても、ちゃんと成立しています。恋愛模様って、それだけで人の心を揺らすんですよ。たとえ台本があろうが、なかろうがね」
エミリには、よくある異世界主人公のようなチート能力はない。
女神の加護もなければ、万能知識で村を救える頭脳もない。
だけど――
長年、毎月欠かさず払い続けた某映像系サブスクの恩恵は、確かに残っている。
そう、エンターテイメントの知識なら、誰にも負けない自信がある。
誰が誰を好きになって、どうすれ違って、どう修羅場って、どう仲直りしたのか。
ときに笑い、ときに泣き、ときに画面越しに手を握りたくなるほどの恋のかたちを何百通りも見てきた。
だからこそ、彼女にはわかる。
これは――
絶対に、上手くいく。
エミリの目に、迷いはなかった。
その熱を受けて、“チームエミリ”の面々も、次第に空気にのまれていく。
なんかよくわからないけれど、やってみるか——そんな気持ちが、じわじわと。
「それでですね、アレイスさん、エルヴィンさん。お二人には、ある重要な任務をお願いしたいのです」
「俺たちが? いや、俺たちは魔族と違って魔法も使えないし、戦えるわけでも——」
「私も……特に役に立てそうな能力は……ないと思うんですけど……?」
ふたりが顔を見合わせながら首をかしげると、エミリはにこりと笑った。
穏やかな笑顔。けれどその裏に、妙に抗いがたい“何か”があった。
「魔族の若者たちは、恋愛についてはまだ赤子のようなものです。何もわからず、手探りで関係を築こうとする姿を見るのも、それはそれで味がありますが……」
エミリの声がふわりと落ち着く。
それと同時に、どこか遠くから冷たい風が吹いた気がした。
「彼らには導き手が必要です。困った時、背中を押してくれる人。つまり——恋愛のプロであるお二人には、アドバイザーとして動いてほしいのです」
「恋愛のぷろ?」
「あ……あどば……?」
「そこは流していただいて結構です。要は相談役です」
アレイスとエルヴィンは釈然としないまま視線を交わした。
が、もう断れる空気ではなかった。
「さて。そうと決まれば、私は脚本を練ってきます。村長、若者たちが共同生活を送れる家をひとつ、用意しておいてください。アレイスさんとエルヴィンさんは……村人たちにわかるように、イチャイチャでもしておいてください。ピリカさんとエネルさんは……まあ、適当に! じゃ、解散で!」
そう言い残すと、エミリは軽やかに踵を返し、ぱたぱたと小走りにその場を去っていった。
背中からは、妙に楽しげな気配が漂っている。
しばしの静寂。
「……なんか、こう……」
「うん。俺も……言葉にはできないが、エミリ殿って、すごいな」
「意味は……よくわかんないですけど。でも、こう……妙な説得力があるというか……押し切られるというか……」
「うむ。エミリ殿が“いける”って言うなら、なんかもう……いける気がしてくるから不思議だ」
誰ともなくつぶやいたその言葉に、一同がゆっくりと頷いた。
風が吹いた。
ほんの少しだけ、未来が動いた気がした。
2
あなたにおすすめの小説
キャンピングカーで走ってるだけで異世界が平和になるそうです~万物生成系チートスキルを添えて~
サメのおでこ
ファンタジー
手違いだったのだ。もしくは事故。
ヒトと魔族が今日もドンパチやっている世界。行方不明の勇者を捜す使命を帯びて……訂正、押しつけられて召喚された俺は、スキル≪物質変換≫の使い手だ。
木を鉄に、紙を鋼に、雪をオムライスに――あらゆる物質を望むがままに変換してのけるこのスキルは、しかし何故か召喚師から「役立たずのド三流」と罵られる。その挙げ句、人界の果てへと魔法で追放される有り様。
そんな俺は、≪物質変換≫でもって生き延びるための武器を生み出そうとして――キャンピングカーを創ってしまう。
もう一度言う。
手違いだったのだ。もしくは事故。
出来てしまったキャンピングカーで、渋々出発する俺。だが、実はこの平和なクルマには俺自身も知らない途方もない力が隠されていた!
そんな俺とキャンピングカーに、ある願いを託す人々が現れて――
※本作は他サイトでも掲載しています
【長編・完結】私、12歳で死んだ。赤ちゃん還り?水魔法で救済じゃなくて、給水しますよー。
BBやっこ
ファンタジー
死因の毒殺は、意外とは言い切れない。だって貴族の後継者扱いだったから。けど、私はこの家の子ではないかもしれない。そこをつけいられて、親族と名乗る人達に好き勝手されていた。
辺境の地で魔物からの脅威に領地を守りながら、過ごした12年間。その生が終わった筈だったけど…雨。その日に辺境伯が連れて来た赤ん坊。「セリュートとでも名付けておけ」暫定後継者になった瞬間にいた、私は赤ちゃん??
私が、もう一度自分の人生を歩み始める物語。給水係と呼ばれる水魔法でお悩み解決?
【本編完結】転生隠者の転生記録———怠惰?冒険?魔法?全ては、その心の赴くままに……
ひらえす
ファンタジー
後にリッカと名乗る者は、それなりに生きて、たぶん一度死んだ。そして、その人生の苦難の8割程度が、神の不手際による物だと告げられる。
そんな前世の反動なのか、本人的には怠惰でマイペースな異世界ライフを満喫するはず……が、しかし。自分に素直になって暮らしていこうとする主人公のズレっぷり故に引き起こされたり掘り起こされたり巻き込まれていったり、時には外から眺めてみたり…の物語になりつつあります。
※小説家になろう様、アルファポリス様、カクヨム様でほぼ同時投稿しています。
※残酷描写は保険です。
※誤字脱字多いと思います。教えてくださると助かります。
魔晶石ハンター ~ 転生チート少女の数奇な職業活動の軌跡
サクラ近衛将監
ファンタジー
女神様のミスで事故死したOLの大滝留美は、地球世界での転生が難しいために、神々の伝手により異世界アスレオールに転生し、シルヴィ・デルトンとして生を受けるが、前世の記憶は11歳の成人の儀まで封印され、その儀式の最中に前世の記憶ととともに職業を神から告げられた。
シルヴィの与えられた職業は魔晶石採掘師と魔晶石加工師の二つだったが、シルヴィはその職業を知らなかった。
シルヴィの将来や如何に?
毎週木曜日午後10時に投稿予定です。
無能だと捨てられた第七王女、前世の『カウンセラー』知識で人の心を読み解き、言葉だけで最強の騎士団を作り上げる
☆ほしい
ファンタジー
エルミート王国の第七王女リリアーナは、王族でありながら魔力を持たない『無能』として生まれ、北の塔に長年幽閉されていた。
ある日、高熱で生死の境をさまよった彼女は、前世で臨床心理士(カウンセラー)だった記憶を取り戻す。
時を同じくして、リリアーナは厄介払いのように、魔物の跋扈する極寒の地を治める『氷の辺境伯』アシュトン・グレイウォールに嫁がされることが決定する。
死地へ送られるも同然の状況だったが、リリアーナは絶望しなかった。
彼女には、前世で培った心理学の知識と言葉の力があったからだ。
心を閉ざした辺境伯、戦争のトラウマに苦しむ騎士たち、貧困にあえぐ領民。
リリアーナは彼らの声に耳を傾け、その知識を駆使して一人ひとりの心を丁寧に癒していく。
やがて彼女の言葉は、ならず者集団と揶揄された騎士団を鉄の結束を誇る最強の部隊へと変え、痩せた辺境の地を着実に豊かな場所へと改革していくのだった。
記憶喪失となった転生少女は神から貰った『料理道』で異世界ライフを満喫したい
犬社護
ファンタジー
11歳・小学5年生の唯は交通事故に遭い、気がついたら何処かの部屋にいて、目の前には黒留袖を着た女性-鈴がいた。ここが死後の世界と知りショックを受けるものの、現世に未練があることを訴えると、鈴から異世界へ転生することを薦められる。理由を知った唯は転生を承諾するも、手続き中に『記憶の覚醒が11歳の誕生日、その後すぐにとある事件に巻き込まれ、数日中に死亡する』という事実が発覚する。
異世界の神も気の毒に思い、死なないルートを探すも、事件後の覚醒となってしまい、その影響で記憶喪失、取得スキルと魔法の喪失、ステータス能力値がほぼゼロ、覚醒場所は樹海の中という最底辺からのスタート。これに同情した鈴と神は、唯に統括型スキル【料理道[極み]】と善行ポイントを与え、異世界へと送り出す。
持ち前の明るく前向きな性格の唯は、このスキルでフェンリルを救ったことをキッカケに、様々な人々と出会っていくが、皆は彼女の料理だけでなく、調理時のスキルの使い方に驚くばかり。この料理道で皆を振り回していくものの、次第に愛される存在になっていく。
これは、ちょっぴり恋に鈍感で天然な唯と、もふもふ従魔や仲間たちとの異世界のんびり物語。
生贄公爵と蛇の王
荒瀬ヤヒロ
ファンタジー
妹に婚約者を奪われ、歳の離れた女好きに嫁がされそうになったことに反発し家を捨てたレイチェル。彼女が向かったのは「蛇に呪われた公爵」が住む離宮だった。
「お願いします、私と結婚してください!」
「はあ?」
幼い頃に蛇に呪われたと言われ「生贄公爵」と呼ばれて人目に触れないように離宮で暮らしていた青年ヴェンディグ。
そこへ飛び込んできた侯爵令嬢にいきなり求婚され、成り行きで婚約することに。
しかし、「蛇に呪われた生贄公爵」には、誰も知らない秘密があった。
3歳で捨てられた件
玲羅
恋愛
前世の記憶を持つ者が1000人に1人は居る時代。
それゆえに変わった子供扱いをされ、疎まれて捨てられた少女、キャプシーヌ。拾ったのは宰相を務めるフェルナー侯爵。
キャプシーヌの運命が再度変わったのは貴族学院入学後だった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる