海外在住だったので、異世界転移なんてなんともありません

ソニエッタ

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異世界恋愛改革

夢の恋人

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静まり返った木造舎の廊下を、ひとりの男が音もなく進む。
指先にはまだ、水晶の淡い光が残っていた。

ほんの数分前まで、映し出されていた“異常な静寂”。

若者たちは皆、まるで糸が切れたように倒れ、浅く、かすかな呼吸だけを残して眠り続けていた。



エネルは静かに、ある部屋の扉を開いた。

寝台の上で、エミリは膝を抱えて丸くなり、穏やかな寝息を立てている。
吐く息は静かで、ほんのり頬があたたかい。


しばらく彼女を見つめたあと、エネルは小さく息を吐き、口を開いた。



「……起きろ」



だが、エミリはうっすらと寝返りを打っただけだった。

むにゃ、と口が動き、目元にしわを寄せる。



「……もう朝……?」

「まだ夜だ。……非常事態だ」

エネルはいつもの調子でそう言い、片膝をついて彼女の額に指先を添える。

びくり、とエミリの体が跳ね、ぱっちりと目が開かれた。

「えっ、ちょ、エネルさん!? 近いってば! なに!?」

「落ち着け。状況を説明する」

「落ち着けるわけないでしょ!? 普通にホラーです!……心臓止まるかと……」

寝ぐせを振り乱してむくれる彼女をよそに、エネルは静かに続けた。

「共同生活に参加していた全員が、眠ったまま目を覚まさない。呼吸はあるが浅く、呼びかけにも反応しない」


ぴたりと、エミリの動きが止まる。

「……それ、本当ですか…全員……? 事故? まさか……毒?サスペンス展開なんて私なにも解決できませんよ?」

「いや、呼吸はある。苦しんでいる様子もない。ただ……妙に幸せそうな顔で眠っている」

「……幸せそう?」

「ああ。監視の水晶で確認した。……でも異常だ」

「村長さんには?」

「まだだ。“何か”が起きたとき、最初に起こすべきはおまえだと思った。それだけだ」



その言葉に、エミリは少しだけ目を見開き──小さく、微笑した。

「……了解。着替える時間もないし、そのまま行きます」

エネルは黙って頷き、先に部屋を出る。
その背を、エミリがすぐに追う。

夜の沈黙に、二人の足音だけが重なった。






共同舎に着いた二人は、眠ったままの若者たちを一人ずつ確かめていく。

呼吸はかすかにある。身体に外傷はない。
だが、その表情は──あまりにも幸福そうだった。

「……これは、意図的な魔法による介入だな」

エネルが静かに言う。



エミリも頷き、眉をひそめる。

「夢に……誰かが干渉している?」



その時、背後からゆっくりと声がした。

「――“夢の恋人”の術じゃな」

静けさを裂くように、その声が背後から落ちた。
振り返ると、村長が杖をついて立っていた。

目は細められ、ただならぬ空気をまとっている。

「変な魔力の波が流れておったでな……気になって来てみれば、これじゃ」

床に眠る若者たちを見下ろしながら、村長はつぶやく。

「普通なら、ここまで深くは堕ちぬ。
誰かが――強制的に、“逢瀬”をさせておるな」


エミリの顔から、わずかに血の気が引いた。

「……なんで、そんな……どうして、こんなことに?」

「理由はわからんが、術の性質上……厄介じゃ」


村長は重々しい声で続けた。

「これは、“心の檻”のようなもの。
夢の中で、自分が最も理想としている者との甘い時間――それが“夢の恋人”の魔法じゃ。
現実がどれほど大事でも、夢の中の幸福には勝てぬ。
……自分から『目覚めたい』と願わぬ限り、外からは決して解けん」



 
室内に、沈黙が落ちた。
窓の外で、風がかすかに揺れる音だけが響いていた。


「……現実より甘い夢か。性質が悪い」

エミリの低い声が、その沈黙を破った。

村長は無言でうなずき、口を閉じたまま若者たちの表情見つめていた。

どの顔も、穏やかで、静かで……まるで今のこの世界とは別の時間を生きているようだった。



やがて村長がぽつりとつぶやく。

「……エミリ様の計画が進み、若者たちにも変化が起きはじめた。それを快く思わぬ者がいたんじゃろう。
だが、これほど強力な術を使える者となると……数は限られる」

そのとき、エネルが言った。

「……“エルディア”か」


エミリが振り向く。

「それ、誰です?」

「“夢の恋人”の術を創った魔族だ。精神干渉系の魔法に特化していて、夢の領域を自在に操る。
だが――人と関わることを嫌う、孤独な存在として知られている」


エネルは目を細め、記憶を掘り起こすように言葉を継ぐ。

「百年前、一度だけ姿を現し、この魔法を発表した。
以後、消息は不明。名を残すだけの“伝説”になっていたはずだ」


村長は渋い顔でうなずいた。

「……あやつが、ただの伝説で終わっておればよかったのじゃがの」


エミリの胸の奥に、寒気のような感覚が広がった。
“夢”の中に仕掛けられた罠。

それを抜け出す術は、当人の「意思」しかない――
だとすれば、自分たちにできることは何か。


エミリは、ゆっくりと息を吸い込んだ。

「……わかりました。私がなんとか、この子たちを目覚めさせます。」

「その意気だ」

エネルは短く答える。

「ピリカさん、アレイスさん、エルヴィンさん……彼らの協力も必要です。呼びましょう」



ほどなくして三人が集まった。

「え、全員眠って起きないんですか!? そんな! 明日の進展めちゃくちゃ楽しみにしてたのに!」

「やっとお互いに好意が芽生え始めてたのにな……あれが全部、夢の中に持ってかれるなんてさ……」

「私も毎日恋愛相談聞いてましたから。ここで全部なかったことになるのは切ないです……」

アレイスは静かに若者たちを見渡す。


「お二人は彼らと一番近く接してましたからね……」

エミリは村長に向き直った。

「村長。夢に介入する方法って、ありますか?」

「ふむ……“夢の恋人”は強力な干渉魔法じゃが、重ねる形で上書きする手はある。“演出”としてなら入れるじゃろう」

「つまり、理想の恋人の“中身”として入り込んで、違和感を生じさせる……」

「うまくやれば、夢から目を覚ますきっかけになるかもしれん」


エミリは仲間たちに向き直る。



「では、緊急第四回交流会を開始します! テーマは――『恋人のこれを見たら幻滅! 百年の恋も冷める瞬間!』です!」



「えぇ……」

「……重たいテーマきたな」

「私、恋人いたことないですけどどうしたら……」



「大丈夫です。ピリカさんが“ちょっと引くな”って思う行動、何かありませんか?」

ピリカが考え込む中、エミリが例を出す。

「私なら……付き合う前や付き合いたての人が、鼻に指の第一関節まで入れてほじっていたら……無言で立ち去ります」

「それは……ちょっと、いや、かなりキツいですね……」

「でもエルヴィンならまあ、許せるかも」

「いや、俺はそんなことしないからな?
俺は食事マナーだな、くちゃくちゃ音を立てられると無理。アレイスの食べ方は美しいが」


「……なんかお二人、仲良すぎでは?」

「……私、自分のツノばっかり鏡で見てニヤニヤしてる人は無理です! 自己陶酔きついです!」

「うん、それはきつい」

「あと……鼻毛がすごい出てるのも、さすがにちょっと」

「鼻って……なんか幻滅の急所なのかもですね」



それまで黙っていたエネルがぽつりと口を開いた。

「……何もしていないのに突然怒るやつが苦手だ」

「ヒステリックタイプですね。うん、百年の恋も冷めます」


エミリは小さく頷き、チームを見渡して言った。


「完璧な恋人だからこそ成立している“夢”。
そこに、たったひとつの“違和感”が入ったとき……それは一気に壊れるかもしれません。
好きになったのが“中身”じゃなくて“幻想”なら、幻滅は最強の一撃になります」


「つまり、“現実”ってやつをぶつけるんですね」


「はい! では――百年の恋も冷める作戦、開始しましょう!」



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