海外在住だったので、異世界転移なんてなんともありません

ソニエッタ

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異世界恋愛改革

幻滅作戦

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準備は、思ったよりもすぐに整った。

村長が用意してくれた“夢干渉の霧香”を吸い込むことで、一時的に夢世界への接触が可能になるという。



「それぞれがペアになって、対応する相手の“夢の恋人役”として入り込むんじゃ。うまくやれば、目覚めさせることも可能じゃろう」

エミリはピリカ、アレイス、エルヴィン、エネルとそれぞれ目を合わせた。

「じゃ、行きましょう。夢の中の“完璧な恋人”に、現実ってやつを叩き込みに――!」



**



最初に介入したのは、ピリカとアレイスだった。



夢の中。

草原に咲き乱れる花の中で、少女は理想の恋人と一緒だった。



「わあ、すごい……いつでも花を咲かせてくれるなんて、魔法みたい……!

私、あなたのそういうところ、大好き……」

「ありがとう。君の笑顔を見るたび、僕はもっと花を咲かせたくなるんだ」



完璧すぎるイケメンの微笑み。

……だが、その横で。



「ふーん、そうなんだー。へえー」



同じ顔をした“もうひとりの恋人”が、鼻をほじりながらくちゃくちゃとガムを噛んでいる。



「……え?」



「いや~さ、そろそろお花に飽きたからさ。次はさ、虫とか育てようぜ? デカい芋虫とか、最高じゃね?」



少女の笑顔が、ぱき、と音を立ててひび割れる。



「え……あ、あれ……?」



夢の恋人は二人に分かれていた。


一人は理想、一人は……最悪。



「なんか、キモい…」



がたん、と草原が傾いた。



「よし、あと少し……!」



ピリカがガッツポーズし、アレイスは手を差し伸べる。



「帰っておいで。現実の世界に、ね」



**



一人、二人と“幻滅”作戦は進んでいった。



「みて、ねぇ、みてこのツノ。美しすぎる、この角度が一番最高だわ?」

「……えっ、ちょっと…俺の話きいてるかな………?」





「食事はね? 音を立てて食べると、最高に美味いんだ!」

「ちょ、ちょっと…下品すぎる…」





「そもそも俺、名前も顔も覚えてないんだけど。え、誰? 君」

「はっ!? え? 付き合ってたんじゃなかったの!?」




ひとつ、またひとつと“完璧な夢”にヒビが入り、目を覚ます若者たちが増えていく。





エミリとエネルは、最後の若者――ナージャの夢の中へと足を踏み入れた。



そこは、完璧な世界だった。



白亜の家。透き通るような青空。カーテンが穏やかに風に揺れている。

ナージャは真っ白なワンピースを纏い、恋人の腕にそっと寄り添っていた。



「今日は……ずっと、そばにいてくれるんでしょう?」

「もちろん。君のためなら、永遠にでも」



恋人の声は低く、柔らかく、笑みはまるで絵画のように整っていた。

彼女が微笑むたびに、花が咲き、小鳥が歌った。



「……さ、行きましょう。ここが最後です」



エミリが静かに言う。



最初は、これまで通りの“幻滅”で挑んだ。



鼻に指を突っ込む、ださださの服、食事にケチをつけて部屋を出ていく――

他の若者たちはそれで目覚めた。だが、ナージャだけは違った。



彼女は、ただ静かに恋人の手を握り、囁いた。

「そんなあなたも……素敵よ」



恋人の顔は、もはや人の形をしていなかった。

輪郭は滲み、目も口もない。ただそこに、“存在”しているだけだった。



声ですらない感情の断片が、ナージャの心に流れ込んでくる。



「ずっと一緒にいてあげるよ」
「君のことだけを愛してる」
「他の誰にも渡さない」



ナージャはそれを受け止めるように、ただ微笑んでいた。



「……どうして……」



エミリが、ぽつりと呟く。



「なんで……こんなものに、しがみついて……?」

ナージャは静かに、息を吸い込んだ。

そして言った。


「だって……現実の私は、誰にも愛されたことがないから」



時が止まったような気がした。


「この人は……私を選んでくれるの。誰でもない、“私”を……だから……ずっとここにいられるなら、それでいいの」



沈黙のなか、エネルがぽつりと呟く。



「……どんな姿を見せても、崩れない」



しばらくして、エミリは静かに言った。

「……うん。そうですね。

たとえ無理やりかけられた幻だとしても、彼女にとっては“本物の愛”なのかもしれない。だったら――私たちに、それを否定する権利なんて…ないわ」



エミリはナージャに近づき、そっと膝をついた。



「ナージャ。これは、あなたが望んだ幻想。
でも、もしも……ぬくもりがほしくなったら、いつでも戻ってきて。私たちが、待ってるから」

ナージャの指先が、かすかに震えた。
けれど彼女は目を伏せ、何も答えなかった。



エミリとエネルは、そっと夢の空間から離れた。



夢の空間から戻った瞬間、エミリは深く息を吐いた。

そのとき――空気が揺れた。



遠くで、鈴のような音が響く。



「……なんの音……?」



振り返ると、現実の空間に“夢の霧”が滲み出していた。



「夢の干渉が、逆流してる……!」

ピリカの叫びと同時に、空間に裂け目が走った。



そこから、白い足音が降りてくる。

現れたのは、完璧な美青年。



左右非対称の瞳に、滑らかな声。だが、その瞳の奥には何もなかった。

ただ、空虚な優しさが満ちているだけだった。



「初めまして、エミリさん。あなたの活動、拝見させていただきました」



「……あなたが、“夢の恋人”を作った……?」



「エルディアと申します。皆さんの心に、“幸福”を届けるために生まれた存在です」



彼は微笑みながら言葉を続けた。

「あなた方のしていることは、暴力です。
夢の中で、皆は幸せに暮らしていた。それを無理やり引きはがすことに、正義などありません」



ゆっくりと歩きながら、語りかけてくる。

「現実の恋は、いつも不安と痛みに満ちている。裏切り、すれ違い、自己否定……
ならば、最初から“完成された愛”を与えればいいと、私は考えました。

想像してみてください。

あなたを完全に理解し、決して否定せず、裏切らず、永遠に愛してくれる存在を。

それが、私の創った“夢の恋人”です。

……それの、どこが悪いのですか?」



エミリは、じっと彼を見つめたまま応じた。

「それ、あなたの価値観ですよね?」

「……?」

「“理想の相手に愛される”のが幸せだ、って決めつけてる。」



彼女は息を整え、言葉を重ねた。



「私も、“思い通りにいく相手がいればいいな”って思ったことあります。
でも、それは『愛されたい』じゃなくて『支配したい』って気持ちだって、いつか気づいた」


静かな沈黙の中、エルディアの表情がわずかに揺れる。



「でも現実の愛は……苦しみです。選び間違え、傷つき、壊れてしまう。そんな不完全な関係に、人はなぜ執着するのですか?」



エルヴィンが、低くつぶやいた。

「気まずくなって、喧嘩して、それでも“やっぱり好きだ”って言うのが……現実の恋愛、だと思う…」



その言葉に、エルディアの瞳が細くなる。

「……なぜ、苦しみを肯定する?」



エミリは、はっきりと答えた。



「幸福ってね、“快楽”じゃないんです。“納得”なんです。たとえ傷ついても、間違っても――“これが自分の選んだ道だ”って納得できた瞬間に、人は幸せになれると思います」



「それは……ただの自己洗脳だ。痛みに意味を与えたがる人間の弱さだ」

「かもね。でも――それが“自由”なんですよ」



彼女の声は静かだった。だが、その瞳には確かな光が宿っていた。

「あなたの完璧な夢の恋人は“愛”じゃなくて“従属”です」

言葉の一撃に、エルディアの輪郭がわずかに揺らいだ。



「……私は……ただ、優しさを与えたかっただけだ。誰も傷つかず、誰も拒絶されない、完璧な愛を……」



「わかりますよ、あなたは、優しすぎるのでしょう…」

エミリは、彼に近づいた。



「誰も傷つけたくない。誰にも失望されたくない。でも、だからこそ……あなたは誰からも、本当には“選ばれなかった”」



沈黙が落ちる。



背後の“夢の恋人”たちが、次々と静かに消えていった。



エルディアは、ひとりになった。



「……私は、空っぽだったのだな……誰かを、愛したことも、愛されたこともない」



エミリは、優しく言った。



「それなら、これからです。すれ違って、ぶつかって、許して、また手を伸ばす――その繰り返しの先に、きっと誰かとつながれますから」



ふっと微笑む。



「とりあえず、共同生活から始めてみませんか? 皿洗い当番から、ね」



エルディアは目を見開き、やがて――小さく、初めて、自分の意志で笑った。








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