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異世界の仕事改革
信じる道を共に進む
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「――ということで、こちらが……ナフレア、トランベル、カリエラがある領地の領主、デラルド・アレンクス伯爵です」
エミリが、慎重に言葉を選びながら紹介する。
目の前に立つ中年の男――デラルドは、深々と頭を下げた。
その動きには、まだ呪縛の残滓があるのか、ほんの僅かに震えがあった。
「まさか……こちらに、殿下がいらっしゃるとは、夢にも……」
彼の声はかすれ、疲労と混乱が色濃くにじんでいる。
エミリたちは、抗議行進を終え、ほとんど休む間もなく、魔族の村・タルーアへと戻ってきていた。
目的はただ一つ。人間と魔族が“協力”するという、前代未聞の話を―実現に向けて、確かな一歩を刻むこと。
そこに、魔術から解放されたばかりのデラルドも加わったのだった。
エルヴィンは一歩進み出て、真っ直ぐにその男を見据える。
「……アレンクス伯が、魔術にかけられていたとは。……やはり、父上の仕業か……あの人ならやりかねない。自分の権威のために、部下を道具のように使う」
声に怒りを滲ませながらも、それはどこか、自らの無力を責めるようでもあった。
「……王の息子として、改めて謝罪させていただく。あなたが受けた仕打ちは、あまりにも理不尽だ。俺…個人としても……到底、許すことはできない。」
デラルドは慌てて首を振る。
その表情には、まだ戸惑いと痛みがあった。
「殿下……どうか、そのようなお言葉は……。あのとき私は……王宮に呼び出されて、それからの記憶が……断片しか残っておらず……。正直、自分が何をしてきたのか……恐ろしくもあります」
そのやり取りを黙って聞いていたアレイスが、静かに口を開いた。
「……ということは。伯爵以外の貴族にも、“同じような処置”が施されている可能性がある、ということですね」
その言葉に、場が再び凍りついた。
「……ええ」
デラルドは苦しげに答える。
「ここ数年……王の呼び出しが異様に増えていたのです。会合というより、確認のような面談が繰り返されていました。
おそらく、信頼できる者から順に、処理されていたのではないかと……」
口元を覆う者、目を伏せる者。
その場にいた誰もが、言葉を失った。
カリア王国という国家そのものに、今や正気がどこまで残っているのか。
その疑念が、誰の心にも忍び寄っていた。
そんな重たい空気の中で、エミリがひとつ息を吐き、敢えて明るい口調で場を引き戻した。
「……まあ、人間側の事情は、いったん冷静に整理しましょう。
複雑になってきてますし、焦って動くと逆に危険です。いま必要なのは全体を把握すること。それから、ちゃんと話し合うことだと思います」
そして続ける。
「魔族の皆さんとの関係も含めて、今後をどうしていくかを考えるなら……魔王様にも相談したほうがいいかもしれませんね。王国がこのまま、力で抑えにくる可能性もありますから」
それまで黙って話を聞いていたエネルが、重たく頷いた。
「……確かにな。
人間側の領土が魔族と手を組むようなことになれば、行動をおこしてくるな。
いざというときのために、こちら側も備えは必要だろう」
エルヴィンが目を伏せ、しばし沈黙する。
そしてゆっくりと顔を上げ、言った。
「……俺自身逃げた身だ、これからどうしたいのか、まだ答えは出せていない。
けれど、少なくとも今の王のやり方には賛同できない。魔族と協力するという選択肢があるのなら……それを真剣に考えてみたい」
それは、一つの“決意”だった。
人間と魔族、支配と共存。
その境界を越えようとする者たちが、今――小さな村で、集い始めていた。
「あ、そういえば、村長。魔石のことなんですけど、実は人間側が採らないと約束してくれたんですよ。」
村長は少し驚いた様子で目を見開いたが、すぐに深く頷いた。
「おお、それは助かるな。しかし、王国側がまたどこからか人間を送り込んでくることはあり得る。」
エミリはしばらく黙って考え込んだ後、ゆっくりと口を開いた。
「そのことなんですが…人間側の皆さん、信仰心って強い方が多いですか?」
エルヴィンは少し考え込んでから答える。
「そうだな、我々は木や水、風などの精霊を神として崇めている者が多い。信仰心は強い方だろうな。」
その言葉を聞いたエミリは、何かを思いついたように目を輝かせた。
「それは好都合です!」
エミリは笑みを浮かべて村長に向き直る。
「実は、魔石の件について、ちょっと考えがあるんです。」
村長は目を丸くして驚いたように尋ねた。
「考えがある? どんな?」
「人間側が魔石を採ると、何か不幸なことが起きる、たたられるって噂を流してみようかと思ってます。」
エネルはその言葉に驚き、そして少し笑った。
「それ、面白いな。でも、そんな噂で本当に人間たちが魔石を避けると思うか?」
「ええ、実は意外と効果があるんです。特に、信仰心の強い人たちには、こういう話って本当に響くんですよ。たとえば、『精霊の加護が失われる』とか、『神々の怒りをかう』なんて噂を流すだけで、下手に動けなくなる人たちも出てくるんです。
私の国にも、昔から恐れられている山があって、そこから石とか植物を持ち帰ると、不幸なことが起こるって言われてるんです。
私はそこまで信仰心が強いわけじゃないですけど、それでも…わざわざ持ち帰ろうとは思いませんね。迷信かもしれません、でも、そういう話が広まると、それを信じる人たちは自然と怖がるようになるんです。」
村長はしばらく黙って考え込むと、やがてゆっくりと頷いた。
「なるほど…確かに、王国側の連中は精霊を重んじるから、そうした噂が広まれば、採りに行こうとする連中が二の足を踏むだろう。」
エミリはその言葉に満足げに微笑んだ。
「その通りです。もし噂が広まれば、たとえ王命でも、魔石を進んで採りに行こうとは思わないはずです。王国側としても、市民たちから反感をかうのは避けたいでしょうし。」
エネルはその考えに少し感心した様子で続けた。
「でも、そんな噂をどう広めるつもりだ?」
エミリは少し考えた後、静かに答えた。
「村の人々や、ここの関係者に少しずつ、さりげなく伝えるんです。人間側の兵士や使者に聞こえるように、わざと話すんです。例えば、『あの魔石を触ったら不運に見舞われた』とか、『あの魔石を持ち帰った者が病にかかった』なんていう話をね。」
エネルは驚きながらも、深く頷いた。
「うまい手だな。噂は広まるのが早いからな。
万が一、王国側がそれを知っても、我々の立場を証明することはできないし、逆に恐れを抱かせることができる。」
「そうなんです。」
エミリはにっこりと笑って言った。
「それに、最初は些細な噂でも、広がるうちに『誰かが実際に呪われた』なんて話が加われば、信じる人も増えてきます。最終的には、信じるか信じないかの問題になりますから、少なくとも人間側に対して強い抑止力にはなると思います。」
その瞬間、村長は少しだけ笑みを浮かべながらも、真剣な表情で続けた。
「エミリ様、実に面白い…だがな、王国はもう何年も魔石を使ってきた。今さらそんな噂一つで、どれほどの効果があるものか……正直、わしにはわからんぞ?」
村長の言葉に、エミリはしばし黙り込んだ。だがその沈黙のあと、彼女はふっと口元を緩め、柔らかく微笑んだ。
「はい、わかっています。たしかに噂だけですべてが変わるとは思っていません。でも…それでも、『疑い』や『不安』という種を一つでも王国の中に蒔いておくことは、決して無駄ではないと思うんです。目に見えない力を信じているからこそ、そういう話は心の奥に引っかかるものですから。」
村長は腕を組み、眉間に皺を寄せたまましばらく考えていたが、やがて諦めたように、そしてどこか楽しげに息をついた。
「……うむ。まあ、確かにそうかもしれんな。何もせんよりは、揺さぶりのひとつでもかけておいた方がいいか。試してみる価値はあるじゃろう」
その言葉に、エミリは明るく頷いた。
「はい!じゃあ、三つの町の皆さんにも協力してもらって、上手に噂を流していきましょう。市場や宿屋、祈祷所――人が集まるところからじわじわと。恐怖と迷信の伝播は、言葉より速く、深く染み渡りますから」
噂作戦の段取りをひととおり話し終えると、エミリはふと横に目をやった。人間側の中で、もっとも複雑な立場にいる青年―エルヴィンが、静かに思案に沈んでいるのが見えた。
「……エルヴィン…殿下」
エミリが声をかけると、彼はわずかに顔を上げた。感情を押し隠すようなその瞳に、エミリはためらいながらも言葉を続けた。
「その……デラルド伯爵が、もしこのまま王都の意向に従わず、独立的な立場をとるとしたら……殿下として、どうお考えになりますか?」
周囲の空気が一瞬だけ静まる。村長やエネルも口を閉ざし、エルヴィンの返答を待った。
彼はしばらく黙っていたが、やがて低く、静かな声で答えた。
「……デラルド伯爵が独立の道を選ぶなら、それはやむを得ぬことだと、俺は思う。
……魔術を掛けられていたというなら、王国はもはや、彼を統べる資格を失っていたのだ。ならば、自らの意志で進もうとする道を、俺は否定すべきではないと思う」
「……でも、それはつまり、王国側からしたら反逆ということになってしまいますが…」
エミリの言葉に、エルヴィンは苦笑のようなものを浮かべた。
「反逆とは……誰が決めるのだろうな。父は王国の秩序を掲げるが、それは往々にして自分の支配を守るための方便に過ぎない。人が自らの意志で生きようとすることが、果たして罪なのか……。俺には、そうは思えない」
その言葉には、一人の王子としてだけでなく、一人の人間としての苦悩が滲んでいた。
エミリは小さく頷いた。
「ありがとうございます。……私も、誰かの支配じゃなくて、自分の意思で動ける世界の方が好きです」
エルヴィンはその言葉に、ほのかに目を細めた。
「君も……そう思うのか。なら、我々は案外、似た者同士なのかもしれないな」
エルヴィンの口元に浮かんだ笑みは、ほんのわずかだったが、確かな温もりを帯びていた。エミリもまた、その微笑みに応える。
「じゃあ……やること、いっぱいですね」
「そうだな」
二人はしばしの沈黙の中で、お互いに思いを巡らせながら、これから向かうべき道を心に描いていた。だが、どんなに険しい道であろうとも、共に歩む覚悟を決めたその瞬間、全ての重荷が少しだけ軽く感じられた。
エミリが、慎重に言葉を選びながら紹介する。
目の前に立つ中年の男――デラルドは、深々と頭を下げた。
その動きには、まだ呪縛の残滓があるのか、ほんの僅かに震えがあった。
「まさか……こちらに、殿下がいらっしゃるとは、夢にも……」
彼の声はかすれ、疲労と混乱が色濃くにじんでいる。
エミリたちは、抗議行進を終え、ほとんど休む間もなく、魔族の村・タルーアへと戻ってきていた。
目的はただ一つ。人間と魔族が“協力”するという、前代未聞の話を―実現に向けて、確かな一歩を刻むこと。
そこに、魔術から解放されたばかりのデラルドも加わったのだった。
エルヴィンは一歩進み出て、真っ直ぐにその男を見据える。
「……アレンクス伯が、魔術にかけられていたとは。……やはり、父上の仕業か……あの人ならやりかねない。自分の権威のために、部下を道具のように使う」
声に怒りを滲ませながらも、それはどこか、自らの無力を責めるようでもあった。
「……王の息子として、改めて謝罪させていただく。あなたが受けた仕打ちは、あまりにも理不尽だ。俺…個人としても……到底、許すことはできない。」
デラルドは慌てて首を振る。
その表情には、まだ戸惑いと痛みがあった。
「殿下……どうか、そのようなお言葉は……。あのとき私は……王宮に呼び出されて、それからの記憶が……断片しか残っておらず……。正直、自分が何をしてきたのか……恐ろしくもあります」
そのやり取りを黙って聞いていたアレイスが、静かに口を開いた。
「……ということは。伯爵以外の貴族にも、“同じような処置”が施されている可能性がある、ということですね」
その言葉に、場が再び凍りついた。
「……ええ」
デラルドは苦しげに答える。
「ここ数年……王の呼び出しが異様に増えていたのです。会合というより、確認のような面談が繰り返されていました。
おそらく、信頼できる者から順に、処理されていたのではないかと……」
口元を覆う者、目を伏せる者。
その場にいた誰もが、言葉を失った。
カリア王国という国家そのものに、今や正気がどこまで残っているのか。
その疑念が、誰の心にも忍び寄っていた。
そんな重たい空気の中で、エミリがひとつ息を吐き、敢えて明るい口調で場を引き戻した。
「……まあ、人間側の事情は、いったん冷静に整理しましょう。
複雑になってきてますし、焦って動くと逆に危険です。いま必要なのは全体を把握すること。それから、ちゃんと話し合うことだと思います」
そして続ける。
「魔族の皆さんとの関係も含めて、今後をどうしていくかを考えるなら……魔王様にも相談したほうがいいかもしれませんね。王国がこのまま、力で抑えにくる可能性もありますから」
それまで黙って話を聞いていたエネルが、重たく頷いた。
「……確かにな。
人間側の領土が魔族と手を組むようなことになれば、行動をおこしてくるな。
いざというときのために、こちら側も備えは必要だろう」
エルヴィンが目を伏せ、しばし沈黙する。
そしてゆっくりと顔を上げ、言った。
「……俺自身逃げた身だ、これからどうしたいのか、まだ答えは出せていない。
けれど、少なくとも今の王のやり方には賛同できない。魔族と協力するという選択肢があるのなら……それを真剣に考えてみたい」
それは、一つの“決意”だった。
人間と魔族、支配と共存。
その境界を越えようとする者たちが、今――小さな村で、集い始めていた。
「あ、そういえば、村長。魔石のことなんですけど、実は人間側が採らないと約束してくれたんですよ。」
村長は少し驚いた様子で目を見開いたが、すぐに深く頷いた。
「おお、それは助かるな。しかし、王国側がまたどこからか人間を送り込んでくることはあり得る。」
エミリはしばらく黙って考え込んだ後、ゆっくりと口を開いた。
「そのことなんですが…人間側の皆さん、信仰心って強い方が多いですか?」
エルヴィンは少し考え込んでから答える。
「そうだな、我々は木や水、風などの精霊を神として崇めている者が多い。信仰心は強い方だろうな。」
その言葉を聞いたエミリは、何かを思いついたように目を輝かせた。
「それは好都合です!」
エミリは笑みを浮かべて村長に向き直る。
「実は、魔石の件について、ちょっと考えがあるんです。」
村長は目を丸くして驚いたように尋ねた。
「考えがある? どんな?」
「人間側が魔石を採ると、何か不幸なことが起きる、たたられるって噂を流してみようかと思ってます。」
エネルはその言葉に驚き、そして少し笑った。
「それ、面白いな。でも、そんな噂で本当に人間たちが魔石を避けると思うか?」
「ええ、実は意外と効果があるんです。特に、信仰心の強い人たちには、こういう話って本当に響くんですよ。たとえば、『精霊の加護が失われる』とか、『神々の怒りをかう』なんて噂を流すだけで、下手に動けなくなる人たちも出てくるんです。
私の国にも、昔から恐れられている山があって、そこから石とか植物を持ち帰ると、不幸なことが起こるって言われてるんです。
私はそこまで信仰心が強いわけじゃないですけど、それでも…わざわざ持ち帰ろうとは思いませんね。迷信かもしれません、でも、そういう話が広まると、それを信じる人たちは自然と怖がるようになるんです。」
村長はしばらく黙って考え込むと、やがてゆっくりと頷いた。
「なるほど…確かに、王国側の連中は精霊を重んじるから、そうした噂が広まれば、採りに行こうとする連中が二の足を踏むだろう。」
エミリはその言葉に満足げに微笑んだ。
「その通りです。もし噂が広まれば、たとえ王命でも、魔石を進んで採りに行こうとは思わないはずです。王国側としても、市民たちから反感をかうのは避けたいでしょうし。」
エネルはその考えに少し感心した様子で続けた。
「でも、そんな噂をどう広めるつもりだ?」
エミリは少し考えた後、静かに答えた。
「村の人々や、ここの関係者に少しずつ、さりげなく伝えるんです。人間側の兵士や使者に聞こえるように、わざと話すんです。例えば、『あの魔石を触ったら不運に見舞われた』とか、『あの魔石を持ち帰った者が病にかかった』なんていう話をね。」
エネルは驚きながらも、深く頷いた。
「うまい手だな。噂は広まるのが早いからな。
万が一、王国側がそれを知っても、我々の立場を証明することはできないし、逆に恐れを抱かせることができる。」
「そうなんです。」
エミリはにっこりと笑って言った。
「それに、最初は些細な噂でも、広がるうちに『誰かが実際に呪われた』なんて話が加われば、信じる人も増えてきます。最終的には、信じるか信じないかの問題になりますから、少なくとも人間側に対して強い抑止力にはなると思います。」
その瞬間、村長は少しだけ笑みを浮かべながらも、真剣な表情で続けた。
「エミリ様、実に面白い…だがな、王国はもう何年も魔石を使ってきた。今さらそんな噂一つで、どれほどの効果があるものか……正直、わしにはわからんぞ?」
村長の言葉に、エミリはしばし黙り込んだ。だがその沈黙のあと、彼女はふっと口元を緩め、柔らかく微笑んだ。
「はい、わかっています。たしかに噂だけですべてが変わるとは思っていません。でも…それでも、『疑い』や『不安』という種を一つでも王国の中に蒔いておくことは、決して無駄ではないと思うんです。目に見えない力を信じているからこそ、そういう話は心の奥に引っかかるものですから。」
村長は腕を組み、眉間に皺を寄せたまましばらく考えていたが、やがて諦めたように、そしてどこか楽しげに息をついた。
「……うむ。まあ、確かにそうかもしれんな。何もせんよりは、揺さぶりのひとつでもかけておいた方がいいか。試してみる価値はあるじゃろう」
その言葉に、エミリは明るく頷いた。
「はい!じゃあ、三つの町の皆さんにも協力してもらって、上手に噂を流していきましょう。市場や宿屋、祈祷所――人が集まるところからじわじわと。恐怖と迷信の伝播は、言葉より速く、深く染み渡りますから」
噂作戦の段取りをひととおり話し終えると、エミリはふと横に目をやった。人間側の中で、もっとも複雑な立場にいる青年―エルヴィンが、静かに思案に沈んでいるのが見えた。
「……エルヴィン…殿下」
エミリが声をかけると、彼はわずかに顔を上げた。感情を押し隠すようなその瞳に、エミリはためらいながらも言葉を続けた。
「その……デラルド伯爵が、もしこのまま王都の意向に従わず、独立的な立場をとるとしたら……殿下として、どうお考えになりますか?」
周囲の空気が一瞬だけ静まる。村長やエネルも口を閉ざし、エルヴィンの返答を待った。
彼はしばらく黙っていたが、やがて低く、静かな声で答えた。
「……デラルド伯爵が独立の道を選ぶなら、それはやむを得ぬことだと、俺は思う。
……魔術を掛けられていたというなら、王国はもはや、彼を統べる資格を失っていたのだ。ならば、自らの意志で進もうとする道を、俺は否定すべきではないと思う」
「……でも、それはつまり、王国側からしたら反逆ということになってしまいますが…」
エミリの言葉に、エルヴィンは苦笑のようなものを浮かべた。
「反逆とは……誰が決めるのだろうな。父は王国の秩序を掲げるが、それは往々にして自分の支配を守るための方便に過ぎない。人が自らの意志で生きようとすることが、果たして罪なのか……。俺には、そうは思えない」
その言葉には、一人の王子としてだけでなく、一人の人間としての苦悩が滲んでいた。
エミリは小さく頷いた。
「ありがとうございます。……私も、誰かの支配じゃなくて、自分の意思で動ける世界の方が好きです」
エルヴィンはその言葉に、ほのかに目を細めた。
「君も……そう思うのか。なら、我々は案外、似た者同士なのかもしれないな」
エルヴィンの口元に浮かんだ笑みは、ほんのわずかだったが、確かな温もりを帯びていた。エミリもまた、その微笑みに応える。
「じゃあ……やること、いっぱいですね」
「そうだな」
二人はしばしの沈黙の中で、お互いに思いを巡らせながら、これから向かうべき道を心に描いていた。だが、どんなに険しい道であろうとも、共に歩む覚悟を決めたその瞬間、全ての重荷が少しだけ軽く感じられた。
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